片想いの彼と、初めてのごはん⑥
お酒がすすんでも
彼の様子は
いつもと変わらなかった。
隣に座っている
彼の背を
時折り見てみても
ピシッとまっすぐなまま。
彼はこういうときも
猫背になったりしないんだな。
いやもしかして
緊張しているのか?
などと考えて
またひとりニヤニヤする。
彼と会う3日前から
マウスピース矯正を始めた私は
食べ物が歯に挟まっていないか
気が気でなくて。
そうなったときの
言い訳のために
歯の矯正を始めたことを
モゴモゴと彼に伝えた。
それに対して
歯並び悪くないじゃないですか。
と淡々と言う彼の横顔に
私はドキッとして
頭に血が上る。
一瞬にして胸が高鳴り
嬉しくて。
恥ずかしくて。
私は慌てて
話題を変えた。
私たちは終始
自分がいただくもの以外に
お箸が当たらないように
とても丁寧に食事をした。
焼き鳥は
専用の器具で串から外した。
私から食べるときは
先っぽのひとつをとってから
残りを串ごと彼に渡した。
彼から食べるときは
すべてを串から外してから
私がほしい分だけを残して
お皿ごと渡してくれた。
今振り返ると
2人の間には
すごく気が置かれていた。
だけども私は
それが嫌ではなかったし
むしろ心地よかった。
彼の気の置き方は
いつもとても柔らかい。
そうだ。
彼の隣は
いつだって
優しくてあたたかい。
トレーニングのとき
私はその空気が
大好きだったことを
今書いていて
思い出している。
なんの話題だったかは
忘れてしまったけれど。
彼の話に対して
とても意外だ!
という趣旨のことを
私が伝えたら
「もう長いじゃないですか!」
と彼は笑いながら言った。
もう、と、長い、の間には
“僕たち”なのか
“2人の関係”なのか
大切な“なにか”が
当然に入るようなニュアンスで
彼が“長い”と言ったことで
またも私の心臓が
飛び出そうになる。
え!え!待って!
今なんて言ったの!?
私たちのことを長いって言ったの?
この関係を長いって言ったの?!
頭から煙が出る寸前だし
顔からは火を吹く一歩手前だ。
彼のなんの気無しの
ひと言ひと言に
私はクラクラしていた。
同時に
ひとかけらの
いやらしさも
下心も
なーんにもない
カラッとした
彼のその言葉と笑顔は
私にはとても
眩しかった。
少し長いとはいえ
彼にとって私は
やっぱりいちお客さま
なのかもしれない。
彼のカラッとした
爽やかさは
そんな思いも
当然運んできたけれど
その爽やかさには
純粋さと
まっすぐさが
いつも含まれていて
そんな彼だから
私は好きになったんだ、と。
私はまたひとつ
“すき”を積み重ねていた。
⑦へつづく。