第22話 --変えられるもの、変えられないもの--
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和ら木の午後。
西日が差し込み、カウンターに黄金色の光が広がっていた。
ワタまるがころんと転がり、のんびり丸まっている。
ふわりと光が舞い、カリスが現れる。
カリス:「三郎さん、今日は“とても優秀な方”をお連れしました!」
「優秀な方、ですか。」
ちりん、とドアベルが鳴く。
入ってきたのは鋭い目をした青年。背は高く、着ている服もきちんと整えられている。だが、その表情には苛立ちが刻まれていた。
カリス:「こちらは商会のユリオンさんです。」
ユリオンは軽く会釈した。
ユリオン:「……ユリオンと申します。」
三郎も立ち上がり、誠実に頭を下げる。
「和ら木へようこそ。私は三郎です。どうぞ、お掛けください。」
二人が腰を下ろすと、三郎が湯を注ぎ、香ばしい香りが漂った。
ユリオンはカップに視線を落としたが、すぐに言葉を吐き出した。
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ユリオン:「……私は商会で帳簿と在庫を任されています。
ですが……誰も新しいやり方を取り入れようとしない!
数字をまとめるのも遅い、在庫の把握も曖昧、交渉だって無駄が多い。
私はもっと効率的にできると分かっているのに、上も同僚も“昔からの方法が一番”と聞きもしない!」
拳を握りしめ、声が強まる。
ユリオン:「彼らが変わらないから、全てが停滞するんです! 私は優秀なのに……周囲が愚かだから前に進めない!」
三郎は湯気の向こうから穏やかに問いかけた。
「ユリオンさん。……具体的に、何をどう変えたいんですか?」
ユリオンは一瞬言葉を止め、それから早口でまくし立てる。
ユリオン:「帳簿は日ごとに集計して月末に自動で計算できるように! 在庫も品目ごとに分類し直せば、誰が見ても一目で分かる! 交渉だって、相手の需要を読んで条件を先に提示すれば、もっと早くまとまるはずなんです!」
「なるほど。」
三郎は頷き、湯をひと口すすった。
「では……なぜ周りは変わらないんでしょう?」
ユリオンは眉をひそめる。
ユリオン:「……頑固だからです。古いやり方に安心して、変化を恐れているから。」
「ええ、そうでしょうね。」
三郎は静かに続けた。
「でも、それは彼らの“安心の形”なんです。
帳簿の数字を毎日まとめるより、月に一度確認するほうが落ち着く人もいる。
在庫を分類するより、“ここにある”と体で覚える方が安心な人もいる。
交渉を時間かけて世間話することで、信頼を積む人もいる。」
ユリオンの眉がさらに険しくなる。
ユリオン:「……それはただの無駄です!」
「無駄に見えるものが、彼らにとっては“信頼の礎”なんですよ。」
ユリオンは口を閉ざし、唇を噛んだ。
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三郎はカップを置き、真剣な声で言った。
「ユリオンさん。変えられることと、変えられないことがあります。
社会や自然は、一人ではすぐに変えられません。
未来は努力で動かせても、過去はどうやっても変えられません。
そして――他人は、自分の思い通りには変えられない。」
ユリオンの目がわずかに揺れる。
「じゃあ、何が変えられるか。……自分です。
自分のやり方を“伝え方”に変えることはできる。
相手に安心を残したまま、新しい方法を差し出すことはできる。
あなたが変われば、周りも少しずつ動き出すんです。」
長い沈黙の後、ユリオンは深く息を吐いた。
ユリオン:「……私は、周りが愚かだと切り捨てていました。
でも本当は……自分の伝え方を変えることから逃げていたのかもしれません。」
三郎は微笑み、カップを掲げた。
「優秀だからこそ、自分から変わる強さが必要なんですよ。」
ユリオンは苦笑を浮かべ、肩を落とした。
ユリオン:「……なるほど。確かに、私が変われば周りも変わるかもしれませんね。」
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カリスが横でぱちぱちと拍手した。
カリス:「今回のポイントは……“自分から変わる勇気”+45ポイント!」
三郎は苦笑しつつも目を細める。
「なかなかいい採点ですね。」
カリス:「はい! ユリオンさんの優秀さが“周りを動かす力”に変わっていくんです!」
ユリオンは思わず吹き出し、肩の力を抜いた。
ユリオン:「……なんだか、少し気が楽になりました。」
ワタまる:「ぽふー!(それでいい!)」
和ら木はその夕暮れ、静かな安堵と小さな決意に包まれていた。




