片想いの彼と、初めてのごはん②
彼とお店に向かう道中は
ほとんど他愛のない話だったけれど
ひとつだけ。
お店に着く直前にした会話を
とても覚えている。
彼はここ数日
飲み会が続いていたらしく
昨日も一昨日もそうだったと
話してくれた。
そしてそれは
とても珍しいことだと。
去年は2、3件だったそうだけど
ジムのお客さまから
たくさん忘年会のお誘いがあるようで
ありがたいと話していた。
仕事も途切れず出ていたようで
普段休むことの多い日曜日のこの日も
仕事だったらしい。
私はそれらを聴いて
申し訳なさを感じつつ
どこか嬉しい気持ちを感じていた。
お仕事も飲み会も
連日続くなかで
それでも私との時間を
彼が用意してくれたという
その事実が嬉しかった。
だから私は
年末の忙しいときに誘ってごめんね。
時間をつくってくれてありがとう。
とそう伝えた。
彼は平気な顔をして
全然大丈夫ですと答えた。
それどころか
僕が忙しいかどうかって
相手からすると
絶対わからないじゃないですか?
だから全然気にしなくていいと
そう言った。
思い返してみると
彼はこの会話の中で
“忙しい”とか“大変”とかは
一切言わなかった。
ただ安心感だけをまとって
優しくまっすぐ歩いていたような
そんな気がする。
隣をついてゆく
私の中には
言葉にできない
温かいものが
ただ広がっていた。
ふと私は彼に
どこかでお休みはある?
と尋ねた。
彼は少し上を向いて
次の休みは…と思い出している。
夕方に少し入ってるけど
次は火曜日に休みとってますと
彼は教えてくれた。
火曜日…火曜日…
今日が22日で日曜日だから
23、24・・・
頭の中でそこまで考えて
急に胸がギューっとなった。
私は笑顔で
そっかぁ、よかった!
と言いながら
心を必死に隠す。
そのときの私は
ほんの一瞬
自分の心が
ギュッと固まるのを感じた。
前にも感じたことのある
とても苦しい感覚。
私が11月の頭に
突然ジムを辞めた理由でもあり
すごく気になっていたこと。
クリスマスイブ。
聖なる恋人たちの夜。
彼はあの
美しい女性と
過ごすのだろうか?
だから日曜日は休まずに
仕事にしたのだろうか?
火曜日を
24日を空けるために?
日曜日に会えることになって
あれこれと自分に都合よく
妄想していた自分のことが
途端に惨めに思えた。
ほんの数分の間に
もしくは数秒の間に
一気に押し寄せた
嬉しいと温かいが
苦しいと冷たいが
私の中であふれた。
隣を歩く彼を見ると
続けて何か話していたけど
私の耳をすり抜けていった。
私は適当に相槌を打ちながら
彼の横顔を見つめた。
もうすぐクリスマス。
冷たい空気の中で
彼の横顔は
いっそうカッコよくて。
私は大切なものをひとつ
胸の奥にしまった。
私は硬くなった心を
自分でそっと包んでから
また笑顔で胸を張った。
彼の“隣にいる今”が
それが彼にとっては
たとえ些細な今であっても
私には“かけがえのない今”だと
わかっていたから。
③へつづく。