第四話:【余興】
「囮役は…そうだな、五人もいれば充分か。こいつらでいい」
指を鳴らす。
名前は呼ばれない。
名前で呼ぶ価値がないからだ。
「お前ら、岩陰の方を走れ。吠え声を上げて。そうすれば、あのモンスターはこっちに来る」
貴族たちは、狩りの準備をしていた。
とは言っても、装飾の多い弓と、飾りのついた防具を身に着け、笑っているだけ。
「失敗したら?」
「……別に、どうでもいいだろ」
それが“余興”だ。
命の重さは、彼らの退屈よりも軽い。
猫背のまま、俺も岩場へ向かう。
他の奴隷が震えてる。
ひとりが小さく、呟いた。
「……俺は行かない」
そう言って背を向けた男は、
次の瞬間、背中に矢を受けて倒れた。
貴族のひとりが、微笑みながら弓を引き直していた。
「……うーん、あまり面白くないな。外したと思ったが」
血が、岩に広がっていく。
誰も声を上げなかった。
「さて、残りは四人か。逃げないように」
俺は、無言で走り出す。
足場が悪い。
でも、叫ぶ。吠える。
どうせどこかで吠えることになるなら、ここで済ませる。
——そして奴らの“獲物”が、動いた。
地響きと共に岩が崩れる。
黒い巨体が唸る。
俺の方へ、一直線だった。
「ああ…やっぱり俺か」
膝が笑った。
呼吸も、笑った。
でも、盾は落とさなかった。
たとえ“余興”でも。
俺は、立ってみせる....。