第35話 --火と土がつないだ手--
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朝の和ら木。
木鈴がちりんと鳴り、いつもの風がやさしく吹き抜ける。
三郎がカウンターに置いた『街の目新聞』には、
大きな見出しが踊っていた。
カリス:「……来ましたね。今回は“グラムさんとルカさん”です。」
「鍛冶と畑のふたり。あのあとどうなったんですかね。」
カリスは微笑みながら新聞を広げた。
カリス:「火と土。対立していた二つの現場が――いまや国を動かしてますよ。」
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【街の目新聞・第104号】
「火と畑が生んだ協力の輪
――“協力デー”から始まった経済の新しい形」
かつて、鍛冶場の親方と畑の管理者が口をきかないほど対立していた村がある。
だが、その村に生まれた“協力デー”が、いま全国の産業制度を変えようとしている。
発端は、小さな提案だった。
「葉物を優先して収穫し、その間は炉の火を整える。
炉の火を大きくする時は、畑の者も手助けする。」
たったそれだけの工夫が、村の時間を取り戻した。
以来、畑と鍛冶場が互いの仕事を支え合うようになり、
“火の手が止まらず、畑の手も止まらない”という言葉が生まれた。
この仕組みを聞きつけた商人や職人たちが見学に訪れ、
「できる人が、できるときに、できる分だけ」働く
“柔軟労働制度”として広まっていった。
さらに、各地で同様の仕組みが導入されると、
異業種同士の協力が生まれ、農具の改良や流通網の再構築が進んだ。
火と土が、同じ大地で呼吸を始めたのだ。
親方グラムは今、王都の“産業連携評議会”の議長を務めている。
彼の言葉は簡潔で重い。
「火花は、ぶつかるから出る危ないものだ。
ぶつかってない時は、綺麗に光るんだ。」
一方、ルカは“耕す青年協会”を設立し、
地方での食糧支援と雇用の両立を進めている。
彼らの活動は、
「戦より共働を」「奪うより分け合う」という
新しい価値観を育てた。
その結果、かつて戦場となった国境付近には
“協働市場”が建設され、
昼の民の人族と夜の民の摩族が肩を並べて作物を並べる光景が見られるようになった。
※摩族の摩は元来摩訶不思議に由来
火の匂いと土の匂いが混じるその市場では、
グラムとルカが今も笑い合っているという。
記 アルベルト・シュナイダー
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三郎は新聞を静かにたたみ、深く息を吐いた。
「……まさか、あの“協力デー”が国の制度になるなんて。」
カリス:「そうですね。二人とも、最初は“譲れない”で始まったのに、
いまは“譲り合える”を教える側になってる。」
「お互いの事情を知るだけで、こんなにも変わるんですね。」
カリスは頷き、ふわりとマグに湯を注ぐ。
カリス:「人と人は、火と土みたいなものです。
距離を取りすぎれば冷えてしまうし、近すぎれば乾いてしまう。
でも、適度な距離を知れば、温かく支え合える。」
三郎は微笑んだ。
「それが“甘くする”ってことなんですね。
無理に混ぜるんじゃなく、互いに温度を合わせる。」
ワタまる:「ぽふー(名言!)」
「しかしアルベルトさん、文章がだんだんうまくなってますね。」
カリス:「ええ。“伝える人”として成長してます。
記者って、世界の“聴き手”ですから。」
三郎は新聞を見つめながら、静かに言った。
「……こうして見ると、どの相談も誰かの未来を温めていたんですね。」
カリスは軽く笑って、
「ええ、そしていまもまだ温めている真っ只中です。」
木鈴がちりんと鳴り、春の風がカウンターを撫でた。
火と土の香りが、やさしく混ざるように――
今日も、和ら木の朝が始まった。




