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番外編 --昔の話--

和ら木の夜。

客を見送ったあと、カウンターの上には飲みかけのカップと肴が並んでいた。

三郎はふうと腰を下ろし、酒瓶を手にした。


ふわりと光が舞い、カリスが現れる。


カリス:「おつかれさまです! 今日は私も一緒に飲ませてもらいます!」


「……かみさまってそういうもんだっけ?」


カリス:「いいんです。人を救うには体力も必要、そのためには栄養補給! つまりお酒!」


「……だいぶズレてるな。」


ワタまる:「ぽふっ(のんべえ)」


三郎は苦笑し、酒を注いで一口。

ワタまるを膝にのせながら、ぽつりと口を開いた。


「カリス、日本にいた頃の話を少ししてもいいかな。」


カリス:「もちろんです! 三郎さんの過去、聞けるのは貴重ですから!」


「最初の会社は……給料が払われなかったんだ。必死に働いて、へとへとで帰って、でも通帳を見ても数字が増えてない。『来月こそ』って言われ続けて、気づけば辞めてた。」


カリスは目を丸くした。


カリス:「えっ!? 働いたのにお金もらえないんですか!? それはもう雷に打たれるべきですね!」


「いや、打たれはしなかったけど……。今なら、事情を話せって突っ込むし、体制から直すよう求めるだろうな。当時はただ、呆れて投げただけだった。」


「次の会社は……いじめだった。無視されたり、机に落書きされたり。『全員が敵だ』って思い込んでしまったんだ。でも本当は、全員が敵なんてあり得ない。主犯格がいただけだった。」


カリス:「ああ、群れのボスですね!」


「そう。今なら分析して、証拠を集めて、周りを少しずつ味方につけて……その時を待ったと思う。でも当時はそれもできなくて、ただ逃げた。」


カリスは目を細めてうなずいた。


カリス:「でも、逃げたから今ここにいるんですよ。命を守るのは大事です!」


「……そうだな。」


三郎はカップを置き、少しだけ笑った。


「そして三社目。……ここで死んだ。」


カリスはゆっくりと目を伏せた。


カリス:「……知ってます。あの日、三郎さんが限界を越えて倒れたのを。見ていました。」


「そうか……。君は知ってるんだな。無茶しすぎて、自分で自分を潰した。死なないように生きること、それが生きることの前提なのにね。」


カリスは静かに頷いた。


カリス:「でも、その命が終わったからこそ、今ここにあるんです。……だから私は後悔してません。」


「僕もだ。あの時死ななければ、和ら木も、君とも、ワタまるとも出会えなかった。だから今は“死なないように生きる”が最優先だ。生きてさえいればやり直せる。」


ワタまる:「ぽふ!(いきのびて正解!)」


三郎は酒をあおり、笑った。


「結局どれも、今の僕なら改善できた。給料不払いなら話をつける。いじめなら分析して逆転する。無茶なら自己管理する。でも当時の僕にはできなかった。……だからこそ今の僕がいる。」


カリスはにっこり笑い、グラスを掲げた。


カリス:「そうです! 三郎さんの失敗はお宝です。ちょっと痛むお宝ですけど、大事なお宝!」


「……カリス、たまにはいいこと言うな。」


カリス:「“たまには”って言いましたね!? はい、今のも記録!」


ワタまる:「ぽふー!(ログとった!)」


三人の笑い声と酒の香りに包まれて、和ら木の夜はゆるやかに更けていった。



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