番外編 --さざめきの中で--
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和ら木の昼下がり。
窓から射す陽は柔らかく、カウンターではワタまるが丸くなっていた。
三郎は茶を淹れながら、静かな店の空気に耳を澄ます。
ちりん、とドアベルが鳴いた。
元気な声とともに、数人の子どもたちが駆け込んでくる。
子どもたち:「号外! 号外! 魔王軍が降伏したんだって!」
別の子ども:「ばーか、そんなの信じられるわけないだろ!」
三郎は驚きつつも苦笑して、カップを置いた。
「ずいぶん大きなニュースを持ってきたね。」
子どもたちは顔を真っ赤にして、わいわい騒ぐ。
「市場の人が言ってたんだ!」「商人さんが旅人から聞いたんだ!」
ワタまるが「ぽふー」と鳴き、机の上を転がると、子どもたちは笑いながら追いかけて遊び出した。
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ほどなくして、またドアベルが鳴いた。
入ってきたのはアレン、ロイク、サム、ミラの勇者パーティーだ。
彼らはいつものようににぎやかに席につき、料理を頼む。
アレン:「ここ最近、前線が妙に静かなんだよな。魔族の動きがぱたりと止んでる。」
ロイク:「……嫌な静けさだな。嵐の前かもしれん。」
ミラ:「あるいは、もう戦う気をなくした……とか?」
サム:「はは、そんな都合のいい話があるかよ。」
軽口を叩き合いながらも、どこか落ち着かない様子がにじむ。
だが次の瞬間、アレンが肉にかぶりつき、ロイクが飲み干し、店はいつものように賑やかさに包まれた。
三郎は笑顔を浮かべつつ、どこか胸の奥に小さな引っかかりを覚えていた。
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夕刻。
市場帰りの客が和ら木に立ち寄り、酒を片手に噂を口にする。
「魔族と交易してる商人がいるらしいぜ。」
「嘘だろ。あんな連中と?」
「いや、あいつらも食わなきゃ死ぬ。人も同じさ。」
三郎は茶を注ぎながら、静かに言葉を添えた。
「……噂は噂かもしれません。でも、食べて生きたいと思うのは、誰だって同じですよ。」
客たちは「まあな」と笑い飛ばし、話題は次の祭りへと移っていった。
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夜。
店に残った静けさの中で、ふわりとカリスが現れる。
彼女は子どもたちが落としていった紙切れを拾い上げる。
そこには大きく「号外」と書かれていた。
カリスはそれを見つめ、わずかに複雑な笑みを浮かべる。
カリス:「……本当に号外が出る日が、案外近いのかもしれませんね。」
三郎:「え?」
カリスは首を振り、にこりと笑った。
「いえ、なんでもありません。」
和ら木には、いつもの夜の柔らかい空気が流れていた。




