片想いの彼と、初めてのごはん③
駅から10分ほど歩いて
私たちはお店に着いた。
扉を開けて中を見渡すと
カウンターの席が並んでいた。
カウンターは
L字のようになっていて
長い方の席には
6名(3組)が座れるように
お皿とお箸がセットされていた。
短い方の席には
2名(1組)だけが
座れるようになっている。
また鼓動が早くなる。
その短い方の席だけ
他と隔離された
2人だけの空間のように思えた。
“この席がいいな”
心のなかで
私が小さくそう言った。
女性の店員さんが
こちらをご用意していますと
その席の方へ
私たちを促した。
さっき小さく言った私は
大きくバンザイをして
ジャンプしている。
事前に調べた時に
2階のフロアには
向かい合うタイプの
テーブル席もあった。
向かい合うよりも
彼と横に並びたいと
そう思っていた私は
2人だけで座れることに
胸がいっぱいになっている。
彼はどう思っただろうか?
もしかして気まずいだろうか?
ふとそう思ったけれど。
私は彼の隣に座れることが
ただ嬉しくて。
ただ幸せだった。
ここにきてまた
私の硬くなった心が
ゆっくり開きはじめるのが
自分でもわかった。
彼は席の入り口に近かったから
先に席に入ろうとしたけれど
私は左利きなのもあって
奥に座らせてほしいとお願いした。
私が先に入ってから
彼が入ってきて腰を下ろした。
私の隣は壁だったから
壁と彼に挟まれて座る。
私の中の
少女のようなわたしが
キャーキャー言っている。
これ以上ない特等席。
彼が守ってくれるこの空間。
ずっとここにいたい。
ずっとここに来たかった。
私はずっと。
ずっと前から。
ここに来たかったの。
入り口すぐの席は
足が少しスースーするのに
私はあたたかくて
満ちていた。
たかだか席に
着いただけなのに
さっきまで少し
拗ねていたのに
本当に単純なやつだ。
ものの1分ほどの出来事で
1話が終わってしまうのではないか?
と思うと
自分でも笑えてくるけれど。
どうかお付き合いしてくれると
とても嬉しい。
何飲みますか?
と彼とメニューを広げる。
普段は何飲むの?
生のお肉好きじゃなかった?
などと話すのが
楽しくて仕方がない。
女の子のお友だちと
普段からしている
当たり前の会話も
このときだけは
すべてが特別に思えた。
“互いに顔を傾けて
ひとつのメニューを覗き込む”
という行為を
一緒にする時間は
2人の距離が
いっそう縮まる気がした。
こうやって鮮明に
ひとつひとつ小さなことも
覚えている私は
やっぱり変わっていると思いつつ
こんなにも彼を想っているんだと
自覚してしまう。
乾杯のドリンクを
彼はアールグレイハイボールにした。
私は勝手なイメージで
男性はあまり紅茶を飲まないと
思っていたけれど
彼はアールグレイが好きだと言った。
私も紅茶の中で
なんだかんだ1番好きなのが
アールグレイだ。
私もアールグレイすごい好き!
そう私が言ったのに対して
彼は特段リアクションしなかったが
そんな些細な“同じ”を見つけて
少女のわたしは
飛び上がるくらい喜んでいる。
彼との数少ない
一緒。同じ。
それがひとつ見つかる。
それがひとつ増える。
それは私には
どんな宝物を見つけるよりも
嬉しかった。
私の心に
また安心が広がる。
そんな気がした。
④につづく。