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#7 一旦の終局

 *



 私はどうして飛び出してしまったのだろう。魔術も使えないし、アメリアさんみたいに体も大きくない。出てきても足手まといになるどころか、大蛇に蟻のように踏み潰されてしまうだろう。


 でも……サリアの迎えを待って修練場に黙って避難するなんて、私には出来ない。大蛇に立ち向かって、血を吐きながら魔術を繰り出すアメリアさんの姿を見て"助けたい"と思った。


「あ、アカリデス様……なぜ、こんな場所に」


 後ろからアメリアさんの弱々しい声が聞こえる。


「貴女、は、修練場に避難している筈では」


「助けに来ました」


「え…?」


 大蛇に殺されそうになるアメリアさんを見捨てることはできない。そう思って来たは良いものの、何をやれば良いか思いつかない。


「あ、貴女に、魔術を発動できない貴女に、何ができると言うのですか」


「き、救世主ですから、アメリアさんを助ける為に来ました」


 私は恐怖で声が上擦ってしまうが、振り返って何とかアメリアさんに笑みを向ける。


「あ……」


 するとアメリアさんは目を丸くさせ、何故か私を見つめてくる。


 私は再び前を向き、山のように大きい大蛇を見据えた後、アメリアさんがやっていた事を真似るように両手を前に向ける。そして魔術言語の本に書いてあった例題のような術式を思い浮かべた後、”心力場”に意識を向けてみる。しかし描こうとするも”不快感”が体を襲い、裂けるような痛みに変わっていく。


「うぐっ…!」


 痛いし苦しいし何の魔術の術式かわからないけど、ここで止める訳にはいかない。私の後ろにはアメリアさんがいるんだ、絶対に発動してみせる。


 再度”心力場”に意識を向けるが、結果は変わらず痛みだけが伝わってくる。


 アメリアさんが言っていたように痛みを受け入れて、何としてでも魔術を発動させるのっ…!そう意気込んで心力を動かそうとした直後、目の前が灰色になる。


「きゃあっ!!?」


 私は大蛇の首に薙ぎ払われ、そのまま後方へ吹き飛んでいく。


 吹き飛んだ衝撃で体を地面に打ち付けてしまうが、アメリアさんのように血を吐くことはなかった。理由は単純で、大蛇は私を”敵”として見ていなかった。道路に転がる邪魔な石ころを蹴るように、大蛇は私を軽く小突いただけだった。


 しかしその程度の事でも、心を折るには十分だった。


「うぅ……」


 横たわる私は心力場に意識を向けるのを止めると激痛が和らいでいく。しかし地面に体を打ち付けた痛みは残り、情けなさで涙が流れてしまう。


「ごめんなさいっ、助けられなくて、ごめんなさいっ」


 喉から搾り出すような声を出しながらアメリアさんを見ると、目を丸くさせて涙を流していた。


「い、いえ…私の為に立ち向かってくれて、ありがとうございます」


 彼女はそう言いながら、次第に優しい笑みへと表情が変わった。


「アメリア、さんっ」


 私は体を地面を這わせながら、膝をつくアメリアさんの元に向かう。


「使えない救世主で、ごめんなさいっ」


 そう言いながら抱きしめると、


「いえ……最後に良いものが見れて、私は嬉しいです」


 アメリアさんは腕に力を込め、弱々しく抱きしめ返してくれた。


「ぁ……」


 アメリアさんの温かい体温が体に伝わってくるの同時に、私は不思議な安心感を覚える。アメリアさんの優しい心が伝わってくるような、そんな感覚だ。


「アメリアさんっ……」


 あぁ……最後にこんな美女の抱擁を味わいながら死を迎えるなんて……私は幸せ者だ。


 そう思いながら死を待っていると、後ろから大蛇の勝ち誇ったよう咆哮が聞こえてくる。そして熱い抱擁を交わす私達を潰そうとしているのか、首が蠢く低い音が聞こえてくるのだった。



 *



 だが、いつまで経っても私達は潰されることは無かった。


 不思議に思った私は振り返ってみると、”紫の光の渦”に纏わりつかれ、苦しそうにもがく大蛇が目に映った。


「え…?」


 その瞬間、再び私の体に激痛が襲い始める。


「うぅ……うっ!?うガァあああああッ!!?」


「あ、アカリデス様…!?」


 アメリアさんに抱かれながらも、痛みと苦しさで叫び声を上げる。同時に大蛇も呻き声をあげ、私と同じように苦しんでいた。


「うぐっ、うぅ……!?」


 今まで一番苦しい。心力が体を突き破って出て来そうな感じだ。そしてこのまま痛みを感じ続ければ私は………いや、痛みを感じているの?


「ふぅ…ふぅ…」


 そうだ……私はまだ”痛み”を感じている。光里にナイフで刺された時と違って、私はまだ痛みを感じている。だったら、まだ生きているっ……!


 “心力”は私の体を突き破ろうとしているのか、未だに荒ぶっている。


「そっ、そんなに出たい、ならっ」


「え…?」


 出してやろうじゃないの。


 私は荒ぶる心力に、意識を”預ける”のだった。



 *



 意識はある。私は”明里”という名前だが、この世界にきて”アカリデス”となった。……痛みは感じない。先程まで”内側”で暴れていた心力だが、今は隣にあるような感覚。言葉で言い表すと、アメリアさんの言っていた”心力は共にある”という言い方が相応しいと思う。そして包みこむようなこの感覚は……"光里"と抱き合っていた時のような安心感と似ている。


「光里……」


 見上げると、大蛇は未だに”紫の光の渦”に纏わりつかれ苦しそうにもがいている。そして大蛇を見据えた瞬間、私の中に残っていた心力が外に出たがっているような感覚を覚える。


「出たいのね……なら出してあげる」


 私は心力に意識を向け、そのまま体外に放出させた。



 *



 体から放出された”紫”の心力は砂嵐のように回転を始め、そのまま大蛇を飲み込んでいく。すると大蛇は、子供を守れなかった無念の声を上げる獣のような鳴き声を発する。


「…さようなら」


 隣に感じる心力に意識を向けると、紫の嵐は大蛇と共に上空に飛んでいく。そして意外にも静かな音と共に、爆発するのだった。


「………」


 その様子を見上げながら、私は少し悲しい気分になっていた。最後の大蛇の悲痛な鳴き声……一体何を思って叫んでいたのか分からないけど、心に訴えかけるような貴女の叫びは一生忘れないだろう。


「ふぅ……」


 優しい爆風が体を撫でた後、私は後ろを振り返る。


「アメリアさん」


 アメリアさんはぼうっとした様子で私を見ている。


「私は貴女の、救世主になれましたか……?」


 そして私の言葉に目を丸くした後、優しい笑みを浮かべた。


「勿論です……!」


「なら……良かったですっ」


 お互いに笑みを浮かべながら見合っていると、奥から赤毛の女性が走ってくるのが見えた。


「お〜い!」


「サリア…!」


 手を振って近づいてきたと思ったら、私に向かって飛びついてくる。


「アカリデスさんっ!」


 そして嬉しそうに見上げてくるサリアを見て、私はある事を思い出す。


「あ……ごめんねサリア?」


「え?」


「待ってるって言ったのに、勝手に飛び出しちゃって」


 そう言うと、サリアは嬉しそうに笑う。


「ま、全くっすよ!せっかく友達になったのに、できたその日に死んじゃうと思ったっす!」


「ふふっ、ごめんね?」


「ほ、本当に、全くっすよっ」


 するとサリアは私を抱きしめ、声を震わせながら胸元に顔を埋める。


「サリア…?」


「生きててくれてっ、本当に良かったっ…!」


「…うん」


 私はサリアを抱きしめ、慰めるように頭を撫でていると、後ろからアメリアさんの呆れた声が聞こえてきた。


「私も相当頑張ったんですけどね……サリアは私の為に泣いてくれないのですか?」


 アメリアさんの皮肉を聞いたサリアは、私の胸元から顔を離して鼻で笑った。


「ふっ、勿論アメリアさんも頑張ってたっすよ?」


「だったら…私も抱きしめてくれても良い気がしますけど……?」


 ニヤニヤしながら言うアメリアさんに対し、サリアは「ベー!」と言いながら舌を出す。


「そんな事を言う人は抱きしめてあーげない!」


「え〜?」


「大人しく寝ててくださいっす!」


 するとサリアは「軍医を呼んでくるっす!」と言いながら走り去り、その様子を見た私とアメリアさんはフッと笑い合うのだった。



 その後、使用人や王様の部下など沢山の人が王宮に上がってきた。


 ある人は歓喜の声を上げ、またある人は隣の人と抱きしめ合う。使用人の女の子達は飛び跳ねてていたりと、喜び方は様々だ。しかし共通していることが1つある。それは全員が笑顔だと言うことだ。


「………」


 その人達の笑顔を見て、私は不思議な気分になる。


 人を不幸にしてきた私にとって、感じた事のない不思議な気持ち。でも心が満たされるような、少し寂しいような。


「光里……」


 前の世界で貴女にしたかったことを、私は"救世主"としてこの世界の人に向けようと思います。それがせめてもの……罪滅ぼしになると思って。



 *



 遠くにレモラ王宮が見える高台。


 その高台の側には巨大な生物が進行した跡があり、北に見えるレモラの街並みに続いている。そして高台の上には砂色の髪の女性が立っており、視力強化の魔術を使用してレモラ王宮を見ていた。


「嘘でしょ…」


 その女性は先程起きた惨事を見て、空いた口が塞がらなかった。


「ボレス様でも手に負えなかった”ドラシース”を、あんな簡単に葬り去るなんて」


 女性は療養中の上司の姿を思い浮かべて気の毒に思うのと同時に、先程目撃した"紫の竜巻"を思い浮かべる。


「何だったのかしら……初めて見るわ」


 真相を確かめるべく、女性はレモラ王宮に視点を合わせる。そして暫く観察するも崩れた王宮の瓦礫でよく見えず、彼女は渋々魔術を解除する。


「ふぅ…」


 ドラーシスを倒す存在なんている筈がない。そう言い聞かせるが、事実ドラーシスは倒された。そんな芸当ができる奴がいるとしたら……。


 彼女は頭を巡らせると、一つの可能性が直ぐに出る。

 

「まさか……”救世主”の仕業かしら?」


 だとしたら緊急事態だ。その実力は未知数だが、ドラーシスを倒せるとしたらこの世界の誰よりも強い事になる。そんな存在がいるとすれば、上手くいっていた筈の"我ら"の計画に支障が出るどころか、頓挫してしまう。


 女性は「はぁ……」と溜息をつく。


「ボレス様に報告しないと…」


 砂色の髪の女性は上司に詰められながら計画を見直す未来を想像し、憂鬱な気分になりながらも「やるしかないわね…」と気合を入れ、その場から立ち去るのだった。



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