第29話 --戦場に花を植える兵士--
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和ら木の夜は、雨のあとのように静かだった。
木の壁を伝う水音のように、薪がぱちりと鳴る。
ふわりと光が舞い、カリスが現れる。
その顔は、少しだけ慎重な色をしていた。
カリス:「三郎さん。……今日は、“夜の民”の方をお連れします。」
「夜の民……。」
ちりん、とドアベルが鳴く。
入ってきたのは、深い紺の外套をまとった男だった。
髪は黒く、瞳は月のない夜のように静か。
背は高いが、背筋は少しだけ疲れていた。
カリス:「こちらは、ルガートさんです。」
三郎は席の向こうにまわり、丁寧に頭を下げる。
「ようこそ和ら木へ。店主の三郎です。どうぞ、ゆっくりしてください。」
ルガート:「……夜の民を受け入れる店は、珍しいな…。」
「わたしは、“誰か”よりも、“どんな話か”を大事にしてます。」
ルガートは少しだけ眉を動かし、席についた。
カップに湯気が立ち上る。
三郎は静かに、それを差し出した。
「お疲れのように見えますね。まずは温かいお茶をどうぞ。」
ルガートはそれを受け取り、両手で包むように持った。
指先は傷だらけで、爪の間には土が残っている。
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ルガート:「……俺は、ずっと戦場にいた。」
「……そうですか。」
ルガート:「戦って、奪って、生き残った。
誰も責めない。それも辛いのだ。そんな中、俺は……その地に“花”を植えている。」
「花、ですか。」
ルガート:「ああ。
あの場所に、命を植えたいと思った。
自分が奪った数だけ、芽を増やしたい。
別に罪を消したいとかじゃない。赦されないのはわかってる……彼らを思い出すためだ。」
三郎は、カップを置き、まっすぐに彼を見た。
「思い出すため、ですか。」
ルガートはうなずいた。
「忘れたら、何のために戦ったのかも、分からなくなる。
俺たちは“勝つため”に剣を取ったんじゃない。
“生き残るため”に戦った。
でも、終わった後の生き方は、教わらなかった。
何が良くて何が悪いか、どう喜ぶかどう悲しむか…。」
薪が小さくはぜた。
その音が、夜の静けさをつなぎ止める。
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「……それでも、花を植えたんですね。」
ルガート:「土を掘る音は、剣より静かだった。
初めて芽が出た時、心の中で、何かがやっと呼吸した気がした。
それでも、咲くたびにどうしても胸は痛むんだ。
……この花が、誰のために咲くのか、分からない。」
三郎は静かに息を吐いた。
しばらく沈黙してから、口を開く。
「たぶん、その花は、“これから生きる誰か”のために咲くだけなんじゃないですか。」
ルガートは顔を上げる。
三郎は続けた。
「咲いた花は、何の代わりにはならない。
でも、“生きようとした証”にはなると思います。
それは、咲かせた人の想いと一緒に残る。
咲かせたその瞬間に、その命の向かう先が変わっているんじゃないでしょうか。」
三郎は軽く微笑みながら、
「生きている命はそういうものですから。いつも自分のペースで成長する。」
ルガートは、静かに目を閉じた。
そして、唇の端がわずかに動く。
ルガート:「……それで、いいのかもしれない。
俺はまだ、許されなくてもいい。
けど、花を見た子どもが、笑ってくれたら。
あの笑顔があるなら、それでいい。」
「ええ、それでいいと思います。
きっと、花は誰かの心に根を張ります。
そして、あなたもその“誰か”に救われてる。」
ルガート:「……そうだな。」
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ルガートは立ち上がり、深く頭を下げた。
ルガート:「ありがとう、店主。
俺は、もう少しだけ…いや、この命ができる日まで…花を植えてみる。」
「それはちょっと……、でも、あなたの花がいつかきっと“誰かをつなぐ花”になります。」
ルガートはわずかに微笑み、扉の外へ出た。
外の風は、少しだけやわらかくなっていた。
カリスがふわりと現れ、そっと告げる。
カリス:「今回の甘甘ポイント、+70。
“罪を許す”ではなく、罪と生をともに置く“罪なんか無かった”……これが、次の時代の甘さです。」
三郎は微笑み、静かにうなずいた。
「……咲かせるって、そういうことなんですね。」
ワタまるが「ぽふー」と鳴き、
どこからか、春の匂いが流れこんできた。




