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第五話:【名を持つもの】
結局、生き残ったのは俺だけだった。
他の奴隷たちは逃げ、刺され、踏み潰され、喰われていった。
一緒に走った奴の名前さえ、俺は知らない。
でも、俺は立っていた。
盾は歪んでいた。
左腕も折れているかもしれない。
けれど、意識だけは地面に落ちなかった。
「……ふーん」
声がした。
赤いドレスの上に旅用のコートを羽織った小柄な女。
目だけが異常に鋭かった。
「この子、気に入ったわ」
まるで花瓶でも選ぶように、俺を指さして言った。
「買い取るわ。名前がないのは面倒ね。そうね……『クロード』。それでいいわ」
「……はい?」と、誰かが呟いた。
周囲の貴族がざわついたが、すぐに空気が冷え込んだ。
「またですか、お嬢様」
「……ええ、またよ。文句ある?」
「いえ、ございません」
貴族たちは一歩引き、主人は肩をすくめただけだった。
俺は立っていた。
それだけなのに、名前がついた。
「クロード」
何度か呼ばれた気がした。
名前を呼ばれるという感覚は、
まるで遠くの霧の中から誰かが手を伸ばしてくるようで。
でも俺は、何も言えなかった。
ただ、立っていた。
それが、いつもの仕事だったからだ。