第32話 --和平協定成立の日--
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朝の光が、二つの国の境を照らしていた。
そこは、かつて戦場だった場所。
今は花が咲き、風が吹く。
その中央に、ひとつの円卓が置かれていた。
昼の民の代表、夜の民の代表。
その両側には、それぞれの使者と護衛、そして見届け人たち。
彼らの表情には、緊張と、長い時間の重さが滲んでいた。
円卓の上には、一輪の花が飾られていた。
それは、かつてルガートが植えた花の子孫だった。
鮮やかな白。どちらの国の象徴にも属さない、ただの花。
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カリスはその場の少し離れた丘から見つめていた。
光の輪郭は淡く、けれど確かに微笑んでいた。
カリス:「……ここまで来ましたね、三郎さん。」
彼女の隣には誰もいない。
けれど、風がふわりと頬を撫でた。
それはまるで、どこかで聞き慣れた声のように優しかった。
カリス:「三郎さんなら、きっとこう言いますね。
“誰かが話を聴いてくれたから、今日がある”って。」
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協定の調印が始まる。
各国の代表らが立ち上がり、ゆっくりと署名を交わす。
その瞬間、風が強く吹いた。
机の上の花びらが宙に舞い上がる。
昼と夜の民、双方の衣をなで、空へと舞う。
会場にいた誰もが息を呑んだ。
だが、その風はやさしく、まるで誰かが「よくやった」と肩を叩いているようだった。
そして、静かな祈りの声が上がった。
それは言葉ではなく、風のように流れる旋律。
声を失った少女リナが、両手を胸に当て、目を閉じていた。
彼女の髪が風に揺れる。
昼と夜の光が、その頬に交わった。
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カリスはその光景を見届けながら、そっと目を閉じた。
カリス:「……これが、未来視の“最後の場面”です。」
風が、彼女の周りを回り、和ら木の匂いを運んできた。
お茶の香り、薪の音、そして、あの優しい声。
「カリスさん、おかわりどうします?」
一瞬、目を開けたカリスは笑った。
カリス:「ふふ、やっぱり幻聴ですね。」
だが、その頬には涙が伝っていた。
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円卓の前で、両国の代表が立ち上がる。
互いに深く頭を下げ、
そして――握手を交わした。
誰かが泣き、誰かが笑い、誰かが空を見上げた。
その空に、二つの月が並んでいた。
昼と夜の境が、ゆっくりと混ざり合っていく。
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カリスは空を見上げたまま、そっと呟いた。
カリス:「……わたしの未来視の中からは、もう絶望が消えました。
どの場面を見ても、みんな笑ってる。もう大丈夫。」
風が頬を撫でた。
まるで、あの人の声のように。
カリス:「――三郎さん。あなたが奇跡の英雄です。
あなたの“甘さ”が、世界を平和にしたんですよ。」
光が、空へと溶けていく。
そのあとに残ったのは、柔らかな風と、
遠くから聴こえる、看板の“ちりん”という音だけだった。
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和ら木の扉の前に、一枚の紙が貼られていた。
「本日、臨時休業」
けれどその下には、小さな文字でこう書かれていた。
「また、誰かが話したくなったら、ここに来てください。」
風が吹くたびに、その紙が揺れ、
まるで店主の三郎が笑っているようだった。




