第11話 --わたまるくるまる--
和ら木の朝。
高窓から差し込む光が、カウンターに斜めの影を落としている。
三郎はふきんを片手に、鼻歌交じりに掃除をしていた。
ふわふわコロコロ……と何かが転がる音がして、足元を白い影が横切った。
「えっ?」
見下ろすと、丸い綿あめのような何かがころんと転がり、三郎を見上げている。
丸い目がぱちぱちと瞬いて、ふわりと体が膨らんだ。
「……いや、なにこれ!?」
ふわっと光が舞い、カリスが現れる。
カリス:「おはようございます、三郎さん。新しい仲間をお連れしました!」
「仲間!? この毛玉!?」
カリスは満面の笑み。
カリス:「毛玉じゃありません、ワタまるです。」
「名前ついてるのか……で、どこから連れてきたんです?」
カリスは胸を張って言う。
カリス:「実は、朝市の屋台で見つけまして!」
「……え、食べ物じゃないよね?」
カリス:「はい。最初は綿あめ売り場に並んでいて、私が買おうとしたら“ぽふっ”と鳴いて手に飛び込んできたんです!」
「いや、綿あめじゃん!拾っただけじゃん!!」
カリス:「ですから、神託です!」
「神託!?神託って神がもらうもの!?ただの成り行きでしょ!」
その間にも、ワタまるは店の中をコロコロ転がり、
カップを倒しかけ、テーブルの下にもぐり、椅子の脚にぶつかってはぽふっと音を立てる。
「おいおいおい! 落ち着けって! これ大丈夫なの!?」
カリス:「見てください三郎さん、元気でしょう!」
「元気じゃなくて暴走だよ!!」
次の瞬間、ワタまるが勢いをつけてジャンプ。
カウンターをひと跳ねで飛び越え、三郎のエプロンのポケットにダイブ!
「わっ、ちょ、うわあああ!?」
ポケットの中でワタまるがもぞもぞ動き、エプロン全体が膨らんでいく。
三郎は両手で押さえながら後ずさり。
「重っ……いや軽いけど! なにこれ恥ずかしい!!」
カリスは手を叩いて喜んでいる。
カリス:「ああ、すっかり懐かれてますね! 三郎さん、お母さんみたいです!」
「やめろその例え!!てか外して!マジで仕事できない!」
ワタまるはご満悦で「ぽふー」と鳴き、甘い香りを店いっぱいに広げた。
そこへタイミングよくドアベルが鳴る。
常連客が入ってきて、三郎の姿を見て目を丸くした。
客:「えっ……店長、妊婦さんだっけ?」
「ちがうわ!!」
カリス:「あらあら、おめでたいですね!」
「めでたくねえ!お前も乗っかるな!!」
ついに三郎がカウンターに突っ伏すと、ワタまるがふわっと抜け出してカウンターの上で丸くなった。
店中が甘い香りと笑いで包まれる。
「……もう好きにしてくれ。」
カリス:「では、和ら木の正式マスコットとして認定ですね!」
「……もう好きにして……」
ワタまるは「ぽふっ」と一鳴きし、満足そうにさらに丸く膨らんだ。




