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片想いの彼と、初めてのごはん【番外編】

彼をごはんに誘う直前まで

実はごはんに誘うような

そんないい感じ?の状態では

全くなかった。


私は勝手に

ひどく傷ついて

“彼のことは忘れよう”

そう決めて


彼から

物理的にも

精神的にも

離れていた。


大袈裟にきこえるが

もう永遠に

“彼とのすべてを断ち切る”

そんな気持ちでいた。

 

 

 

ことの発端は

9月のこと。


いつものように

彼のパーソナルを受けていたら

マッチングアプリを始めたと

突然彼が話しはじめた。

 

 

 

私はこのとき初めて!

彼に彼女がいない

という事実を知った。

 

彼と知り合って1年。

彼女がいるかどうかすら

私は訊くことができずに

ただそっと

彼を想い続けてきた。


おそらくいるだろう

そう思いながらも

ただひたすらに

彼への想いを

募らせてきた。

 

 

 

そんな私だったから

このひと言で


彼に彼女がいなかったこと

彼が彼女を欲していること

彼に彼女ができるかもしれないこと


これらの事実を一度に知り

とてもショックだった。

 

 

 

今思えば

私はこのときから

本当に少しずつ。


心の中にずっとあった

得体の知れない

“不安の種”に

みずから進んで水を与え

その芽を大きくすることで

私自身の心を

すり減らしていたように思う。

 

 

 

10月になると

ひとりの女性と

連絡先を交換したと

彼から聞く。


私の中で

何かが割れる。

 

 


それから

数日後のこと。

 

彼のインスタのストーリーに

私よりずっと若そうで

瞳が大きく肌の白い

美しい女性が

ふわっと咲く

花のように現れた。

 

 

 

彼がストーリーで

たったひとりの女性を

アップしているのを

これまで一度も見たことがなく


私の中の

すべての時間が止まった。

 

身体中を

絶えず流れていた血液も

そこに含まれている空気も

何もかもすべて。

everything !!!

 

 

私という人間の

すべてのときが止まり


この1年間

私が大切に大切に

雨の日も風の日も

そして晴れの日も

ずっとずっと

こつこつと。


たったひとりで

ひとつずつ

積み上げてきた

柔らかな愛のすべてが

ザラザラと。


いや!

驚くほど一瞬に

散ってしまった。


消えてなくなった

そんな感じだった。

 

 

 

それでも

その衝撃による痛みだけは

消えてはくれなくて。


私の中に

深く深く残った。


私の心は

どんどんと

暗く深く

沈んでいった。

 

 

 

今思い出しても

本当に苦しい。


あんなにも心臓を

ぎゅぅぅぅと縛るように

締めつけられたのは

ひどく久しぶりで


その感覚は

息ができないような

そんな苦しさすら

もっていたように思う。

 

 

 

それから

数日が経って


ピンクのラインで

縁どられた

彼のアイコンが

目に留まった。


彼はそう頻繁に

ストーリーを更新しないから

それを見つけた瞬間に

動悸が始まる。

 

 

 

ストーリーを

閲覧さえしなければ

傷つかない!

とわかっているのに


彼のアイコンを

タップせずには

いられない自分がいて


“どうか違いますように”

と一か八か

かけるような

祈るような気持ちで

彼のアイコンを

タップした。

 

 

 

あぁ…

どうして無視できなかったんだろう。


数日前にも見た

あの美しい女性が

今度はよりアップで

不意に撮られたように

とても自然な表情で

そこに写っていた。

 

 

 

下向き加減の

その女性は

凛として見えて


彼女の白い肌から覗く

深い谷間の線が

私の胸を締めつけた。

 

 

 

彼女の

大きな瞳も

真っ白な肌も

豊かな胸も


そのどれも

持ち合わせていない私は

言葉にできない

敗北と絶望の中にいた。

 

 


そんな完璧に思える

美しいひとに

彼が添えた

“鼻が高いなぁ”

というたった数文字は


すでに跡形もなかった

私のハートに

鋭く深く

突き刺さり


わたしのすべてを

えぐっていった。

 

 

 

“彼はこの女性を想っている”

 

私の中で

まっすぐ立つように

湧きでる想いは

私自身を

これ以上ないほど

苦しめた。

 

 

 

彼は独身でフリー。

ステキな女性と出会い

恋に落ちた。


そこには

何もおかしなことはないのだ。

なにひとつとして。

 

彼にとっても

彼を愛する者にとっても

おめでたいことでしかない

はずなのに。

 

 

 

彼が彼女に

恋をしていることが


彼が彼女を

大切に想っていることが

 

私には耐えられなかった。

 

 

 

私は恋の香りを

知っている。


恋する者の

その言葉も

そのエネルギーも

痛いほど知っている。


私は

私自身が

これまで積み重ねてきた

想いのすべてに

打ちのめされていた。

 

 

 

それから数日後。


彼と彼女が

肩を寄せ合い

微笑む写真が

アップされていた。


彼の右腕は

彼女の腰近くに

そっと添えられているように

私には見えた。

 

 

 

私はもう

息ができなかった。


息を吸って吐く

そのやり方が

わからなかった。

 

 

 

このときの私は

このあとの時間も

とても穏やかに

とても落ち着いて

過ごしている。


おそらく私は

心を殺したんだ。


あの瞬間に。

自らの手で。


もしも気を抜いて

一瞬でもなにかを

感じてしまったならば

私はきっとあの場に

立っていられなかった。

 

 

 

たかだか恋で?

ただの片想いで?

彼女ができただけで?

奪えばいいのでは?


あなたは大袈裟に

思うかもしれないし


あなたは笑って

跳ね除けるかもしれない。

 

 

 

私にはそれが

できなかった。


あのときの私には

すでに心があんなにも

すり減っていた私には

そんなエネルギーも

そんな想いも

何ひとつとして

残っていなかった。

 

 

 

私はただ

本当にまっすぐ

子どものように


彼のことが

大好きだった。

 

  

 

私はもう

ほんのひとつたりとも

彼のストーリーも

彼の投稿も

彼のアイコンも

何も見たくなかった。


私の中から

彼のすべてを

消してしまいたかった。


彼が私のストーリーを見て

その形跡が残るのも

苦しくて。

苦しくて。

 

 

 

何日もぐるぐると

考えていたとき


スレッズを眺めていると

“フォローのすすめ”に

彼が上がってきた。


もうこれで何度目?

この通知を消したい!


そう思った私は

フォローしていない彼を

敢えてブロックした。


その拍子に

連携されていたインスタも

ブロックされてしまったようで


すぐに気づいて

ブロックを解除するも

互いのフォローが

外れたままになった。

 

 

 

途端に焦る気持ちが

湧き出てくる。


間違えました!

とDMを送り

フォローし直そうか?

と考えもしたが


この状況は

私自身が望み

引き起こしたことだと思い

そのままにしておくことにした。

 

 

 

私はそれからすぐに

ジムを辞めることを決めて

彼に伝えた。

 

それが

11月5日のこと。

 

 

 

彼はひどく驚いていた。

当たり前だ。


まだ支払い済の回数が

何回か残っているのに

突然やめると言うのだ。


払い戻しもできないのに

なぜ急に?

そう思ったに違いない。


それに

こんな言い方はしたくないが

実際のところ

彼にとって

かなりの太いお客さまで

あっただろうから。

 

 

 

ジムの扉を開けて帰る

その最後の時に


彼の顔が

怯える子犬のように見えたのが

私にはとても不思議で

脳裏に焼きついている。

 

 

 

なぜあなたが

そんなにも悲しそうな顔をするの?


悲しいのは私の方だ。

泣きたいのも私の方だ。


こんなにも強く

この扉を開けて

大好きなこの場所から

出ていかなければならない。

 

泣きたいのは

叫びたいのは

私の方だ!

 

 

 

ジムは4階にあって

急な階段を下るのだが

その中腹まで

彼はいつも

見守ってくれていた。

 

 

 

この日の彼は

階段を下る私に

こう言ってくれた。


「月に1回でもいいし

2ヶ月に1回でもいいです。

モチベーションを上げたい

とかでもいいし

本当になんでもいいんで

またいつでも来てください。」

 

 

 

泣きそうな顔に見えた。


“また”と口にする彼に

私は“お元気で”と答えて

階段を下った。

 

 

 

それから

ひと月半が流れて

私は彼に

こう連絡するのである。

 

突然ですが

お話がしたくて。

ごはんに行きませんか?


と。

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