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#6 警戒信号、現示

「一姫ちゃん、忘れ物」

パーティー会場を後にする時、幸恵先輩が椿山の胸ポケットにICレコーダーを差し込む。


「大事なものよ。もしもの時のためにね」

先輩の目は真剣だった。


「ありがとう……ございます」


幸恵先輩が彼の耳元でささやいた。

「負けないでね、一姫ちゃん」


---


椿山は1人で、女性たちに囲まれてご機嫌な品田顧問のもとに歩み寄った。

「品田さん」


椿山の声は震えている。

「先ほどのお話……とても興味深かったです。現代の交通政策について……もっと詳しくお聞きしたいのですが」


「おや?」

品田の脂ぎった目が細くなる。


「君は……?」

「東亜政経の椿山と申します。」


「ああ……奈良井の子分か」

品田が椿山を値踏みするように眺める。


「構わんよ。今夜はゆっくり話そうじゃないか」


品田は椿山の肩を軽く抱いて言った。

「君のような若者が関心を持ってくれるのは嬉しいね。詳しい話は……部屋でどうかな?お茶でも出そう」


「はい……喜んで」

椿山の返事は小さかった。


---


スイートルームのソファに座った椿山は、品田の言葉に耳を傾ける。彼は最初こそ真面目にDNRの地域性や各社の特色について語っていたが、時間が経つにつれて、話題は個人的な自慢話や業界の裏事情へと移り変わる。「私が国交省時代にどれだけ鉄道会社を儲けさせてきたか……」「新幹線こそ我が国の威信だ」「赤字ローカル線など淘汰されて当然」


(やはり……本音は違う)

椿山は必死に相槌を打ちながらも疑念を深める。


「品田さん」

思い切って口を開いた。


「四国や九州などの厳しい経営状況については……どう思われますか?」


品田の表情が一瞬こわばる。

「ん?それこそ地域の実情だろう?彼らが努力すれば解決することだ」

「でも……」


椿山が身を乗り出す。

「DNRが統合されれば、お互いのノウハウ共有や経営効率化で……」


「甘い!」

品田が声を荒げた。


「それが市場経済というものだろう。努力できない会社は退出するだけの話だ」


(やはり……強い反対意見だ)

椿山は心の中でメモを取るように品田の言葉を記憶する。


「車移動が当たり前の地方では、渋滞や交通事故、環境汚染の弊害は無視できない政策課題になっています。車ユーザーがもう一度鉄道に戻ってくれば、これらの問題を同時に解決できる可能性がありますし、DNRの地方路線復活のきっかけにもなります。でも、市場経済に任せている限りは実現でき――」


しかし品田は突然、低く笑った。


「あのなあ椿山君?大人の世界は、そんな単純な話じゃ済まないんだよ。」

「それは私も分かっています。だからこそ...」

「君、ずいぶん若く見えるねえ。まだ20代か?少し、この社会の"厳しさ"を教えてやる」


品田の手がテーブル越しに伸びる。その指が椿山の太ももに触れると、椿山の全身が凍りついた。その指は徐々に太ももから腰へと滑っていく。椿山の顔から血の気が引いていく。品田の吐息が彼の耳元にかかる。


「君の燕尾服……なかなかいいじゃないか」


「やめてください!」

椿山の声がかすれる。


「大丈夫だよ。怖がらなくても」

品田の手がさらに大胆に動く。椿山のワイシャツのボタンに指がかかった。


「いよいよ……」

椿山の目には涙が浮かんでいる。指先が震え、身体が硬直していた。恐怖が限界を迎えたその瞬間――。


その瞬間、品田のスマホがけたたましく鳴った。


「あっ……」

品田の動きが止まる。


「誰だ?」

液晶画面には『東亜政経・奈良井』という文字が光っていた。品田の顔色が変わる。


「もしもし……」

品田が電話に出る。


「はい……はい……分かりました。すぐに参ります」

彼がスマホを切ると、額には冷や汗が浮かんでいた。


「すまないね椿山君。急な仕事が入った。これで失礼するよ」

品田は慌てて立ち上がり、ジャケットをつかんだ。


「えっ……あの……」

「また会おう。その時は……」


品田は意味ありげな視線を残し、部屋を飛び出していった。ドアが閉まる音だけが響く。


(助かった……のか?)

椿山は呆然とソファに崩れ落ちた。震えが止まらない。太ももにはまだ品田の指の感触が残っている。すると、真理先輩から「もう部屋を出て大丈夫」とメッセージが来た。


---


恐る恐るロビー階まで戻ると、2人が待っていた。椿山は駆け寄る。


「先輩!」

「よかった……」


私は安堵の息をつく。幸恵先輩も、ホッとした表情で、椿山君の胸ポケットからレコーダーを回収する。実はこのレコーダー、5G接続の変わりモノで、スマホでリアルタイムに音声を遠隔聴取することが可能だったのだ。


「あのタイミングで電話が鳴って......間一髪でした。でも、電話がなければ、どうやって部屋まで乗り込んでくるつもりだったんですか?」

「あの電話はね~、私が社長にお願いしてたの。合図送ったら頼みますって」


幸恵先輩も、半ばあきれた様子で説明する。


「社長...僕を守ってくれたんですね......」

椿山君の顔が、少し恥ずかしそうににやける。


「椿山君......意外と天然なんだ」

「えっ?」


椿山が首をかしげる。その純粋な瞳に真理は思わず噴き出しそうになった。

「ううん。なんでもない」


幸恵先輩は彼の肩を優しく抱きしめた。


「よく頑張ったね~。偉い偉い♡」

「……ありがとうございます」


椿山の目から涙が溢れた。

「怖かったです……」


私も、椿山君の頭を控えめに撫でる。

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