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第33話 --パンの香りが結ぶもの--

ご覧いただきありがとうございます。

1日2話以上の更新を目指しています。

多くの人に届くように、評価だけでもよろしくお願いします。



朝の風が、看板を軽く鳴らした。

ちりん、と、いつもより少し明るい音。

三郎は新聞受けから一枚の紙束を取り出した。

『街の目新聞』と大きく見出しが躍っている。


カリス:「届きましたね。“彼”の記事です。」


「アルベルトさんか。」


カリス:「ええ。活動家まがいを卒業して、いまや立派なジャーナリストですよ。

 今日は……リオさんのこと、だそうです。」


三郎はページを開き、ゆっくりと読み始めた。



---


【街の目新聞・第72号】


「ひと休みから始まった革命 

――働くという“温度”を取り戻すまで」


あのパン屋の朝は、かつて戦場のようだった。

夜明け前から火が入り、昼には汗と粉の匂いが混ざる。

一人倒れても「仕方ない」で終わる。

そんな働き方が、この街では当たり前になっていた。


けれど、たった一人の若い職人が“休む”ことを選んだ日から、

何かが静かに変わり始めた。


店主はその日の朝、焼き上がったパンを並べながら、

「この柔らかさ、前よりいいな」とつぶやいた。

その言葉が従業員の胸に残った。


休みを増やすことで、心にも余白ができた。

話す時間ができ、笑う時間ができ、

“どう焼けばもっと美味しくなるか”を考える時間ができた。


やがて街は、この店のパンを“やさしさの味”と呼んだ。

前線の街に支店ができ、働き口を求める孤児や、

生活の余裕を失った人たちが集まるようになった。

彼らは「自分が焼いたパンが誰かを笑顔にする」と信じて働いた。


そしてある朝。

店の前に置かれたテーブルに、焼きたてのパンが並んだ。

看板にはこう書かれていた。


『このパンは、前日の売れ残りです。

お腹の減った人からどうぞ。

余裕がある人は店内のパンをお買い求めください。』


人気のパン屋で、前日の売り切れも確認したが、

看板にはそう書かれていた。


無料の朝食として始まったその試みは、

朝からオープンテラスが多種多様な人たちで

賑わい街の新しい風景になった。

誰かがパンを差し出し、誰かが感謝を返す。

登りきれない壁の前に、踏み台を置いてくれるように。

言葉はいらなかった。

ただ温かい香りと、笑顔がそこにあった。


いまでは、各都市の労働協定にも

「休息は生産性を上げる」との条文が記されている。

“働く者が倒れない社会”――それは、

戦争で疲弊したこの大地に、

初めて訪れた小さな平和の形だった。


リオという名の一人の職人の“休息”が、

やがて世界をやさしくしたのだ。


記 アルベルト・シュナイダー


---


三郎は読み終え、ゆっくりと新聞をたたんだ。

「……やっぱり、あの時の“休む”は間違いじゃなかったんだな。」


カリスは微笑み、湯気の立つカップを差し出した。

カリス:「ええ。彼女の“甘さ”が、社会の基準を変えたんですよ。」


「風が吹けば桶屋が儲かる、みたいな話ですね。」


カリス:「そう。けれど今回は“パンが焼ければ、人が救われる”です。」


ワタまる:「ぽふー!」(まるでパンのようにふくらむ)


三郎は笑って頷いた。

「彼女のパンの香り、今でも届いてる気がしますね。」


カリス:「ええ。

 それに――アルベルトさんも、ようやく“伝える言葉”を見つけたようです。

 彼の記事が、街と街をつなぎ始めています。」


「やっぱり、みんなちゃんと歩いてるんだな。」


カリス:「ええ。そして、それぞれが“和平”の種を持って。」


外では、朝の光が石畳を照らしていた。

焼きたてのような香ばしい風が、

和ら木の窓からゆっくりと流れ込む。


カリスは新聞をそっと折りたたみ、微笑んだ。


カリス:「……さて、次の記事も楽しみですね。

 次は――きっと、あの人の話です。」


ワタまる:「ぽふっ」


三郎:「おかわり、淹れておきますね。」


薪がぱちりと鳴り、

和ら木の朝が、また静かに始まった。



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