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#5 到着定時!

セミナー当日。東亜政経の10人が正装で会場へ向かう姿は異様だった。名取さんも受付に立っていたが、「ご丁寧に10人様も来るんじゃないよ…席も限りがあるんだから」と、あからさまな嫌味を私たちに言ってきた。


同一企業によるパーティー券購入額が20万円を超えると、社名が政治資金収支報告書に公開される法律となっている。そこで、1枚2万円のパーティー券を、社名が公開されない上限の10枚分だけ購入するという企業は多い。


そのような企業は、実際のパーティーには代表者1人だけ参加、あるいは誰も寄越さないという場合がほとんどだ。通常、それ自体が問題になることはないが、陳情事が絡むと話は別だ。チケットの大量購入があった場合、捜査機関に「パーティー券料名目の賄賂」と認定される可能性が高いからだ。


そんなトラブルを避けるために、うちの会社では、政治家のパーティーには、チケットの購入枚数分の社員か家族を参加させなければならないという内規を設けている。もっとも、会社の経費で飲み食いできる機会なので、行きたいと名乗り出る社員は必ず存在する。


「えっと……真理ちゃんと一姫ちゃんは、私と一緒に来て」

幸恵先輩がにっこり笑った。


「はい!」

真理が嬉しそうに返事をする。


普段はスーツの先輩も、今日はフォーマルワンピース姿。髪をまとめたうなじが妙に色っぽい。椿山は燕尾服を着こなし、まるで男装の麗人といった感じの美しさだ。そもそもが男性のはずなのだが…


パーティー会場は既に華やかな雰囲気に包まれていた。テーブルには豪華な料理が並び、スピーチ用のステージでは品田元次官が笑顔で語っている。


「……現代の交通政策には新たな視点が必要です。特にDNR各社の連携強化は……」


真理が耳を澄ませる。確かに品田の言葉は前向きだ。しかし彼の表情はどこか空虚で、それが真理には引っかかった。

(本心ではない……?)


「真理ちゃん、一姫ちゃん」

背後から幸恵先輩の声がした。振り返ると、彼女がウインクしながら手招きしている。先輩のドレスは深い緑色で、首元のラインストーンが妖艶に光っていた。


「こちらの方々にご挨拶しないとね〜」

幸恵先輩が連れていったのは、DNR各社の役員が集まるテーブルだ。DNR四国の大畠社長もいる。DNR初の女性社長らしい。彼女は真理を見るなり目を細めた。


「出雲崎さん!久しぶりね!」

「お久しぶりです!」

真理が深々とお辞儀する。


「聞きましたよ」

大畠社長がグラスを掲げる。


「東亜政経の統合案……あなたが中心になってるって」

「はい……まだ準備段階ですが……」

「素晴らしいわ!」


大畠社長が真理の手を取った。

「実はね……うちの会社も同じことを考えてたの」

「本当ですか!?」


「ええ。でも公式に発表する勇気がなくて……」

彼女が苦笑した。


「あなたみたいな若い人が声を上げてくれたことに感謝してる」

真理の胸に熱いものが込み上げる。

(自分の考えは間違っていなかったんだ)


「それに」

大畠社長が声を潜めた。


「北海道と貨物と九州の社長も、水面下では賛成してるのよ。ただ……」

「ただ?」


「東海の品田顧問、西日本の山城社長、東日本の三戸社長は猛烈に反対してる。特に品田さんは……」

「品田元次官ですか?」

真理が目を上げた。


「ええ。新幹線で莫大な利益を上げている会社だから、赤字の他社との統合を渋っているのよ。本州3社の反対で……統合案は難航するでしょうね」


大畠社長がワインを一口飲んだ。

「それでも、諦めないで。私たちは応援するわ」


---


会場の隅で真理たち3人が話し合っていた。幸恵先輩がタブレットを操作する。


「DNRの内部は意外に複雑ね〜。本州3社vs残り4社という構図か〜」


「大畠社長の話は本当だと思います」

真理が拳を握りしめた。


「でも、東海・西日本・東日本を説得しない限り……」

「特に品田さんが障壁ですね」

椿山が顔を曇らせる。


「でも突破口はあるわ」

幸恵先輩がニヤリと笑った。


「幸恵たちにはない『武器』が使えるもの〜」

「武器?」

真理が首をかしげる。


「うん」

幸恵先輩が真理の耳元で囁いた。


「一姫ちゃん……男の人、好きでしょ?」

「えっ!?」

椿山が真っ赤になった。


「ちょっと〜大声出さないでよ〜」

幸恵先輩が慌てて一姫の口を押さえた。


「ほら……あの品田元次官を見てみて。目が一姫ちゃんを追ってるの分かる?」

真理も目を凝らす。確かに品田の視線が一姫に釘付けになっている。


「品田さんは表向き紳士だけどね〜」


幸恵先輩が小声で続けた。

「業界では『鉄道界の夜の帝王』として有名なんだって」


「夜の……帝王?」

真理が目を丸くする。


「そうよ。可愛い子には目がないって噂。しかも、ショタ好きのド変態なんだって」


「先輩……冗談ですよね?」

椿山の声が震える。


「冗談じゃないわ〜。だからこそ……」

幸恵先輩が一姫の肩を抱いた。


「一姫ちゃんには特別な任務があるのよ♪」

「任務って……まさか!?」


「ええ」

幸恵先輩が一姫の手を優しく撫でた。


「一姫ちゃんに……品田さんを籠絡して欲しいの」

「籠絡!?そんな……」


「無理にとは言わないわ」

幸恵先輩が真剣な顔になった。


「でも考えてみて。品田さんを味方につければDNR東海が動く。そうすれば統合案の実現に大きく近づくわ」

椿山の細い指が震えていた。真理は彼の恐怖を察して咄嗟に言った。


「椿山くん……嫌なら断っていいんだよ。やり方はいくらでもあるんだから」

「いえ……」

椿山が顔を上げた。涙目ながらも決意に満ちた表情だ。


「私……やります」

「本当に?」

真理が驚く。


「はい」

椿山がぎゅっと唇を噛んだ。


「もう……逃げたくないんです。奈良井社長みたいに堂々と生きたい……そのためなら……」


真理は胸が締めつけられた。

(椿山くん……)


「でも先輩」

椿山が尋ねた。


「具体的にどうすればいいですか?」

「それは簡単よ〜」

幸恵先輩がウィンクした。


「一姫ちゃんの魅力を存分に見せつければいいだけ♪」

「具体的に……」

「そうね〜」

幸恵先輩が悪戯っぽく笑った。


「例えば……胸元を少し開けてみて」

「胸元!?そんなの無理です!」

「大丈夫よ〜」

幸恵先輩が一姫のシャツの第2ボタンに手をかけた。


「ほら……こうやって……」

「ひゃっ!」

一姫が悲鳴を上げる。周囲の視線が集まる。


「ちょっと先輩!」

真理が慌てて幸恵先輩を引き離した。


「公共の場ですよ?セクハラで訴えられてもいいんですか?」

「もう……真理ちゃんったら堅苦しいんだから〜でも安心して。本番は品田さんの個室でね♪」


「個室!?」

一姫の顔が青ざめる。


「そうそう」

幸恵先輩がウインクした。


「実はね〜品田さんって、ここのスイートルームを自宅に充てがわれてるらしいの。そこにご招待してもらうのよ♪」

「どうやって……?」


「簡単よ〜」

幸恵先輩が指を立てた。


「『品田さんの熱いスピーチに感動しました。ぜひお話を伺いたいのですが……』って言えばいいの。それだけ」


真理は不安を抑えきれなかった。

「本当に……椿山くんだけで大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ〜」


幸恵先輩が一姫の背中をポンと叩いた。

「だって一姫ちゃんはプロでしょ?」


「プロ!?」

椿山が泣きそうになる。


「うふふ♪冗談よ」

幸恵先輩が真理の方を振り返った。


「真理ちゃん。一姫ちゃんがピンチになったら……」

「助けに行きます」


真理が迷わず答えた。

「当然です」


「よろしい♪」

幸恵先輩が満足げに微笑んだ。


「じゃあ決まりね〜。今夜の作戦コードネームは『ショタコン狩り』よ!」

「そのままじゃないですか…」

椿山君の表情が、少しだけ和らいだ。

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