特別編 --カリスのいない朝--
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朝の和ら木。
薪がぱちりと鳴り、窓から差し込む光がカウンターを照らす。
開店前の準備をしながら、三郎は湯を沸かしていた。
「……静かですね。」
ワタまる:「ぽふ。」
「カリスさんがいなくなって、一週間か。」
棚を拭きながら、三郎は苦笑した。
「ちょっと寂しいけど……正直、少し静かでいいかもしれませんね。」
ワタまる:「ぽふー(同意)」
「お客様も増えましたし。最近は、朝から列ができる日もあります。
平和って、案外せわしいもんですね。」
ワタまる:「ぽふっ」
三郎はひと息ついて、カップに湯を注ぐ。
ふわりと香るお茶の匂い。
店内に心地よい静けさが満ちていく――その瞬間。
どごしゃぁぁああん!!!
階段の上から、派手な音とともに何かが転がり落ちてきた。
ワタまるがびょんっと跳ね上がる。
「!?!?!?」
煙の中から、聞き覚えのある声。
カリス:「いったぁぁぁぁあい!!!」
「……え、今の声……まさか。」
もくもくと白い煙の中から、ふらふらと立ち上がる影。
髪の先が静電気でぼさぼさ、光の羽が半分裏返しになっている。
カリス:「ふぅっ、完璧な再登場……のはずでしたっ!」
「いや、完璧どころか、階段落ちからの登場なんて神様初ですよ。」
カリス:「座標を……一歩間違えました。0.3メートル左……!」
「距離の問題じゃないですよね。」
ワタまる:「ぽふー(呆れ)」
カリスはほこりを払って胸を張る。
「と、とにかく! わたしは戻ってきました! 感動の再会ですよ!」
「いや、消えたときの感動を返してください。」
カリス:「あれはあれで本当なんです!……ちょっとだけ演出です!」
「演出で消える神様ってどうなんですか……。」
カリスはくるりと回り、カウンターに腰をかけた。
すっかりいつもの顔だ。
カリス:「で、どうです? わたしがいない一週間、さぞ寂しかったでしょう?」
「……静かでした。」
カリス:「それ、地味に傷つきます。」
ワタまる:「ぽふ(慰める)」
三郎はカリスの前にお茶を置いた。
「おかえりなさい。転倒系神様。」
カリス:「ひどい! でも、ありがとう……!」
(お茶を飲もうとして、カップの取っ手が逆向き)
「……あれ、逆……」
「相変わらずポンコツですね。」
カリス:「ええ、神の品位は捨てました。」
「………。」
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昼すぎ。
客足が途絶えた頃、カリスが椅子の背にもたれかかって言った。
カリス:「……それにしても、にぎやかになりましたね。」
「ありがたいことです。
ここに来て話してくれる人が増えました。みんな、きっと“自分のことを聞いてくれる誰か”を探してたんでしょうね。」
カリスは小さく頷く。
カリス:「……だから、帰ってきたんです。」
「え?」
カリス:「三郎さんが帰るまでは、ちゃんと面倒見ないと。
いえ、べつに寂しかったとか、居心地が良かったとか、そういう理由じゃなくてですね……!」
「はいはい、はい。」
カリス:「……ここ、私の家みたいなもんですし。」
ワタまる:「ぽふー(同意)」
三郎は苦笑して、薪をくべた。
「……まぁ、また賑やかになりますね。」
カリス:「はいっ! 和ら木はやっぱり、三人でひとつです!」
「そうですね!」
ワタまる:「ぽふ!!」
笑い声が、薪の音と一緒に跳ねた。
外では、春の風が柔らかく吹いていた。
その風に乗って、ちりん、と木鈴が鳴る。
カリス:「ふふっ、今日も開店日和ですね!」
三郎:「……階段からじゃなく、普通に来てくださいね。」
カリス:「次は、完璧に再登場します!」
ワタまる:「ぽふー(たぶん無理)」
和ら木の朝は、今日も騒がしくて、そしてどこまでも温かかった。
――神様、完全復帰




