#8 一瞬の平穏
*
太陽の温かい光を感じて目が覚める。
私はベッドで寝返りを打ちながら棚に置いてある時計を見ると、今が朝の7時だと言うことが理解できた。しかし全然眠った気がしない。7時間も経っていると言うのに、眠りに落ちたのが数分前に思えるほど一瞬で目が覚めた気がする。
すっごい疲れた時はそうなる。まぁ、昨日は色んな事が起きたもんね。
しかしこのまま二度寝をする訳にもいかず、私は損した気分になりながらも体を起こそうとすると、体にずしっとした重みを感じる。
「うぅ…」
これは筋肉痛の重みだ、痛いけど心地良いような感じ。
筋肉痛になる原因を探ると直ぐに分かった。クロエを助ける為に無理に力を込めた所為だ。
「ふふっ」
そう思うと戦士の勲章みたいで気分が上がる。
私は痛みを庇いながら体を起こし、以前の部屋には無かった洗面台へと向かう。そして鏡を見ると、ボサボサ頭の自分が写っていた。
「うわっ……」
昨日は入浴せずに眠ってしまったから顔がひどい状態だ。疲れが取れていないのか顔がいつもより白く見えるし、隈もある。そこで私はふとある事が気になり、ネグリジェを摘んで体の匂いを嗅いでみると、
「うげぇ…」
埃と血生臭い匂いが漂ってきた。この匂いは覚えがある。この建物に向かう途中に落ちていた大蛇の斬られた首から漂っていた匂いだ。
私は道路に転がる狸の死骸のような匂いが耐えられず、直ぐにネグリジェから手を離す。
「はぁ…お風呂に入りたい。もしくはシャワー」
髪の毛と体から漂う匂いに、私は思わず独り言を呟いてしまうのだった。
*
私は身支度を始めながら昨日の事を思い出す。
大蛇を倒した後、王宮は見るも無惨な姿になっていた。部屋が崩れていたり柱にヒビが入っていたりと、とても住めるような場所では無くなっていた。住めるどころか、国の運営もままならないだろう。しかしこういった時の為に、レモラ政執会は臨時拠点を街中に用意していた。
レモラ王宮から北に歩いて20分ほど歩いた場所にあり、名前は”デイス宮殿”という。デイス宮殿はレモラ王宮に似ており、大きな中庭を囲うように建造されているが、街中ということもあり建物の周囲には背の高い外壁に囲われている。
そんな場所に誘導されたのだが……私は道中での光景を思い起こし、やるせない気持ちになる。
泣き叫ぶ子供に、倒壊した建物の下から見える人の腕。
「………」
大蛇の被害がどれ程のものかを思い知らされるのと同時に、自分の不甲斐なさが湧き上がってくる。私は救世主なのに…沢山の人を死なせてしまった。
「一刻も早く魔術ができるようにならないと」
改めて意思を固めていると、扉を叩く音が聞こえる。
「どちら様?」
『アカリデス様!クロエです』
扉を開けるとメイド服のクロエが立っており、何故か驚いた様子でこちらを見ていた。
「おはようクロエ……どうしたの?」
「その…髪の毛が爆発した全裸の女性が目の前に現れましたので…つい」
「………」
クロエは気まずそうに目を逸らす。
「クロエ…」
「は、はい」
「入浴施設ってある?」
私の言葉に少し驚いた様子になるクロエだが、直ぐに笑みを浮かべる。
「ふふっ、ございますよ?」
「案内してもらえたりする?」
「はい!仰せの通りに…」
クロエはメイドさんらしい、品のあるお辞儀するのだった。
*
髪や背中だけではなく体の隅々まで洗ってもらった後、私は部屋に戻ってクロエの用意してくれた朝食を食べていた。
「現在レモラは大蛇の被害によって被災中です。政執会は今後、内政の立て直しと街の復興を進めていくそうですが……アカリデス様には引き続き、魔術の鍛錬とイグニアについての見識を深めていただくことになります」
クロエは前回よりも慣れた口調で報告をしている。
「うん、分かったよ」
昨日は大蛇の襲来で魔術の特訓ができなかったからね。今日から本格的にアメリアさんの元で学べると思うとワクワクするけど……。
「アメリアさんって怪我して動けないよね?付きっきりで教えてくれる事になってたけど、代わりの方が教えてくれるの?」
「それに付きましては、アメリア様と直接お話ください」
「うん…分かったよ」
アメリアさんは無事だろうか?大蛇を倒して直ぐに意識を失ったから心配だ。
「…アメリア様は先程目を覚まされたそうですのが、早速お伺いしますか?」
「本当に!?目が覚めたの!?」
「はい、先ほど執事長が仰っていました」
「そっか……良かったぁ」
一目惚れの女性が大事なかったようで、私は安心した気持ちになる。
「うん!アメリアさんに会いにいくよ!」
「では直ぐにお伝えしますので、病棟にご案内しますね」
「うん、ありがとうクロエ!」
「それと……ガイウス・トレーサ王からお話があるとか」
「え…?」
「後程王室にお伺いしますので、その時になったらまたお伝えしますね」
「う、うん」
私の返事を聞いたクロエは、ハキハキとした様子で部屋から出ていった。
「そ、そうだった」
大蛇を倒した後、王様から話があるって言われてたんだ。でも昨日はお互いに疲れてるだろうからってその場は解散となり、今日になったのだ。
「はぁ……」
愛しのアメリアさんに会うというのに、王様とも会わないといけないなんて……。
私は高貴な方に合うと言うことで、既に緊張してしまうのだった。
*
デイス宮殿の隣にある病棟に案内してもらった私は、アメリアさんがいるという病室の前に来ていた。
「ここでお待ちしておりますね」
クロエはそう言った後、病室の前にある横長の椅子に座る。
「うん、ありがとう」
クロエに感謝を伝えた後、私は自分の名前を言いながら扉をノックをすると、
『どうぞっすー!』
中からハツラツとした声が聞こえ、直ぐに扉が開いた。
「アカリデスさんっ!」
すると嬉しそうな表情を浮かべるサリアが飛びついてきた。
「お、おはようサリア」
ち、近い…。サリアは私の両肘を触りながら体を寄せている。
「おはようございますアカリデスさん!」
距離の近さに思わずドキドキしてしまうが、サリアは気にならないのかニコニコして挨拶をするだけだった。
「あ、あの、アメリアさんは?」
「こっちっす!」
サリアは私の腕を引っ張りながら部屋へと案内してくれた。
*
部屋に入るとベッドで上半身を起こすアメリアさんが見え、何やら資料を確認していた。しかし私達がいることに気が付くと見ていた資料を棚に置き、爽やかな笑顔で私を見る。
「おはようございますアカリデス様。今日もお綺麗ですね?」
「え!?あっ…お、おはようございます…」
あ、朝からそんな事を言われるとは思ってなかった……。準備ができていない時に言われると心臓に悪い。全くアメリアさんったら…。
「そ、その…具合はいかがですか?」
「肩と肋骨にヒビが少々、それと内臓に骨が突き刺さっていました」
「えぇ!?だ、大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
アメリアさんは平気そうに返事をするが、前の世界の常識だと明らかに大怪我だ。私はそのことを尋ねると、アメリアさんは優しく答えてくれた。
「この世界は魔術があるお陰で怪我の治療が早いのです」
そ、そうなんだ……魔術って便利なんだなぁ。
「それで…何か御用があるとか?」
「あ、その…アメリアさんが療養中の間、私の魔術特訓はどうなるのかなって」
「左様でしたか」
ここに来た本題を話すと、アメリアさんは私の横にいるサリアに目を向ける。
「アカリデス様がここに来る前、その話をサリアとしていました」
「そうなんですか…?」
隣に目を向けると、サリアは何故か私と腕を組んでおり、嬉しそうな笑みを浮かべていた。そんな中「えっへん!」といった声が発せられる。
「サリア…?」
「アメリアさんの代わりに私が教えることになったっす!」
「え、そうなの?」
続けてアメリアさんが事情を説明してくれる。
「アカリデス様とサリアは出会ったばかりだと言うのに”大変”仲が宜しい様なので、折角なら彼女に任せようかと」
少し語気が強くなって気がするけど気のせいだよね?そう思っていると、サリアが体を擦り寄せてきた。
「えへへ〜、アカリデスさんは私が”手取り足取り”教えるっす」
「あ、ありがとう…」
腕に伝わるサリアの小ぶりな胸の感触にドキドキしつつも、ふと疑問が湧いてくる。
私はいつの間にサリアと仲良くなったんだ?昨日の今日で距離が近くなりすぎている気がする。女の子との触れ合いは嬉しいけど、少し困惑してしまう。
そんな私を見て、アメリアさんは気遣うような表情になる。
「こう見えてもサリアはイグニアの兵士。精鋭中の精鋭ですので、魔術の発動に関しては心配ございません」
その心配じゃ無かったけど……そう言うことなら安心だ。しっかりとサリアに師事しよう。
その後、サリアと今日の予定を話し合った。その結果、最初の授業は本日の午後からになり、場所はアメリアさんの臨時執務室となった。私としては直ぐにでも学びたい所なのだが、サリア曰く「今日は色々てんやわんやっす」との事だった。
*
病室を後にした私は、クロエに案内されて王室へと向かっていた。アメリアさん達と話していた時間は思ったよりも長かったようで、王様との謁見は意外にも早く訪れた。
王室の前には屈強な騎士が二人立っており、扉も心なしか頑丈そうに見える。
「アカリデス様をお連れ致しました」
「承っております」
騎士が厳かな雰囲気で答えた後、クロエが耳打ちしてきた。
「私は入室を許可されておりませんので、引き続きこちらでお待ちしております」
「う、うん」
ひ、1人なのか……。緊張しながら扉の前に行くと、騎士さんが扉を開けてくれる。
「ふぅー……」
遂に謁見の時間だ。私は深呼吸をして緊張をほぐそうとするが、効果は全く無かった。
*
部屋の中は思ったよりも普通だった。私の部屋とほぼ同じ広さをしており、本棚と机に分厚いカーテン、そして至る所に書類の山があり、正に執務室といった内装をしている。
「失礼致しますっ!」
思ったよりも大きな声が出たことにビックリする私だったが特に何も言われる事なく、王様は書類を持ったままこちらを見る。
「ん?あぁ、アカリデス殿でしたか…」
ガイウス王は疲れたイケオジサラリーマンみたいな表情を浮かべながら書類を机に置く。
「大蛇の被害報告書に目を通していてな…どれほど強大な存在だったから改めて実感しているよ」
「…私も街の被害を目にしましたが、大蛇の通り道は悲惨な状況でした」
「あぁ…意見書も嘆願書も目に通したのだが、大蛇の経路と中央通りが被っていてな。栄えていた場所だけに、路頭に迷う人で溢れている」
ガイウス王は神妙な面持ちでそう言った後、切り替えるように私を見る。
「そんな状況だからこそ、アカリデス殿にはやってもらいたい事がある」
「どのようなご用件でしょうか?」
瓦礫の撤去とか荷物運びならできるけど、それなら他の人に頼むはずだ。私に用事があると言うことは……なんだろう?思いつかない。
ガイウス様は机に両肘をのせ、どこかのサングラスおじさんの様に手を組んでこちらを見た。
「民の間で大蛇を討伐したのは誰だと噂が持ちきりでな」
「…はい」
「それに伴い、其方には救世主として民の前に立ってもらいたいのだ」
「は…?」
想像もしなかった事を言われて固まってしまうが、お構いなしにガイウス王は話を続ける。
「其方をイグニアの救世主として大々的に知らせた後”国王直属特別魔物対策部隊イグナス”の部隊長として任命する」
「い、イグナス?」
「イグナスとは炎のように周囲を照らし、民の象徴的な存在となって前進する…と言う意味が込められている」
とんとん拍子に話が進んで置いてけぼりを喰らうが、ガイウス王は張り切った様子で語っている。
「…と言うのは建前で、本当は街に活気を取り戻したいのだ」
「え…?」
さっきまでの様子と一転し、ガイウス王は憂いの表情を浮かべる。
「現在レモラは魔物や大蛇の被害で皆不安に思い暮らしている。そんな彼らに救世主という希望がある事を伝え、以前のような活気ある街へと変えたいのだ」
「……私を祭り上げると?」
「その通りだ、民とイグニアの為に其方の存在を利用する」
ガイウス王は真剣な表情でそう言った。
「………」
利用する……か。まぁ、包まれて言われるより直接言ってくれた方がありがたいけど…そもそも私がそんな大それた存在だとは思えない。
人前には立てると思う。でも前の世界ではどうしようもない糞女だったのだ。人から感謝される事なんて殆どない。あるとすればクラブで出会った女の人とラブホテルに行った帰りに伝えられるくらいだ。
そんな私が希望の象徴になるだって?笑える。笑えるけど……それが救世主の役割なら、私は喜んで受け入れよう。
「分かりました」
「…引き受けて頂き感謝する」
「それで、具体的に何をすれば?」
「レモラ政執会が主催となり、復興を目的とした式典を催す。そして先程言った事を大々的に発表した後、其方に民の前で魔術を披露してもらう」
「魔術ですか……?」
魔術と言う単語を聞き、心臓がキュッとなる。
「大蛇を倒した救世主だ。其方には力を示してもらいたい」
「お言葉ですが…私は魔術を発動できません。心力を動かす事すらままならない状態です」
「何もしなければ民は其方を救世主だと信用しないだろう」
「し、しかし……」
「魔物問題や亜人問題に加え、大蛇の襲来でレモラは危機的状況となっている。これ以上政治不信が続けばレモラ政執会の存続も危ういのだ。解体されれば国は脆弱な状態に陥り、他国の侵略を許してしまうだろう」
私の気持ちなんぞ知ったことではないと言った様子で、ガイウス王は淡々と話を続けている。
「だからこそ、大蛇を倒した其方の圧倒的な力を民に見せ、イグニアには希望があると伝えるのだ」
嘘だ、本当は他国に向けてのアピールなのだろう。私という救世主を世に知らしめて、抑止力にしようとしている。
「……これが救世主の役目か」
思わず口にしてしまったが、ガイウス王には聞こえていないらしく、
「何か言ったか?」
と聞き返されるだけだった。
「…いえ、式典の予定はいつですか?」
「出来るだけ早い方が良い。諸々の調整を含め、3日後と言った所だろう」
3日間は流石に無理だ。昨日の今日で魔術を発動できるようになっているとは思えない。でも…イグニアの人達が不安に思う時間は少しでも短い方が良い。
「…5日間頂きたいです。それだけの時間があれば完璧な状態で式典に臨めます」
そう言うと、王様は疲れたサラリーマンのような雰囲気から一変し、張り詰めた空気を漂わせる。
「……ほう?王の決めた事に逆らうと言うのか」
「………」
表情は然程変わらないが、とっても怖い雰囲気だ。しかし怖いからと言って全部が全部言いなりというのも癪だ。ここは強気に出たほうが自分の立場を誇示できる。
「……私がいなければ国の存続も危うい状況なのをご理解下さい」
そう言うと、ガイウス王は目を丸くして驚く。そして数秒間を置いたと、フッと笑みを浮かべた。
「この間来たばかりの人間にそんな事を言われるとは思っていなかったな。…分かった五日後に式典を執り行うとしよう」
「寛大なお心感謝致します」
お礼を申し上げると、ガイウス王は再び疲れたサラリーマンのような雰囲気に戻り、先程置いた書類を手に持つ。
「話は以上だ、下がってくれ」
「はっ!失礼致します」
私は頭を下げ、部屋から出ようとすると、
「ちょっと待て!」
ガイウス王に呼び止められる。
振り返ると、ガイウス王はいつもと違う雰囲気で私を見ていた。
「レモラの民と、最高の戦士を守護していただき感謝する。国の代表として、其方にお礼申し上げよう」
ガイウス王は渋い声でそう言い、頭を下げる。その様子は疲れたサラリーマンや覇気のある王様の姿ではなく、1人の人間が誰かを思う一般人のような様子だった。




