第六話:【洗い流されるもの】
野営地からの帰路の途中、
荷車は、ぎしぎしと軋みを上げながら進んでいた。
町から離れて一昼夜。すでに人の往来も絶えた山道だ。
新しい主人レティシア・ヴェルメイユは荷車に揺られながら、長くため息をついた。
そして、何の前触れもなく俺を指差した。
「……臭い」
「そこの川で体、洗ってきなさい。髪もよ」
「服は脱いで、その辺に捨てておきなさい。付き人に替えの服を持たせてあるから」
俺は「……はい」とも言わず、ただうなずいて、川の方へ歩き出す。
それだけ言うとレティは、もう興味を失ったように馬車に戻っていった。
冷たい川の水が足に触れたとき、
思ったよりも早く、呼吸が乱れた。
それが水の冷たさのせいなのか、
それともさっきの一言のせいなのか、俺には分からなかった。
服を脱いで、川に浸かる。
身体をこすっても、何も落ちていく感じはしなかった。
皮膚を洗っても、何かがこびりついている気がした。
“臭い”って、なんだろうな。
ただの汗や泥のことだったのか。
それとも、もっと別の何か――俺の存在そのものを、指していたのか。
湧き水が流れる音だけが、やけにやかましかった。
まるで、「落ちるもんは全部落ちろ」とでも言われてるみたいだった。
道端の川は冷たく、肌を刺す。
湧き水を含んだ清流は、砂も石も容赦なく流していく。
……どうせ、汗も、泥も、俺が誰かも、みんな流れていけばいい。
「洗い終わったら、戻りなさい。時間は無駄にしないように」
それが、“彼女の命令”だった。
どんな戦いよりも、
どんな怪物よりも、
この女の言葉の方が、ずっと冷たかった。