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第3話 --頼まれすぎた男--


薪ストーブがぱちぱちと音を立て、店内に甘い木の匂いが漂っていた。

三郎はカウンターのコップを並べ直し、深呼吸した。


「少しずつ、店っぽくなってきたな。」


ふわりと光が揺れ、カリスが現れた。

その姿はいつも通りなのに、どこか誇らしげだ。


カリス:「本日もお疲れさまです、三郎さん。表情がやわらかくなりましたね。」


「……そうですか? 緊張はしますけど、前より余裕が出てきました。」


カリスは満足そうに頷いた。


カリス:「では、そろそろ次のお客様をお連れしてもよろしいでしょうか。町でちょっと有名な方なんですよ。」


「有名人? どんな人です?」


カリスは口元に手を当て、いたずらっぽく微笑む。


カリス:「“断れない源さん”と呼ばれている方です。人が困っていれば全部引き受けてしまうんですって。」


三郎は思わず苦笑した。


「昔の僕みたいだな……。」


カリス:「だからこそ、三郎さんが聞いてあげるのにぴったりかと。」


三郎は深呼吸してうなずいた。


「お願いします。」


木鈴がからんと鳴り、扉がゆっくり開く。

エプロン姿の男性が入ってきた。背は高いが、肩が落ちている。


カリス:「こちらが源さんです。」


「いらっしゃいませ。僕は三郎といいます。何かお力になれますか。」


源は帽子を取って軽く頭を下げ、カウンター席に腰を下ろした。

座った拍子に椅子がきしむ。


源:「……最近、頼まれごとが多すぎて、何から手をつけていいかわからなくて。」


三郎は和ら木ティーを注ぎ、そっと差し出した。


「頼まれごと、ですか。どんなものがあります?」


源は指を折りながら答えた。


源:「ゴミステーションの鍵当番、集会の買い出し、町内放送の原稿作り……今度は祭りの幟まで作れって。」


三郎は紙と鉛筆を取り出し、ひとつずつ書き留める。


「お店はどんなお仕事を?」


源は少し顔をほころばせた。


源:「小さな雑貨屋です。洗剤、電池、灯油の引換券……日用品ならだいたい置いてます。お年寄りから“これ取り寄せて”と言われると断れなくて、つい配達まで。」


「それだけで一日終わりそうですね。」


源は苦笑した。


源:「ええ。夕方は配達、夜は帳簿。寝るのはいつも日付が変わってからです。」


三郎は紙の隅に「店」と書き、もう一列作った。


「ご家族は何て?」


源:「妻からは“もうやめろ”って言われます。『店が回らないなら町内のこと減らせ』って。でも、そう言われると腹が立つんです。」


「腹が立つ?」


源はうつむき、少し声を落とした。


源:「だって俺だって、好きでやってるわけじゃない。頼まれるから、しょうがなくやってるだけ。」


三郎は紙に線を引き、「やりたい」「やらされてる」と欄を作った。


「じゃあ、やりたいと思えることと、仕方なくやってること、分けてみましょう。」


源はしばらく考え、ため息をついた。


源:「……やってあげたいのはほんの一部です。ほとんどは“断ったら悪く思われる”からやってます。」


三郎は少し笑って肩をすくめた。


「源さん、まるで“町の何でも相談所”になっちゃってますね。頼られてるというより、お願いされる前提の人扱いです。」


源は思わず吹き出した。


源:「何でも相談所……確かにそんな気がしてきました。」


三郎は紙を回し、源に見せる。


「やってあげたい気持ちはすごく大事です。でもそれは、自分に余裕があるときにこそ持てる気持ちです。今の源さんは、余裕を削ってまでやってしまっているから、楽しむどころか疲れてしまっている。」


源はじっと紙を見つめ、表情が少しずつ変わっていった。

悔しさと納得が入り混じったような顔。やがて、肩の力が抜ける。


源:「……そうか。俺、頼られてると思ってたけど、ただ都合のいい人になってたんだな。」


「そう思えたなら、ここから線を引くタイミングです。」


三郎はペンを差し出し、優しく笑った。


「じゃあ、一緒に整理しましょう。これは“やる”、これは“やらない”。線を引いていきましょう。」


源は一つ一つ考えながら、紙に○や×を書き入れた。

少しずつ、頭の中が整理されていく。


源:「……言ってみます。“ここまではできます、ここからは無理です”って。」


三郎は笑顔でうなずいた。


「いいと思います。まずは“やらないリスト”を作って、店と家族の時間を取り戻しましょう。」


源は立ち上がり、カウンターに両手をついた。


源:「……ありがとう。ちょっと勇気が出ました。」


三郎は穏やかに笑った。


「また、ここに来てくださいね。」


源は深くうなずき、扉を開けた。

木鈴がからんと鳴り、外の風がほんの少しあたたかく感じられた。



---


夕方、店内にオレンジ色の光が差し込むころ、木鈴が再び鳴った。


源が入ってきた。前回より顔が明るい。


源:「やらないリスト作りました。祭りの幟は断りました。町内会で予算出して業者に頼むことになりました。」


「ちゃんと通ったんですね。」


源は少し誇らしげに笑った。


源:「回覧板のルールも変わって持ち回りが楽になりました。店も棚が少しずつ戻ってきて、妻にも“やっと笑った”って言われました。」


三郎は胸の奥が温かくなるのを感じた。


「景色、変わりましたね。」


源はうなずいた。


源:「はい。頼まれごとが来ても、まず“やりたいかどうか”を考えるようになりました。……実は、町内会長を頼まれたんです。でも今回は断りませんでした。やりたいと思えたから。」


三郎は目を丸くした。


「町内会長、ですか。」


源は少し照れくさそうに笑った。


源:「ええ。ちゃんと線を引いたら、協力してくれる人が増えて。これなら楽しくできそうです。」


三郎は笑顔でマグをもう一つ用意した。


「じゃあ今日は、町内会長就任祝いですね。」


源は和ら木ティーをゆっくり飲み干し、店を後にした。


木鈴の音が、軽やかに響いた。



---


ふわりと金色の数字が宙に浮かび、光の粒となって消える。


カリス:「本日の甘甘ポイント、+42です。源さんが“やりたい”と“やらされてる”を区別できるよう導いたのがとても良かったですね。」


三郎は少し肩を落とし、苦笑した。


「ちょっと言いすぎたかなって思ったんです。“都合のいい人になってた”なんて……。」


カリスは穏やかに首を振った。


カリス:「必要な一言でした。甘さは境界線を引いてこそ生きます。今回はそれをしっかり伝えられました。」


三郎は深く息をつき、少し照れたように笑った。


「次は、もう少し軽い言い方で笑わせながら言えるようにします。」


カリスは満足そうに微笑んだ。


カリス:「ええ、その調子です。次も楽しみにしていますよ。」


木鈴が軽やかに鳴り、夜風がやさしく店内を撫でた。


カリス:「本日のお話、いかがでしたでしょうか。ご感想やお悩み、いつでもお寄せくださいませ。次の席にお座りになるのは、あなたかもしれません。」


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