第20話 --欠けた翼--
和ら木の夜。
外は静かで、窓から月明かりが差し込んでいる。
カウンターの上でワタまるが「ぽふー」と丸まり、三郎はカップを磨いていた。
ふわりと光が舞い、カリスが現れる。
カリス:「三郎さん、ご相談いただきたい方をお連れしました。」
ちりん、とドアベルが鳴く。
入ってきたのは長身の青年。肩を覆う外套の奥、片側だけ翼がない。
残された片翼は大きく、美しい羽を広げているのに、失われたもう一方がその美を際立たせていた。
カリス:「こちらは……有翼人のカイルさんです。」
カイルは深々と頭を下げ、低く名乗った。
カイル:「……カイル、と申します。」
三郎も立ち上がり、誠実に頭を下げる。
「和ら木へようこそ。私は三郎です。どうぞ、お掛けください。」
席に着くと、三郎が湯を注ぐ。
カップから立つ香りを前にしても、カイルの視線は俯いたままだった。
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カイル:「……私は有翼人です。翼は私たちの誇りであり、存在理由でした。
人より早く移動できる。上空から広い視野を持てる。重い荷を運ぶこともできる。
だからこそ、私たちは“人より優秀だ”と信じていた。……私自身も、そうでした。」
彼は拳を震わせる。
カイル:「ですが、戦で片翼を失いました。もう飛べません。
……優秀だと思っていた自分が、一瞬で“ただの人以下”に落ちたんです。」
三郎は静かにうなずき、問いかける。
「……翼を失った今、カイルさんはどう感じていますか。」
カイルは奥歯を噛みしめた。
カイル:「誇りを奪われました。仲間たちは慰めてくれましたが……その瞳の奥に憐れみが見えるんです。
『飛べなくてもお前はお前だ』……それは分かってます。でも……翼こそが僕の証だった。
片翼を失った僕は、半端者。優秀さを示せない僕には、居場所がないんです。」
ワタまるが「ぽふっ」と鳴き、机の上を転がる。
カイルはその姿を目で追い、わずかに息を漏らした。
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三郎はカップを置き、真っ直ぐに見つめた。
「全部一緒だとは思ってませんが、…片目をなくした人は、視界の狭さゆえに光の筋を誰より美しく見つけられるようになる。…片耳をなくした人は、遠くの物音に誰より敏感にななる。…片腕をなくした人は、仲間に“任せる”強さを学び、声をなくした吟遊詩人は、身振りや旋律で人の心を震わせる。魔力を持たない者は、魔法に頼らず工夫を積み重ね、独自の知恵を生み出したり、竜の血を持たなかった騎士は、だからこそ人の痛みを理解し、竜よりも勇敢になれた。……万能の神様から見れば、僕たちはみんな“不完全”です。僕自身もこの世界の考え方とか常識が欠けてるんだと思います。でも、その欠けがあるからこそ、“自分にしか見えない景色”があるんです。そして、その景色はまだ誰も気付いてない美しさがあるんだと思いますよ…。」
カイルの瞳が揺れ、肩が小刻みに震える。
カイル:「……僕にしか、見えない景色……。」
ワタまるがころんと膝に乗り、温かさを伝えた。
カイルはその小さな命を撫で、ゆっくりと涙をぬぐった。
カイル:「……翼を失っても、僕はまだ……歩いていけるんですね。」
三郎は穏やかにうなずいた。
「ええ。これからは、新しいカイルさんの旅の始まりです。」
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数日後の和ら木。
ちりん、とドアベルが鳴き、カイルが子どもたちを連れて入ってきた。
カイル:「この子たちに、地上の道の歩き方を教えているんです。……空からじゃ分からなかった“歩く旅”の楽しさを。」
「カイルさんにしか気付けなかった景色なんでしょうね。」
子どもたちは笑いながらワタまるを追いかけ、カイルもその姿を見て微笑んだ。
カリスが現れ、採点を告げる。
カリス:「今回のポイントは……“欠けから始まる景色”+40ポイント!」
三郎は目を細め、カイルに声をかけた。
「カイルさん。これからはあなたが、その景色を伝える番ですね。」
カイルは静かにうなずき、もう一度だけ深く頭を下げた。
和ら木はその日、羽音のない優しい風に包まれていた。




