第7話 --お祭り騒ぎ--
和ら木の中が朝日で少し明るくなった頃。
ふわりと光が舞い、カリスが現れた。
カリス:「三郎さん、本日はお店をお休みにして街へ出かけましょう。」
「え、街へ!? そんな急に?」
カリス:「急ではありません。昨日から決めていたんです。」
「……昨日から決めてたのに、今言うんですね…。」
カリスは満面の笑みで、少し黄ばんだ地図を広げる。
よく見ると、道や建物の形がどこか懐かしい絵地図風だ。
「え、これ……ずいぶん古い地図ですね?」
カリス:「ええ、50年前のものですね。でも大体は変わっていませんよ。ここの街が今お祭り期間なんです。」
「いや、半世紀あれば色々変わってますって……。」
カリスは気にする様子もなく、指差してた地図をくるりと丸めた。
「どうやって行くんです? また光の扉でひとっ飛びですか?」
カリス:「いえいえ、せっかくですから歩いて行きませんか。せっかくこの世界に来たんですから、景色を体で感じていただきたいですし。」
「っ…たしかに、それはいいですね。せっかくだから自分の足で見てみたいです。」
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やがて二人は小道を抜け、街へと続く丘を下り始める。
風はひんやりとして、刈り終えた畑から藁の匂いが立ち上る。
遠くで羊が鳴き、道を行く馬車の車輪が石畳を軋ませている。
「…馬車…ほんとに動いてるんだ……。」
三郎は思わず立ち止まり、見渡した。
畑の向こうに広がる赤い屋根の街並み、丘の上で回る風車、干された野菜、遠くに飛び立つ鳥の群れ。
「なんか、ゲームの世界に入り込んだみたいだ。」
カリスは横で得意げに微笑む。
カリス:「気に入っていただけました?」
「はい、もう、なんか、心がざわざわします。」
カリス:「では、そのざわめきを街で鎮めましょう。」
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道を歩く途中で、二股の分かれ道に出る。
カリスは迷いなく右に曲がった。
「そっちで合ってるんですか?」
カリス:「ええ、前はこちらが近道でした。」
「……前って、50年前とかじゃないですよね。」
カリス:「はい、50年前です。」
「やっぱりかい!」
案の定、行き止まりの納屋に突き当たる。
カリスは顎に手を当てて考え込む。
カリス:「あらら、ら、ら、ここ倉庫になったのですね。……便利そう。」
「便利そう。…じゃないよ!遠回りですよ!」
結局、大通りに戻り、やっと街の入り口に着いたときには午前が終わりかけていた。
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街は大賑わいだった。
露店に山盛りの果物や焼き菓子、焼きたてのパン。
子供たちが走り回り、音楽隊の笛と太鼓が響く。
「……すごい、本当にお祭りだ。」
三郎が見入っていると、カリスがいなくなった。
「え、あれ?カリスさん?」
次の瞬間、両手いっぱいに串焼きを抱えて戻ってきた。
カリス:「串焼き、買ってきましたよ!」
「え、そんなに? 二人で食べきれます?」
カリス:「あ、えっと……これはパーティーメンバーの皆さまの分でして……。」
「え、呼んでないですよね?」
カリス:「えっと、はい、今からお呼びするところでしたので!」
「いやいや、いきなり言われても彼らも……!」
三郎の言葉を聞かずに、カリスは得意げに光を両手に集め、空間に扉を開いた。
扉の向こうから剣戟と咆哮の音が響く。
「え、なんかすごい音してるんですけど!?」
カリス:「大丈夫です。ちょっと止めてきますね。」
「ちょっと止めるって何!?」
光の中に消えていくカリスを見送りながら、三郎は頭を抱えた。
光の扉の向こうは、戦場だった。
土煙がもうもうと立ちこめ、剣と剣がぶつかる金属音、獣の咆哮、魔法の爆ぜる音が入り乱れている。
三郎はおそるおそる扉から顔を出し、目を丸くした。
「うわっ……マジで戦場じゃん!ゲームのボス戦そのまんま……。」
すぐそばで大剣が振り下ろされ、火花が散る。
三郎は思わずのけぞった。
カリス:「危ないので、魔獣だけ時間を止めますね。」
ぱん、と指を鳴らす。
次の瞬間、戦場全体がしんと静まり返った。
魔物は全て動きを止め、空中に浮かんだ火球までぴたりと静止している。
ただし、パーティーメンバーだけは動いていた。
ロイク:「は? おい、敵が固まったぞ! 誰の魔法だ!?」
ミラ:「わ、わたしじゃありません!」
サム:「結界は維持してたが……これは……。」
「えっ、僕じゃないですからね!?」
周りを見渡したメンバーが、キラキラ光る扉から顔を出した三郎をみてると、宙に浮いてたカリスは何事もなかったかのように振り返り、にこやかに告げた。
カリス:「皆さま、ちょうど街でお祭りが始まっておりまして、お誘いに参りました。」
アレン:「……いや、いやいや、今戦闘中なんだが?」
ロイク:「はあ!? こんな時に祭りの話かよ!」
サム:「先にノルマを終わらせないと、報告もできないし、そんな祭りとか行ってられないですよ。」
カリス:「では、本日の討伐ノルマはどのくらいですか?」
アレン:「あと十体ほどだけど。」
カリス:「かしこまりました。」
光の矢が降り注ぎ、止まったままの魔獣が次々と消えていく。
一瞬の後、地面にはきれいに並んだ魔石だけが残った。
ロイク:「……ハ、ハハ、なんでもありかよ。」
サム:「まあ……神様だからな。」
ミラ:「でも、ちょっと罪悪感が……。」
アレンはため息をつき、肩をすくめた。
アレン:「……カリス様がここまでしてくれたんなら行くしかないか。」
カリス:「では参りましょう!」
「あ、強制連行されるパターンですねこれ。」
三郎が言い終わる前に光が広がり、全員が一斉に扉の中へ吸い込まれた。
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光の眩しさが消えると、色とりどりの旗と提灯が視界に広がった。
街の広場は、昼間なのでまだまだ日が高く明るい。
香ばしい匂いと甘い匂いが入り混じり、笛や太鼓の音が賑やかに響く。
ロイク:「うおおっ! 肉の匂いがする! あっち行こうぜ!」
サム:「まず落ち着け。情報収集を……」
ロイク:「情報は腹いっぱいにしてからだ!」
ミラは色とりどりのガラス細工に目を輝かせた。
ミラ:「きれい……! 三郎さん、見てください!」
「すごい……ほんとにファンタジーの街に来たみたいですね。」
カリス:「はい、皆さまの分も串焼き買っておきましたよ!」
ロイク:「マジか! さすが女神!」
ミラ「え、もう買ってあったんですか!?どのタイミングで……。」
サム:「さすがに早すぎでは……。」
「だいぶカリスさんのことがわかってきたかも…。」
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みんなで串焼きをほおばりながら露店を回る。
ロイクは一番大きな串を両手に抱えて上機嫌、
ミラは砂糖をまぶした菓子を嬉しそうに頬張り、
サムは迷子の子どもを見つけては保護し、
アレンは広場の地図を片手に全員の動きをまとめている。
三郎はその光景を眺め、思わず笑った。
「……なんか、こっちまでワクワクしてきた。めいいっぱい楽しもう。」
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日が沈み、夕暮れの色も空から落ちたころ、カリスが満面の笑みで現れた。
カリス:「皆さま! せっかくですので、最後に花火を打ち上げましょう!」
ロイク:「おお! いいじゃねえか!」
サム:「だが、もう準備の時間は……」
カリスは返事を待たず、空へ手を掲げた。
次の瞬間、天を覆うような巨大な魔法陣が出現。
ドォン、と空気が揺れ、夜空が昼間のように輝いた。
ミラ:「ま、まぶしっ!」
「うわっ、これ近所からクレーム来るレベルじゃない!?」
広場一帯が白く光り、色とりどりの花火が同時に数百発、爆音とともに咲き乱れた。
ロイク:「耳が! 耳があああ!」
サム:「近すぎるだろ!ミラ防音結界張れ!」
ミラ:「えっ!?なんですって!!?」
アレン:「……もうやめろォォォ!」
カリスは両手をぱたぱたさせて光を収めた。
カリス:「あ、あれ? ちょっと盛りすぎました?」
全員:「ちょっとどころじゃねえ!!」
広場に笑いと怒号が入り混じり、夜は一層お祭り騒ぎとなったのだった。




