第19話 --転生旅人アーク--
和ら木の夕暮れ。
窓から差す赤い光がカウンターに揺れていた。
ワタまるがころんと転がり、机の上でふわふわ丸まっている。
ちりん、とドアベルが鳴いた。
入ってきたのは旅人風の男。肩に古びたマントを羽織り、深い影を落とす瞳には年齢以上の重みがあった。
カリス:「本日は……とても長い旅をしてきた方をお連れしました!」
男は軽く会釈をした。
三郎もそれに応え、
「いらっしゃいませ。和ら木へようこそ。店主の三郎です。」
旅人:「……私はアーク。転生を繰り返す旅人です。」
「転生……?」と三郎が目を丸くする。
アークは小さく笑い、ゆっくり続けた。
アーク:「最初の人生は、とある東の島国で終えました。“日本”という国です。」
三郎の手が止まる。
「……えっ、日本?!…僕も日本で生まれてここに転移したんです!」
アークはわずかに目を細める。
アーク:「そうなんですね。……故郷を知っている人と出会ったのは初めてだ…。それだけでも嬉しいものだね。会えてよかった。」
三郎は胸の奥が熱くなるのを感じながら、席を勧めた。
二人は向かい合って腰を下ろし、湯気立つ茶を前にした。
「アークさんの話、たくさん聞いてみたいです。」
アークはカップを見つめ、ゆっくりと語り始めた。
アーク:「初めての転生は小さな農村でした。……生まれ変わった喜びで胸がいっぱいで、僕は“全力で生きよう”と思ったんです。」
彼は拳を握りしめる。
アーク:「日本で学んだ知識を総動員しました。輪作を教え、堆肥を工夫し、水路を整え……。村人は驚いて、笑って、少しずつ生活が変わっていきました。」
目が輝き、しかしすぐに曇る。
アーク:「けれど、僕は張り切りすぎた。夜通し畑に出て、病人が出れば薬草を探しに森へ入り……気づけば、自分の体を壊していたんです。」
三郎:「……。」
アークは息を吐き、肩を落とす。
アーク:「最後は寝床から動けず、村人に泣かれながら死にました。……“ありがとう”と。確かに感謝されました。けれど、僕自身は途中で燃え尽きてしまった。やり残したことも沢山あったのに。」
アークの声が一段低くなる。
アーク:「次は戦乱の時代でした。僕は兵に徴じられ、槍を手にした。……そこで日本で学んだ兵法書の知識を活かし、隊を率いたんです。」
目が鋭く光る。
アーク:「布陣を変え、合図を工夫し、少人数でも勝ちを拾った。仲間から“隊長”と呼ばれ、勝利の酒を酌み交わしました。」
だが唇が震え、笑みはすぐ消えた。
アーク:「……勝てば勝つほど、仲間が死んでいった。僕の策で生き延びる者もいれば、その代わりに別の誰かが倒れる。……ある時には、背中を預けた戦友が矢に射抜かれた。なぜ守ってやれなかったとか、自分があいつの変わりになればって思いが今も抜けないんです…。」
彼の拳が小刻みに震える。
アーク:「僕は勝利を重ねながら……失ってばかりでした。結局、最後は大将の盾となり、敵に囲まれて斬られた。……戦場で名を残しすぎたからかもしれない。でも、僕の胸にはただ空虚だけが残った。」
ワタまるが「ぽふっ」と鳴き、重苦しい空気を和らげた。
アークは一瞬だけ目を細め、続きを語る。
アーク:「三度目は……歌でした。日本にいた頃は手前味噌ながらカラオケとか歌が得意でね。気づけば竪琴を手にし、街を渡り歩く吟遊詩人となっていた。……初めて“剣でも鍬でもなく声で生きられる”と思えたんです。」
彼の声にかすかな楽しさが混じる。
アーク:「舞台で歌えば、人々が泣き、笑い、拍手をくれた。旅先で出会った子どもたちが僕の歌を覚えて、一緒に歌ってくれることもありました。」
微笑むアークの目が、次第に影を帯びる。
アーク:「でも、求められるまま歌い続け、声は枯れ、喉を壊した。……“もう歌えないなら用はない”と、周りからの興味はなくなっていったんです。最後には裏路地で1人、静かに声にならない声で歌っていました…。」
彼は胸を押さえ、かすれ声で言う。
アーク:「……あの時ほど、自分の存在が空っぽに感じたことはない。」
三郎はうっすらと涙を浮かべながら、じっと耳を傾けていた。
アーク:「そして今生は、この世界でアークと名付けられ、旅をしながら自分のことを見つめ直しているんだ。」
アークは三郎を見つめ、問うように言った。
アーク:「……僕は何度も生まれ、何度も命を燃やしてきた。農村で人を救い、戦場で勝利をもたらし、歌で心を震わせた。……でも最後はいつも、壊れて終わる。」
両手で顔を覆い、吐き出すように続ける。
アーク:「結局、僕は……誰かを幸せにできたんだろうか? それともただ、繰り返し使い潰されただけなんだろうか。」
沈黙がつづく。
ワタまるがころんと転がり、机の上で丸くなる。
三郎は茶を見つめ、やがて顔を上げた。
「アークさん。……あなたの命は、壊れて終わったんじゃないと思いますよ。」
アークは目を伏せる。
「農村にはそれまでの知識と豊かさが残った。戦場には戦略と勝利が残った。街には歌と感動が残った。……アークさんは自分の体を削ったかもしれない。でも、その度に何かを“渡して”きたんです。」
アークの肩が震えた。
「だから今ここにいるアークさんは、“無駄だった人生を繰り返した人”じゃない。“何度も誰かに未来を手渡してきた人”なんですよ。」
アークは顔を上げた。目尻には涙が光る。
アーク:「……未来を、渡してきた……。」
三郎はうなずいた。
「ええ。そして今は、あなた自身のために生きていていいんです。誰かのためだけじゃなくて、アークさんが心から“したい”ことのために。」
アーク:「自分のしたいこと…。…そんな理由で生きていいのか…。前世の記憶があってもその責任は無いのだろうか…。」
「その責任は過去にあったんでしょう。今の前世の記憶からの責任は、自分のために生きることなんじゃないでしょうか。アークさんの過去のためにも。」
アークの頬を涙が伝った。
彼は両手で顔を覆い、かすれた声で笑った。
アーク:「……ああ、本当に。あなたに会えてよかった。」
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数日後の和ら木。
ちりん、とドアベルが鳴き、アークが立っていた。
今日はどこか軽やかな足取りで、竪琴を背にしている。
アーク:「また旅に出ます。でも今度は、自分の歌を残すために。誰にも止められない、自分のやりたいように。自分の過去も救いたいから。」
彼は照れたように笑い、竪琴を爪弾いた。
優しい音色が店内に広がる。
ワタまるが「ぽふっ」と鳴いて跳ね、カリスが拍手を送った。
三郎は微笑み、静かに言った。
「……どうか、今度こそ自分のために。」
夕焼けの光の中、アークの歌声が和ら木に染み渡った。




