第28話 --沈黙の外交官--
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和ら木の夜。
外は風が強く、遠くで誰かの足音が石畳を叩いていた。
薪のはぜる音が、小さく店内を照らす。
ふわりと光が舞い、カリスが現れる。
だが、いつもより少し神妙な顔つきだった。
カリス:「……三郎さん、今日は“言葉を仕事にしている方”です。」
「言葉を……?」
木鈴が鳴り、ドアが開く。
入ってきたのは、灰色のマントをまとった中年の男だった。
髪には白いものが混じり、目は深く沈んでいる。
肩には、数えきれない“交渉”の重さがのしかかっていた。
カリス:「こちらはアーレン=クロードさん。各国を渡り歩く外交官です。」
「ようこそ和ら木へ。店主の三郎です。」
アーレン:「……店主殿。ここは静かでいいのだが。誰にも話は聞かれないだろうな。」
「はい。大丈夫です。どんな話も、ここでは外に漏れません。」
アーレンはうなずき、席に座る。
カップに湯気が立ちのぼる。
けれど彼は、一口も飲まずに、ただカップを見つめていた。
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アーレン:「……十年。
この十年、私は言葉で国をつないできた。
だが、つながらなかった。」
「……。」
アーレン:「戦の理由は誰も覚えていない。
だが、“正義”だけは皆が持っている。
その正義が多すぎて、どこにも座れない。」
彼の声は低く、ひとつひとつが削れていた。
まるで、何度も何度も自分の舌を噛んできたように。
三郎は何も言わず、ただそっと、新しい器にお茶を注いでいた。
温かい湯気がふわりと二人の間を包む。
アーレン:「……私は、夜の民の使者と対面した。
彼は私を“人殺し”と呼んだ。
だが私は反論できなかった。
彼の村を焼いたのは、私が送った命令書だからだ。」
カリスはそっと目を伏せ、ワタまるが静かに丸くなる。
三郎は、ただ一言だけを口にした。
「……重かったですね。」
アーレン:「ああ。
そして今、上からは“和平の席を設けろ”と言われた。
だが、どうすればいい?
十年かけて積み上げた憎しみを、どうやって一晩で消せる。」
三郎は黙って紙と鉛筆を置いた。
だが何も書かない。
代わりに、ゆっくりとカップを差し出す。
「……今は、冷めないうちにどうぞ。」
アーレンは眉をひそめたが、やがて小さく息を吐き、カップを口に運んだ。
わずかに香る甘み。
彼の表情が、ほんの少し緩む。
アーレン:「……不思議だな。
甘くて、苦みはない。」
「それが“和ら木ティー”です。
甘さは、人の心を責めない味ですから。」
アーレン:「……責めない、か。」
「正義は本来自分の中に留めて置くべきものです。
他の人に正義を押しつけて拒まれたときに、
その正義に対する悪が生まれてしまう。」
彼はゆっくりと視線を上げる。
その目には、かすかな光が戻っていた。
アーレン:「言葉が尽きたときは……何を渡せばいいのだろうな。」
「……想い、でしょうか。」
アーレン:「想い?」
「言葉は伝えるための道具ですけど、
届くのは、想いがあるときだけです。
なにも語りかけれないとき、相手の想いが自分に届いている時で、もしかすると……沈黙している方が、想いが届くこともあるのかもしれません。」
アーレンはしばらく沈黙した。
そして、小さく笑った。
アーレン:「……言葉で闘って来た私にとっては皮肉だな。沈黙の外交官になるべきなのか…。」
「いい名前じゃないですか。」
アーレン:「ふっ……いや、悪くない。」
カップを置いた彼の手が、少し震えていた。
だがその手は、もう握りしめられてはいなかった。
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夜風がカーテンを揺らし、灯りが小さく瞬く。
アーレンは立ち上がる。
アーレン:「……ありがとう。
明日からの交渉、少し違う言葉を使ってみるよ。
“正義”ではなく、“想い”と“沈黙”を。」
「いいですね。それなら、届くと思います。」
アーレンは微笑み、深く頭を下げた。
その背中が扉の向こうに消えると、カリスがそっと現れる。
カリス:「……今回の甘甘ポイント、+55。
言葉ではなく“聴く”という形で、相手の沈黙を尊重できましたね。」
「……沈黙の外交官か。悪くない二つ名ですね。」
カリスは微笑み、ワタまるを抱き上げる。
「ぽふー」と鳴くその音が、店内に柔らかく響いた。




