#7 高速進行!
「録音......ばっちりですね。最後まで」
翌日、本社に戻った私たちはデータを確認する。最後のセクハラまがいのやり取りまで、生々しく残っていた。
「まさかね~、こんな棚ぼたがあるとは思わなかったけど......これを品田さんとの交渉材料にするって、どうかな♪」
「えっ...本気で言ってるんですか?」
椿山は動揺を隠せない。
「先輩...こう見えて、意外とえぐいですね」
私が呆然と呟くと、幸恵先輩はキラリと目を輝かせた。
「そうよ~!品田さんを手玉に取るにはこれが一番♡」
「でも……これは……」
「心配しなくても大丈夫よ~」
幸恵先輩がスマホをくるくる回す。
「これを直接世間に公開するわけじゃないの。あくまで交渉カードとして使うだけよ♪」
幸恵先輩が説明を続ける。
「品田さんには選択肢を与えるの。この音声を警察や報道機関に渡されるか……それとも我々のプロジェクトに協力するか。DNR東海幹部としての地位とスキャンダル回避は天秤にかけてられないでしょ~」
真理の眉間に深いシワが刻まれる。
「でもこんなやり方……モラル的に問題が……」
「真理ちゃんは優しすぎよ」
幸恵先輩が溜息をつく。
「ビジネスの世界では綺麗事だけじゃ生き残れないの。特に品田みたいな古狸相手にはね~」
椿山が静かに口を開いた。
「あの……僕は……」
「椿山くんは黙ってて」
思わず声を荒げてしまう。椿山がビクリと肩を震わせる。
(しまった……)
「ごめんなさい……」
私は慌てて謝った。
「椿山くんの気持ちを考慮しなくて……」
「いいんです……」
椿山が俯いたまま続ける。
「僕は……もう大丈夫ですから。これで役に立てるなら……」
その純真な姿に胸が痛んだ。
(この子……自分が犠牲になってもいいと思ってるんだ)
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2日後。かのスイートルームで、私たちは緊張した面持ちで品田顧問と対峙した。幸恵先輩だけが笑顔で話し始める。
「品田さん、お忙しいところ申し訳ありません~」
「何の用件だね?」
品田の目は鋭い。
「君たちの会社とは最近あまり取引はないはずだが」
「実は品田さんに折り入ってご相談がありまして~」
幸恵先輩がニコニコしながらタブレットを取り出す。
「こちらをご覧いただけますか?」
画面には先日の録音が再生される。品田の顔色が見る見るうちに蒼白になっていく。
「なっ……これは!?」
「先日の品田さんとの楽しいひとときの記録ですよ~」
幸恵先輩の声が楽しげだ。
「椿山くんが大変貴重な経験をさせていただいたようですし♪」
品田の額から冷や汗が滴り落ちる。
「君たち……何を企んでる?」
「簡単なことです」
真理が前に出た。
「DNR各社の経営統合プロジェクトにご協力いただきたい」
「バカな!そんなもの……」
「この音声ファイルの行く末は……おわかりでしょう?」
幸恵先輩がウインクする。品田の拳が白くなるほど握りしめられる。
沈黙が流れた後、品田が歯を食いしばって唸った。
「……条件は何だ?」
「まず」幸恵先輩が指を一本立てる。
「DNR東海幹部として統合計画への賛同を表明すること」
「そして」真理が続ける。
「東海・西日本・東日本の抵抗勢力への説得工作をお願いしたい」
「さらに」幸恵先輩が再び悪戯っぽく笑う。
「統合後の人事にも口出ししていただく権利を与えましょう。ただし……」
幸恵先輩が真剣な表情で品田を見据える。
「DNR東海が赤字会社を吸収する形での支配は認めません」
品田が苦虫を噛み潰したような顔になる。
「……わかった。協力しよう」
「賢明なご判断です」
真理が頭を下げた。
「ただし」
「ただし?」
品田が警戒する。
「この音声ファイルはしばらく預かっておきます」
幸恵先輩がタブレットを閉じた。
「品田さんが裏切るようなことがあれば……すぐに公開しますので♪」
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帰りのタクシーの中。
「うまくいったわね~!」
幸恵先輩が大喜びで私の肩を叩く。
「でも……やっぱり納得いかないです」
真理が窓の外を睨みつける。
「隠し録りを盾にして……」
「真理ちゃんはまっすぐすぎるよ~」
幸恵先輩が溜息をつく。
「ビジネスは勝たなくちゃ意味がないの。それに」
幸恵先輩が椿山の頭を撫でる。
「椿山くんが頑張ったおかげで、DNR統合の大きな一歩が踏み出せたじゃない♪」
「……ありがとうございます」
椿山が小さな声で答える。
私の胸の中に重いものが残る。
(正義と勝利……どっちを選ぶべきなのか)
タクシーは夜の街を走り抜けた。窓ガラスに映る自分自身と目が合う。
(少なくとも……椿山くんをこれ以上危険な目に遭わせないようにしなければ)