第12話 --ジャーナリストとは--
和ら木の昼下がり。
光がテーブルの上に長く差し、ワタまるはころんと転がってうたた寝していた。
カリスがふわりと現れ、にっこりと笑う。
カリス:「三郎さん、本日はちょっと熱い方をお連れしました!」
「……あ、熱い?」
ちりん、とドアベルが鳴り、青年が颯爽と入ってきた。
背筋をぴんと伸ばし、鋭い目をしている。手には分厚い新聞の束。
???:「私は“街の目”と呼ばれる者、アルベルト!」
ひと呼吸おいて、胸を張る。
アルベルト:「……アルベルト・シュナイダーだ!ジャーナリストをやっている!」
「…えっ、えぇ……。」
ワタまる:「ぽふっ」
カリス:「かっこいい自己紹介ですね!」
「気をつけろ!…やばいやつだ…。」
アルベルトは机に新聞をバンッと置いた。
一面には赤線と手書きメモがびっしりだ。
アルベルト:「これが今朝配った最新号だ!真実を暴いてやった!」
三郎は新聞を広げ、眉をひそめた。
「“村の水道工事、完全放置!”……これ、まだ工事中じゃないですか?写真に作業員写ってるし。」
アルベルト:「止まっていた日があった!そこを暴いたんだ!」
「いや、雨の日は安全管理上やらないでしょ……。」
次のページには「村長、会食疑惑!」の見出し。
写真には村長が食堂で定食を食べている。
「これはただのランチじゃないですか。」
アルベルト:「権力者が庶民と同じ飯を食べるなど示しがつかん!」
「いやそれ、逆に好感度上がるやつですよ。」
ワタまるが記事の上をころんと転がり、ふわふわした繊維が赤線を薄くした。
ただの穏やかな記事に見えてしまう。
「ほら、普通の記事ですよ。」
アルベルト:「行間を読め!腐敗の匂いがする!」
「腐敗……。」
さらに読み進めると「不正支出か?領収書入手!」の記事。
だが領収書には「子ども会おやつ代」とはっきり書かれている。
「これはお菓子代ですよね。」
アルベルト:「問題はそこじゃない!市民は金の流れを監視すべきだ!」
「いやいや目的通りの支出!」
アルベルトは机をバン!
ワタまるがびくっと跳ねてぽふっと膨らみ、勢いでプカプカ浮かんでいる。
アルベルト:「役場は怠慢!商人は利己的!若者は無関心!私は声を上げ続ける、それが正義だ!」
「重っ……。ところで役場の人に直接取材したんですか?」
アルベルト:「聞いてどうする!事実は目で見るものだ!」
「いや、取材してくださいよジャーナリストなら。」
ワタまるはテーブルの下にころんと避難した。
三郎は新聞を最後まで読み切り、静かに息を吐いた。
ポットを手に取り、お茶をゆっくり注ぐ。
「これでちょっと落ち着いてください。」
アルベルトはそれをぐいっと飲み干し、わずかに落ち着く。
その瞬間、三郎は椅子を引き、立ち上がった。
「……じゃあ、僕も同じやり方してみます。」
アルベルト:「ほう、聞こうじゃないか。」
次の瞬間、三郎は机をバン!と叩き返す。
「この和ら木も改革だ!今日からルールを変える!」
アルベルト:「おお、そうだ!」
椅子をがたがた動かし、テーブルを斜めに並べ替える。
「甘味税導入!おかわり禁止!」
アルベルト:「……お、おかわり禁止?」
「入口で通行税、退出時は感想文提出!」
アルベルト:「ちょ、感想文!?」
ワタまるをひょいと持ち上げ、エプロンでくるんで旗にする。
「革命だ!ワタまる、旗を掲げろ!」
ワタまる「ぽふーー!?」
アルベルト:「おお!……いや、ちょっと派手すぎるんじゃ…。」
カリス:「三郎さん!お皿が割れますって!」
「厨房立入禁止!カリスも入室禁止!この店は僕が再建する!」
椅子を一列に並べ、カウンターの前に柵を作り、コップを整列させる。
「夜間営業禁止!外食は贅沢!パンは一日一個!全員沈黙で飲め!」
アルベルト:「ちょ、ちょっと待て!それじゃ街が死ぬ!憩いの場が……!」
三郎はさらに追い打ちをかける。
「ついでに、笑顔も禁止だ!」
アルベルト:「やめろ!そんなことしたら誰も幸せにならない!」
声が裏返り、目尻に涙が光る。
三郎はぴたりと動きを止め、机を元に戻し、静かに座った。
「……今のが、あなたの記事を読んだ人の気持ちです。」
アルベルト:「……いや、そんなふうな」
「今のがあなたの記事を読んだ人の気持ちですよ!」
アルベルトは肩を落とし、うなだれた。
「…ぅっ……そうだったんですね。どおりで誰も見てくれないわけだ……。」
三郎はふうっと息を吐き、椅子に座り込む。
「……疲れた。慣れないことはするもんじゃないね。」
アルベルト:「…もう少し、自分を見つめ直してみます。」
アルベルトは深く頭を下げて出ていくが、外に出た瞬間、
「それでも私は戦わねばならん!」と叫ぶ声が聞こえた。
「えぇ……、なんも通じてない…?」
避難していたカリスが現れ、採点をはじめた。
「今回のポイントは……なし、むしろマイナスです。−30ポイント!」
「マイナスかぁ……頑張ったんだけどなぁ……。やっぱり、自称ジャーナリストの活動家とは近づきたくないなぁ。」
ワタまるはカウンターの上でころんと丸まり、「ぽふー」とため息。
「お前の甘さだけが助けだよ。ワタまる。」
甘い香りが店いっぱいに広がり、和ら木はなんとか静けさを取り戻したのだった。




