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第15話 --歪んだ器--


和ら木の朝。

まだ客のいない静かな時間。

三郎は棚の器を一つひとつ点検していた。

ワタまるがころんと転がって、棚の下に潜り込んでいる。


ふわりと光が舞い、カリスが現れた。


カリス:「三郎さん、今日は“とても真面目な方”をお連れしました!」


「真面目な方……ですか?」


ちりん、とドアベルが鳴く。

入ってきたのは二十歳そこそこの青年だった。

作務衣の袖口が土で少し汚れている。背筋は真っ直ぐだが、顔色は固く険しい。


カリス:「こちらは陶工のリアンさんです。」


青年――リアンは、深く頭を下げた。


リアン:「……リアンと申します。よろしくお願いします。」


三郎も立ち上がり、手を差し出す。


「和ら木へようこそ。私は三郎です。どうぞ、お掛けください。」


席に着くと、三郎が器にお茶を注ぐ。

湯気とともに立ちのぼる香りを一瞥しただけで、リアンは唇を固く結んだ。


リアン:「……僕、器を焼いているんですが、どうしても納得できなくて。」


「納得できない?」


リアンはうつむき、手を強く握りしめた。


リアン:「少しでも歪んでいたら、それは失敗です。窯から出した瞬間に歪みを見つけたら、叩き割ります。親方に“使える”と言われても、僕には許せないんです。」


「……叩き割るんですか。」


リアンは苦笑した。


リアン:「ええ。完璧じゃなければ世に出せません。……でも、割った数の方が多くなってきて。棚に残るのはわずかだけ。まるで、僕の価値まで減っていくようで……。」


ワタまるがころんと机に上がり、器のふちを指でたどるように転がった。

リアンはその姿を目で追い、わずかに息を漏らす。


リアン:「……歪んでいても、こうして使えば、まだ器なのに。」


三郎は静かにうなずき、問いかけた。


「リアンさんは、自分に厳しくするのが当たり前なんですね。」


リアン:「……そうじゃなきゃ、腕は上がりません。」


「でも、その厳しさで、自分を壊していませんか?」


リアンの目がきらりと光った。


リアン:「……壊れてもいいんです。半端なものを残すくらいなら。」


三郎は眉をひそめた。


「……本当に?」


リアン:「はい。甘さを許したら、全部が中途半端になる。……“歪んでいても器として価値がある”なんて、慰めにしか聞こえません。」


三郎は黙り込み、器のカップを手に取った。

ゆっくりと傾け、光に透かす。

ふちには小さな歪みがある。


「……これ、僕は気に入ってますよ。持ったときに指がひっかかって、すべりにくいから。」


リアンは驚いた顔をしたが、すぐに首を横に振った。


リアン:「……それはただの妥協です。僕は“歪みのない世界”を作りたいんです。」


三郎は目を細め、ため息をついた。


「妥協と工夫は違います。危ない欠けは確かに手放すべきです。でも危なくない欠けや歪みは、工夫次第で強みになる。……でも、リアンさんにはまだ届かない言葉かもしれませんね。」


リアンの拳が震える。

彼は唇を噛みしめ、目を伏せた。


リアン:「……分かってますよ。でも、それを受け入れたら、僕は自分を甘やかしたことになる。そんな自分は許せないんです。」


ワタまるが「ぽふっ」と鳴いて、リアンの膝の上にころんと転がる。

リアンは小さく息を飲み、指先で恐る恐るその柔らかさをなぞった。


リアン:「……どうしてだろう。少しだけ、今は心が揺れる。」


三郎は穏やかに笑った。


「それでいいんです。葛藤があるなら、それは壊れていない証拠ですよ。」


リアン:「……でも、やっぱり僕は許せません。歪んだ器なんて並べられない。そんなものを“価値がある”なんて言って出すのは……これまでの工房への裏切りです。」


三郎は静かに聞き、少し身を乗り出した。


「……リアンさん。じゃあ、もし自分の大切な人が歪みを持っていたらどうしますか?」


リアンは眉をひそめた。


リアン:「……大切な人の歪み……?」


「不器用だったり、苦手なことがあったり、傷つきやすかったり。完璧じゃない部分を見たら、あなたはどうします?」


リアンはしばらく黙り込み、やがて絞り出す。


リアン:「……そんな、大切な人なら……そこも受け入れます。歪みごと。」


「そうですよね。」


リアンはハッと顔を上げる。


「器の歪みも、人の歪みも同じです。歪みを抱えたままでも、その人の、その器の“存在”を愛せる。……でも、自分自身にだけはそれを許さないんですね。」


リアンの喉がひくりと動いた。

彼は両手で顔を覆い、低くつぶやく。


リアン:「……僕は、自分が嫌いなんです。歪んでいるのを許す自分を認めたら……全部が崩れる気がして。」


三郎はしばし黙り、そして深く息を吐いた。


「僕もそうでしたよ。完璧でないと認めてもらえないと思って、死ぬほど働いて……死んじゃったんです。」


リアンの目が見開かれた。


リアン:「……死んだ?」


カリスが横でにこっと笑い、こっそり頷いた。


「だから、今はここで“修行中”なんです。神様公認で。」


リアンは呆然としたあと、思わず吹き出した。


リアン:「……ハハ……そんな馬鹿みたいな話……。でも少し救われます。」


ワタまるが「ぽふっ」と鳴いて、リアンの胸元にころんと丸まった。

リアンはそっと手を添え、目を細める。


リアン:「……歪んでいても、認めれますかね。」


三郎は笑みを浮かべ、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「完璧を目指すことは悪くないと思います。でも、歪みを抱えたまま続ける強さも本物です。自分を甘やかすのは“歪みなんてない”と目をそむけることです。でも自分に甘くするのは、“歪みを認めた上で、それでも大事にする”ことです。」


リアンはじっと三郎を見つめ、唇をかみしめた。

そして、長い沈黙のあと、小さく頷いた。


リアン:「……僕は、歪みを嫌ってきた。でも……歪みを抱えたままでも、器は器。僕も……僕の器を、大事にしてみます。」


三郎は穏やかにうなずいた。


「その決意ができたなら、きっともう十分ですよ。」


リアンは深く息を吐き、張りつめていた肩の力をゆっくり落とした。

その顔は、来たときよりも少し柔らかくなっていた。



---



数日後の和ら木。

ちりん、とドアベルが鳴き、リアンが木箱を抱えて入ってきた。


リアン:「三郎さん、見てください。」


箱の中には、ほんの小さな歪みのある湯のみがいくつも並んでいた。

けれど、その歪みをあえて残し、形に沿って模様を描き込んである。

光を受けて、まるで揺れる景色のようにきらめいている。


三郎は目を丸くし、そして笑った。


「おお……歪みを隠さずに、活かしたんですね。」


リアンは少し照れながらもうなずいた。


リアン:「まだ試作です。でも……これを作っていて、初めて楽しいと思えました。歪みを自分でコントロールすることが何よりも大切な事でした。」


ワタまるが箱の中にころんと転がり、器のひとつに収まった。

「ぽふー」と満足げに鳴く。


三郎は笑いながら、カップを掲げた。


「それが“甘くする”ってことですよ。歪みを受け入れて、大事にして、次につなげる。」


リアンは深く頭を下げ、まっすぐに言った。


リアン:「……今日の言葉、ずっと忘れません。」


カリスがふわりと現れ、採点を告げる。


カリス:「今回のポイントは……“歪みを受け入れる勇気”+50ポイント!」


「おお、それは高得点ですね。」


カリス:「はい!歪みを抱えたままでも前に進める。それが一番強いんです!」


リアンは頬を赤らめながら、少し笑った。


リアン:「……ようやく、僕の器も満たせる気がします。」


和ら木はその日、柔らかく揺らめく光に包まれていた。



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