第14話 --甘やかすのは優しさか--
和ら木の午後。
外では小雨が降り、窓を伝う雫が静かに光を揺らしていた。
三郎はカウンターを拭きながら、ふっと息をつく。
ちりん――。
ドアベルが鳴り、ふわりと光が舞う。
カリスが現れ、少し控えめな笑みを浮かべた。
カリス:「今日の方は……“よくいる人”です。」
「……珍しく、ざっくりですね。」
カリス:「でも、とても大事な人です。こういう人が、世界を支えているんですよ。」
その言葉に首を傾げたところで、もう一度ドアベルが鳴く。
入ってきたのは、少し疲れた顔の青年だった。
地味なスーツ、擦れたカバン。
だがその目には、静かな誠実さが宿っている。
カリス:「こちら、ユリウスさんです。」
ユリウス:「……どうも。仕事帰りで、すみません。」
「ようこそ和ら木へ。どうぞ、ゆっくりしていってください。」
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温かいお茶を前に、ユリウスはようやく肩の力を抜いた。
湯気を見つめたまま、ぽつりと言う。
ユリウス:「僕、事務職なんです。目立たない仕事ですけど、ミスしないように気を張ってて……。
頼まれごとも断れなくて、気づいたら全部自分で抱えちゃってるんです。」
「……優しいんですね。」
ユリウスは、苦笑いを浮かべた。
ユリウス:「優しいんじゃなくて、たぶん怖いんです。
“NO”って言ったら、次は頼ってもらえなくなる気がして。
……だから、笑って引き受けるんです。」
ワタまるが「ぽふっ」と鳴き、ユリウスの手元にころんと転がった。
ユリウスは少し驚きつつ、指先でそのふわふわを撫でる。
三郎は静かに口を開いた。
「じゃあ……もし、あなたが誰かに頼んだことを、
“無理して引き受けてた”って後で知ったら、どう思います?」
ユリウスはハッとしたように顔を上げた。
ユリウス:「……悲しい、ですね。
信頼してたのに、我慢させてたなんて。」
「ええ。あなたがやってるのは、優しさのようでいて、
“我慢の連鎖”を続けているんです。」
ユリウスは黙り込む。
湯気が曇る中で、言葉を探すように視線を落とした。
ユリウス:「……でも、断るのって、勇気がいりますよね。
相手をがっかりさせたくないし。」
「そうですね。
でも、“断ること”は“切り捨てること”じゃないですよ。
『今の自分には無理』って正直に言うことは、
むしろ“自分を大切にしてる証拠”です。」
ユリウスの肩が、少し下がった。
その表情に、わずかな安堵が見えた。
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しばらく沈黙が続いたあと、ユリウスはぽつりと呟いた。
ユリウス:「……僕、誰かに“頑張らなくてもいい”って言われたかったのかもしれません。」
三郎は微笑む。
「そう思えるだけで、十分優しいですよ。」
ユリウスは小さく笑った。
ユリウス:「……なんか、肩の力が抜けました。」
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数日後。
ちりん――。
再び和ら木の扉が開く。
ユリウスが、少しラフな服装で入ってきた。
顔色は明るく、どこかすっきりしている。
ユリウス:「この前、会社で初めて“今は無理です”って言ってみたんです。」
「おお、どうなりました?」
ユリウス:「……意外と、怒られませんでした。
“じゃあ別の人に頼むね”って言われて。
……それだけで、世界がちょっと広くなった気がしました。」
三郎は穏やかに頷く。
「勇気を出した分だけ、優しさはちゃんと残りますよ。」
ユリウスは微笑んだ。
ユリウス:「断っても、人との繋がりは切れないんですね。」
カリスが現れ、ぱっと笑顔を見せる。
カリス:「今回の甘甘ポイント、“自分のために勇気を出せた優しさ”で……+50ポイントです!」
ユリウス:「ポイント制なんですか……!?」
三郎:「ハハハ…。“我慢をやめる”って、立派な優しさですからね」
ワタまる:「ぽふ〜(勇気は甘い!)」
三郎は笑いながらカップを差し出す。
「次は、自分を喜ばせる番ですね。」
ユリウス:「……ギターでも久しぶりに弾いてみますかね。」
「それが一番のご褒美です。」
その日、和ら木の窓の外では雨が上がり、雲の隙間から光が差していた。
その光は、まるで「我慢をやめた人」を照らすようにやわらかかった。




