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#4 案内状、よし

「これがセミナーの案内状ね〜♪」

3日後。東亜政経の事務所で、幸恵先輩が豪華な封筒をひらひらさせた。


差出人は鵜殿議員事務所。題名は『未来への挑戦〜新しい交通政策の可能性を探る〜』。いわゆる政治資金パーティーのことだ。参加には1人2万円の会費がかかる。もちろん、仕事で行く分には会社の経費なので、私たちが気にすることはないのだが…


「来週末に開催だって〜。場所は……」


「東京プリンセスホテルですか…あそこ、周りのホテルと比べて、かなり年季入ってますよね…食事はまずまずだと思いますが」

真理がため息をつく。


「講師は、国交省OBの品田さんだって!去年までの事務次官で、退官後はDNR東海の顧問をしてるはずよ」


「えっ!?それって……」

椿山が目を丸くする。


「敵じゃないですか!」

「そうだねぇ……」


幸恵先輩が首をかしげた。

「でもね〜。こういう場合ってさ……」


「相手の本音を知る絶好のチャンスかもしれません」

真理がうなずいた。


「参加してみましょう」

「じゃあ幸恵が行くね〜」


幸恵先輩が軽く手を上げた。

「真理ちゃんと一姫ちゃんは……」


「私も行きます」

真理が即答した。


「品田さんの考えを聞いてみたいです」


「えっと、私は……あと、ちゃん呼びはやめてください…」

椿山が躊躇う。


彼の小さな声に、真理ははっとした。元々、椿山は内向的で、華やかな場が得意なタイプではない。彼の細い指が落ち着きなく動いている。

(無理強いはできない……)


「では幸恵先輩と私の二人で……」

「やっぱり、行きます。3人一緒なら、大丈夫です……多分」


椿山の顔が一瞬明るくなり、またすぐに俯いた。彼の頬が微かに赤くなっている。真理はその様子を見て、意外と甘えん坊なんだなと思った。


「一姫ちゃんも、また一段、大人の階段を登れるね♪」

「ちゃん呼びはやめてください!」

反射的に、私からそう言ってしまった。先輩と椿山君は、不思議そうな顔をする。


「いや…すみません。何でもないです」

妬いてしまったなんて、口が裂けても言えない。先輩がちゃん付けで呼んでいいのは、私だけだ。私も「幸恵ちゃん」と呼んだら、先輩は怒るだろうか?いや……むしろ喜ぶかもしれない。


先輩にも「そっちの気」があるというのは、長年の勘で分かる。でも、先輩が私に振り向いてくれたことは、一度もない。この会社に女性は2人しか居ないのだから、いずれは先輩と結ばれる日が来ると信じてきた。それを、女性の形をしただけのマネキンに取られることがあったとしたら、それはあまりにも悔しい。自分の中のどす黒い感情がうずく。こんなにも醜い自分がいることに気づき、自己嫌悪が襲ってくる。


冷静に考えれば、その心配は要らないことも、本当は知っている。椿山君も、奈良井社長と同じように「そっちの気」なのは確かだ。社長の秘書一筋で続いているのも、多分そういうことだから。それが彼の「乙女心」が故なのか、あるいは純粋に同性が好きだからなのかは、本人以外には知る由もない。


でも、彼は明らかに無理をしていた。過去の案件で、クライアントの議員に言われるがままに捧げてしまったことがあるのは、他の社員も薄々知っている。社長は彼のことはかなり心配したようで、その議員とはすぐに関係を絶っている。それに、社長は彼に手を出したことは一度もないだろうというのが、私には分かる。その辺のコンプラは、しっかりしている会社だ。


私は、立場を利用して自らの欲求を満たすような大人は大嫌いだし、このプロジェクトでは絶対に許さない。もっとも、このオジサマ社会において、私が守るべき唯一の後輩社員が彼なのだ。そう思うことで、私はこの複雑な感情を押し殺した。


「チケットは、社長の交際費で私が手配しておきます」

「一姫ちゃんよろしくね〜♪あ、そうそう。ちゃんと10枚分買っておくのよ」


「10枚?まさか……」

真理が驚いて尋ねる。


「うん。全員で行ったら面白そうじゃない?社長にも声かけるし、会社のみんなも誘ってみるわ〜」

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