第30話 --風が聴こえる--
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和ら木の昼。
外の風が、看板をかすかに鳴らしていた。
店内は静かで、ワタまるが棚の上で丸くなっている。
ふわりと光が舞い、カリスが現れた。
いつになく控えめな表情をしている。
カリス:「……今日は少し、難しい子をお連れします。」
「難しい子、ですか?」
カリス:「“風を聴く”少女です。けれど――声を出せません。」
ちりん、とドアベルが鳴いた。
入ってきたのは、年端もいかない少女だった。
黒髪の中に白い筋が混じり、目はまっすぐにこちらを見ている。
彼女の唇は動かない。
カリス:「リナさんです。夜の民と人のあいだに生まれた子です。」
三郎はすぐに立ち上がり、深く頭を下げた。
「ようこそ和ら木へ。店主の三郎です。ゆっくりしていってください。」
リナは小さくうなずき、椅子に腰を下ろした。
その仕草は丁寧で、何かを言いたげだったが、やはり声は出ない。
三郎はゆっくりお茶を注ぎながら言う。
「話さなくても大丈夫です。無理に話す店ではないですから。」
リナはその言葉に少し驚いたように目を瞬かせた。
そして、指先でテーブルの上に文字を書く。
リナ:どっちにも居場所がない
三郎は黙って頷く。
「人の世界にも、夜の民の世界にも、ですか?」
リナは小さくうなずいた。
リナ:どっちにも“違う”って言われる。だから、喋れない
彼女の指が止まり、拳が小さく震えた。
三郎は少し考えて、椅子を引き、リナと同じ高さに座った。
目線を合わせたまま、静かにうなずく。
「……そうですね。たぶん、通じないことのほうが多いです。でも、誰かと“通じた”瞬間が一度でもあったら、それを信じてもいいと思います。」
リナは眉をひそめ、目を伏せた。
三郎は少し笑って、
「そんなの、ない。…ですか。」
リナは少し驚いたように三郎を見た。
「あはは、そんなに表情と、仕草、目線があれば、なにを言いたいかは、だいたいわかりますよ。」
そして三郎は机の上に置いた布巾二つを指さした。
「ちょっと、この布巾を一つお貸りしますね。」
リナが首をかしげると、三郎はそっと取って机を拭いた。
リナはつられて布巾を取り自分の手元も拭く。
二人の手の動きが重なり、机が静かに光る。
「今、少し通じましたよ。」
リナは一瞬きょとんとして、それから顔を上げた。
「言葉じゃなくても、心が通じることはあります。
あなたが“風を聴ける”のは、そのためかもしれません。」
リナの瞳が揺れた。
彼女は唇を噛んでから、手を胸に当てて小さく頷く。
リナ:今、少し分かった気がする
三郎は優しく微笑む。
「それで十分です。
あなたが聴いている“風”は、誰にも真似できない。
誰かを分かろうとする人にしか聴こえない音だから。」
リナはしばらく考え込むように目を閉じ、
やがて少しだけ笑った。
その笑顔は、まだぎこちないけれど、確かに温かかった。
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カリスが静かに現れ、そっと囁いた。
カリス:「……今回の甘甘ポイント、+70。
“違いを分ける”のではなく、“違いのまま隣にいた”甘さですね。」
三郎は軽く頷き、リナの残した文字を指でなぞる。
「悩んだままでないと、聴こえない音があるのかもしれませんから。」
ワタまるが「ぽふっ」と鳴き、
風が店の中をひとすじ、通り抜けていった。




