片想いの彼と、初めてのごはん⑤
2杯目のお酒を頼むとき
私は白ワインのページを
眺めていた。
彼も覗き込んできて
マスカットの白ワインが
気になると言った。
彼が最近気に入っている
マスカットのシャンパンと
似ている気がしたようだった。
ワインもシャンパンも
全然詳しくないけれど。
私もシャンパン好き。
私もマスカット好き。
そう勝手に心で唱えて
にこっとする。
一緒にこれにする?
そうしましょう!
あぁーーー!!!
なんて幸せなやりとりだ。
当たり前の会話が
ひとつひとつ
歯がゆいくらいに
愛おしくて
何度もニヤニヤが
こぼれそうになった。
彼にバレてしまう!
そう思って
必死にこらえる。
いざお店の方に注文したら
入荷待ちだと言われる。
残念…と思ったら
代わりのものであれば
用意できると言ってくれたので
それをお願いする。
好き嫌いの多い彼が
それでいいと言ってくれたのが
私にはとても意外だった。
そしてなぜか
それがとても嬉しかった。
“同じワインを頼む”
このささやかな出来事が
またひとつ
“嬉しい”と“安心”を
そっと積み上げる。
お店の方が目の前で
2つのグラスに
注いでくれるとき
彼がすごい香りがする!
と言ったけど
私は全くわからなくて。
彼の嗅覚は敏感である
と頭の中でメモをした。
私がかねてから
勝手にとっている
脳内のメモには
彼の情報が
いっぱい詰まっている。
私がそのメモから
彼についてのデータを
取り出しては
口にするたびに
よく覚えてますね!
と感嘆しながら言う彼と。
私記憶力めっちゃいいんだよ!
と誇らしげに言う私。
本当のところ
あなたのことだけ!
特別いっぱい!
覚えているのだけど。
2杯目のワイングラスが
空くころには
私は少し酔っていて。
話の流れで
彼の腕にほんの少しだけ
手を触れてみて
すぐに引っ込める。
普段なら
バシバシ叩くところでも
手をサッとしまえる私は
彼にはまだ
そう今はまだ。
近づきすぎてはいけないと
そう感じていた。
同時に彼の顔を
そっと見ても
あからさまに嫌な顔は
していなくて
ホッとしている私がいた。
彼に触れたい。
彼の手に触れてみたい。
そう思って
慌てて打ち消した。
私たちの会話は
私が一方的に
そのときどう思ったの?
それってどんな感じなの?
と質問することが多かった
そんな気がするけれど。
ときどき彼が
訊いてくれることもあって。
それがまた私を
とびきり喜ばせた。
11月末にあった
とあるコンテストについて
どうでしたか?
と彼が尋ねてくれたとき
私は彼に
主催の方のリール動画を
そのまま見てもらった。
動画の後半に
私が涙しているワンシーンが
ほんの2秒ほど映っていて。
恥ずかしいけれどね
私はそのシーンの自分が
とても綺麗に思えて
すごく気に入っていた。
その動画がアップされて
そのシーンを観たときに
1番に思ったことは
“彼に見てほしい”だった。
私は何日かの時を経て
その願いが叶ったことが
とてもとても嬉しかった。
彼のリアクションは
私の予想とは違ったけれど
思ったより泣いてましたね!
そう言って微笑んでくれた。
私にはそれで
充分だった。
⑥へつづく。