表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/35

プロローグ


草の匂いが鼻をくすぐった。


耳に届くのは蛍光灯の唸りではなく、風の音。

遠くで鳥が鳴き、川のせせらぎがかすかに響く。


「……夢か?」


さっきまで深夜のオフィスにいたはずだ。


机の上には積み上がった資料、止まらない電話、冷めきったコーヒー。


最後の記憶は、プリンターの紙詰まりと、机に突っ伏した自分の腕。


頬をつねる。痛い。


夢じゃないと気づいた瞬間、背筋に冷たいものが走った。



???:「ようこそ。ずいぶんお疲れでしたね。」


振り返ると、光をまとう女性が立っていた。


その姿は幻想的なのに、どこか人間らしい温もりを感じる。


「あなたは……誰ですか?」


???:「私はカリス。こちらの世界を見守る者です。」


「……こちらの…世界……? えっ、じゃあ、ここは――あの世?」


カリス:「あっいえいえ、違います!

あなたがいた場所とは別の世界。異世界ってことです!前の世界で、あなたは死にかけてたので、連れてきたのです。」


喉が詰まり、言葉が出なかった。


脳裏に、散らかったデスク、同僚の顔、やり残した仕事がよみがえる。


「……死にかけ…、元の世界には戻れないんですか?」


カリス:「実はなんと!戻れます!ただし、このまま戻ってもなにも意味はありません、条件があります。」


喉の詰まりが、ほんの少しだけ緩んだが、条件と言われ今度は胸がザワついた。


カリス:「三郎さん、あなたはとても真面目でした。頼まれれば断らず、人のミスも背負い、成果が出なければ自分を責め、周囲にも厳しくなる。……その繰り返しが、あなたを追い詰めてしまったのです。」


痛いところを突かれ、苦笑が漏れる。


カリス:「ですから、この世界では“甘くする”を学んでください。自分に甘く、他人にもっと甘く。それができたとき、あなたはきっと変われます。」


彼女が手をかざすと、草原の先に丸太造りの小さな店が現れた。


薪の香りが漂い、窓から暖かな灯りがこぼれている。


カリス:「“甘宿り(あまやどり) 和ら木(やわらぎ)”。ここがあなたの拠点です。これから悩みを抱えた人を日々ここにお連れします。あなたは彼らを迎え入れ、話を聞き、心を軽くしてあげてください。」


「……そんな……私にできるでしょうか。」


カリス:「できます。三郎さんには、その誠実さがありますから。」


カリスは腰の革袋から、小さな木製の鍵を取り出した。


それは古びているのに、なぜか温かみがあった。


カリス:「この店の鍵です。これで扉を開け、灯りをともしてください。そして、ここでの行いはすべて私が見届けます。人や自分の心を救えぱ加点、厳しければ減点。そうして加点された『甘甘ポイント』が 1000 点に達したとき、元の世界に戻ることも出来ます。」


木の鍵の重みが手のひらに沈む。


単なる道具ではない、人生をやり直すための合図だった。


深呼吸をひとつし、決意をした。


やるしかない。帰るために。


いや、今度こそ、自分を大切にして生きるために。


カリス:「さあ、三郎さん。ここからが始まりです。」


私は鍵を強く握りしめ、ログハウスへと歩き出した。


窓の灯りが、まるで「おかえり」と言っているように見えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ