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#4 救世主を始める

 *



 どこかの地下施設。周りには砂岩の壁があり、結晶石の灯りが暗い地面を照らしている。時折人影のようなものが通り、光に当てられた影は廊下を進んでいる。


 目的地は一つ、廊下の先にある大きな部屋だ。その影の一つである全身黒鎧を着用した騎士が部屋に入ると、"異形"と表現するのが相応しい巨漢が待っていた。


「ボレス様。先日イグニア王国の首都であるレモラ王宮に、救世主なる人物が召喚されたと密偵から報告が入りました」


 黒鎧の騎士は落ち着い女性の声をしており、異形の巨漢ーーボレスに話し掛ける。


「ほう…?そいつはどんな奴だ」


 ボレスから荒々しい地鳴りのような低い声が発せられる。背中には大きな黒い翼が生えており、その図体は黒鎧の騎士の2倍近い大きさをしている。そして特徴的な角が額に2本。鋭く大きく、突き刺された者は瞬時に命を失うだろう。


「報告によると、金色の髪をした女性のようです」


「女…?」


「詳しい外見は分かりませんが…件の救世主は先日”結びの儀式”を終わらしたばかりだと」


「ふむ…まだ脅威ではないが、あの”イザリウス”がいるイグニア王国だ。将来的には我らへ仇なす存在となることは明白。早々に対処することが望ましいな」


「仰る通りです。どのように対処しますか?」


 黒鎧の女性が頭を下げながら言うと、ボレスは低い声で唸り始める。どうやら計画を考えているようだ。


 唸り声は直ぐに終わり、ボレスは黒鎧の女性を睨む。


「ドラーシスを起こす」


「ど、ドラーシス…!?」


 黒鎧の女性は大層驚いた様子になるが、内心"ドラーシス"が何か理解していなかった。しかし仰々しい名前とボレスのキメ顔に水を差すわけにもいかず、何となく知っているフリをする。


「レモラ近郊で活動中のピースに書面で計画を伝える。直ぐに送り届けろ!」


「はっ!承知致しました!」


「それと…」


「何でしょうか…?」


「知らないのなら聞け」


「も、申し訳ありません…」


 ボレスは呆れた表情を向けた後、目の前にある机に羊皮紙と羽根ペンを準備する。そして大きな手に似合わない器用な手捌きで計画を記すのだった。



 *



 何だか悪夢を見ていたような気がする。良い夢もあった気がするけど覚えていない。夢は悪いほど印象に残り、目覚めた直後は少し怖い気分になる。


「ん…」


 いつもの睡眠から目を覚ました私はムクっと体を起こし、ぼうっとした意識のまま部屋を見渡す。


「………」


 部屋には黒のカーペットが敷いてあり、ゴシック調のタンスやワードローブが並んでいる。ジュースを溢したら一生匂いが取れないであろうアイボリーのソファーに、女王様が寝ているような豪華なベッドに私はいる。


 映画で見た海外のお部屋みたいだ。


 意識が覚醒しない中でそんな事を思っていると、窓から光が漏れている事に気がつく。私はベッドから体を出し、窓に向かいカーテンをバッと開けると、眩しい太陽の光が目に伝わってきた。


「んっ〜!」


 光を感じながら盛大に伸びをしていると、何も見えなかった窓の奥に景色が広がっていることに気が付く。


 真っ白な雲が見え、青い空に彩りを持たせている。その下には綺麗な街並みが見え、水平線の先まで広がっている。そして街が下に見えていることから、どうやら丘の上のような高い場所にいるらしい。それがより雄大な景色にさせている。


 そんな光景に心を打たれながら、ふとある事を思う。



 どうしよう。



 目が覚めたはいいけど、ここからどうする?確か寝る前は……。


 光里にナイフで刺された後に意識を失って……気づいたら異世界?と思われる場所に召喚された。その後"結び儀式"ってのに臨んで…意識を失ったんだ。意識を失ってばかりだな私は。


 先ずは誰かに報告?……いや、部屋から出て迷わない自信はない。何せ初めの場所なのだ。迷子になって他の人達に迷惑をかけるのが関の山だろう。


 だったらこのまま待ってる?……いや、おしっこに行きたい。恐らく数十分もすれば私は漏らしてしまう。そしてカーペットにおしっこの匂いがつき……って想像したくない。


「うぅ…」


 尿意を我慢しながらどうするか考えていると、部屋の扉が開く音が聞こえた。


「うわっ」


 少しびっくりしながら扉に目を向けると、取っ手を握りながら固まる女性がいた。


 その女性は昔のメイドさんみたいな格好をしており、丈の長い黒のワンピースに白のエプロン。髪はブロンドの綺麗な薄金色をしているが、帽子の中にきちんと納まっている。前の世界と比べて比較的地味な印象を受けるメイド服だが、意外にも動きやすそうな服装だ。


 そのメイド服を纏う女性は169cmある私の身長よりもかなり小柄で、小動物のように可愛らしい雰囲気を纏っていた。


「え、あっ」


 メイドさんは口をぱくぱくさせて驚いている。


「あ、あの…どちら様で?」


「あっ、あのっ、失礼致しましたぁ!!」


 声をかけた途端、突然走り去ってしまった。


「え…」


 私を見て逃げ出しちゃった。…もしかして変な見た目だった?寝起きで髪が爆発していたとか。


 私は部屋にある姿見の前に立ち、自分の姿を確認してみる。


「……」


 髪はいつも通りフワッとしている。そして服装は…これってネグリジェ?肌触りも良く、体を締め付けない。気持ちよく寝るのに適した着心地の良さだが、素肌が透けて見え、色んな部位がうっすら見えている。


 もしかして変態女だと思われた?だとしたら第一印象最悪だ。折角人に会えたのに勿体無い。


「………」


 でもこの衣装結構可愛い。体を揺らすと裾がヒラヒラと揺れ、姿見には楽しそうな自分が映った。


「ふふ…」


 そんな事をしていると再び扉が開かれる。目を向けると先ほどの可愛いメイドさんがおり、肩を揺らして息を切らしている。


「き、急に走り去って申し訳ありませんでした!」


 メイドさんは可愛らしい声を出しながら勢いよく頭を下げる。


「み、三日間もお目覚めになられなかったので起きているとは思わず……」


 み、三日も…!?そんなに眠ってたなんて……。


「あ、あの…誰でもあんな反応になると思うし、顔を上げてください」


「し、失礼致します」


 顔を上げてくれると、雰囲気通りの可愛らしい姿が目に映った。てかこの娘も相当な美人さんだ。可愛い兎みたいで抱きしめたくなる。


 そんな事を思っていると、体がブルっと震える。


「うぅ…」


「ど、どうされましたか…?」


 可愛く首を傾げるメイドさんに、私はある事を告げる。


「お手洗いって…どこ?」



 *



 さっきのメイドさんに連れられ、意外にも清潔感があったお手洗いから帰ってきた私は、いつの間にか部屋にいた何人ものメイドさんに服を着替えさせられていた。


 服装は儀式の時に着用したものなのだが、新しく肌着が追加されている。


 ランジェリー?コルセット?どっちか分からないけど、胸の形やお腹の形を整えてくれるらしい。少し圧迫感があるけど…折角用意してくれたんだ。何も言わずに着ていよう。


 着替え終わると、沢山いたメイドさんはそさくさと部屋から出て行ってしまう。部屋が一気に広くなるが、さっきの可愛いメイドさんは残っており、ちょこんとした雰囲気でカップに飲み物を淹れていた。


「お茶です、どうぞお飲み下さい」


「あ、ありがとう…」


 椅子に座ってカップの中を覗き込んだ後、恐る恐る飲んでみる。


「……美味しい」


 この味わいは…麦?コーヒーのような風味も感じられるけど、深みがあってとても美味しい。朝にピッタリのさっぱりとした味わいだ。


 淹れてもらった貰ったお茶を飲んでいると、ふと机の上にある時計が気になる。見慣れない12個の文字が円状に描かれており、現在は丁度9時の場所に短針と長針が示している。私は見た事ない文字の時計に驚きつつ、やっぱりどこの世界も同じような形なんだなと不思議に思っていると、先程のメイドさんが緊張した様子で声を掛けてきた。


「あ、あの、今後のご予定をお伝えします」


「え…?」


「ち、朝食を食べた後にアメリア様のお部屋に伺いそのまま面会。その後に修練場へと向かっていただきます」


 急に始まった予定の確認に驚くが、一生懸命喋るメイドさんの邪魔はしたくないので、そのまま聞く事にした。


「修練場では魔術と座学を学んでいただき、終了次第王宮に帰宅してお夕食。その後は自由時間となります」


 メイドさんは意外にもハキハキと喋っている。勝手に内気なイメージを想像していたけど、どうやら仕事はしっかりと熟すらしい。何とも大人な雰囲気だ。


「何かご質問はありますか?」


 キリッとした表情で言うメイドさんに、私はある事を質問する。


「あの…お名前は?」


 そう言うとメイドさんは徐々に目が大きくなり、おどおどした様子になる。


「え!?あっ……お伝えしておりませんでした」


 メイドさんは申し訳なさそうな表情で頭を下げた後、改めて姿勢を正す。


「救世主様の身の回りのお世話をさせていただく事になりました。クロエ・シエス・シヨニケスと申します」


 彼女はどことなく誇らしそうに自己紹介してくれた。と言うか……身の回りのお世話って私のメイドさんって事!?何だか畏れ多い。


「よ、よろしくお願いします。私はーー」


「アカリデス様ですよね?ガイウス王より救世主の称号を賜ったとお聞きしております」


「え?あっ……」


 そうだった。私の名前は明里ではなくアカリデスとなってしまったのだ。三日も経ったみたいだし、今更訂正できないよね……。


「いかがされましたか?」


 肩を落とした私の様子が気になったのか、クロエさんは心配そうに覗き込んでくる。


「……大丈夫ですよクロエさん」


「へっ!?あ、あの……」


「なんですか?」


 クロエさんは居心地悪そうな様子になる。


「王宮使用人とはいえ、私と救世主様は立場が違います。どうか私めのことは”クロエ”とお呼びください」


「あ、そ、そうなんだ。それじゃあ…よろしくねクロエ?」


「はい、宜しくお願い申し上げます」


 クロエは丁寧な動作で頭を下げた。



 *



 その後、クロエに見守られながら朝食のサンドイッチを食べ終わり、予定にあったアメリアさんとの面会をこなす為に部屋を後にしていた。案内されて部屋へと到着すると、クロエはこんこんと扉をノックしてくれる。


 すると中から「はーい!」と軽快な女性の声が聞こえてきた。直ぐに扉が開かれ、中から赤毛の女性が姿を現す。


「おぉ!漸くお出ましっすね!」


 明るい声でそう言った彼女は首元で揃えられたショートヘアで、茶色に近いような赤い髪色をしていた。身長は私よりも低く、服装は私と同じで王宮御用達の仕事着を着用している。


 赤毛の女性はぐいっと顔を寄せてきた後、ハツラツした様子で口を開く。


「貴女が救世主様っすね!」


「え!?は、はい」


 思ったよりも距離が近いことに驚いていると、感心した様子で見てくる。


「おぉー…綺麗な方っすね」


「え…?」


「アメリアさんと同じくらい綺麗っす」


「えぇ!?そ、そんなことは…」


 綺麗と言われて恥ずかしくなるがやはり嬉しいもんで、照れを誤魔化そうと耳にかかっていた髪を掻き上げると、


「あのぉ、今度一緒にお茶でもいかがっすか?」


 急にお茶のお誘いを受けた。


「え!?わ、私ですか…?」


「勿論っすよ」


「え、えーと…」


 突然のお誘いに困惑していると、部屋の奥から呆れた女性の声が聞こえてきた。


「おいサリア、出会って早々口説くんじゃない。救世主様に失礼ですよ?」


 呆れた声の主が部屋から出てくる。


 やって来たのは絶世の美女アメリアさんだった。私にローブを渡してくれた優しいお方で一目惚れの女性。あぁ、お美しい…。


「申し訳ありませんアカリデス様、彼女は後程叱っておきます」


「い、いえ…」


 あまりの美しさに目を逸らすと「ほほぉ…?」と前方から声が聞こえた気がした。


「お目覚めになられて良かったです。立ち話も何ですので、どうぞお入り下さい」


「え?えーと…」


 クロエの方をチラッとを見ると、


「私の方は遠慮なさらず…」


 一歩引いた場所で笑みを浮かべて立っていた。


「後程お迎えに上がりますので、失礼致します」


「うん、分かったよ」


 クロエはきちっとした動作で軽く頭を下げた後、そのままどこかへ歩いて行った。


 お世話してくれたからお礼を言いたかったけど……まぁ、また会えるみたいだし、その時にでも言おう。私は何となくクロエを見送っていると、アメリアさんに声を掛けられる。


「アカリデス様、お入り下さい」


「は、はい!」



 *



「アメリア・アンテリアヌス。イグニア王国騎士団副団長の任を仰せつかっております。以後お見知り置きを…」


 アメリアさんは凛とした様子だが、どこか柔らかさを感じる素敵な自己紹介をしてくれた。やっぱり綺麗だぁ……。


 彼女の姿を改めて見ると、パンツは私と同じようなバギーパンツのようにゆとりのあるスタイルで、靴は頑丈そうな茶色のブーツを履いている。上半身は膝上まで丈のある長袖のチュニックを着ており、袖の部分は前腕辺りで止めている。その上には白を基調としたサーコートを羽織っており、胸元には国のエンブレムと思われる赤い狼の刺繍が施されているワッペンが縫い付けられてあった。


 腰には革のベルトが巻かれており、ファンタジーゲームでよく見るような剣が下げられている。私が下げても地面を引きずって見っともなく見えそうだが、高身長のアメリアさんだと様になっていた。


 正に女騎士といった感じで既に格好良いけど、何よりも顔面が良すぎる。今までで見た誰よりも美人だ。好みの顔すぎてマジ上がる。加えて胸の下まで伸びる黒髪がありえないくらいの艶を放っている。この世界の頭髪ケアがどれ程のものか知らないけど、彼女のロングヘアはモデルさんにも引けを取らない程に美しい。


「そして……」


 アメリアさんに見惚れていると、先程の赤毛の女性が自己紹介を始めた。


「イグニア王国随一の兵士、サリア・ルメシスっす!以後お見知り置きを!」


 サリアさんと言うのか。ハキハキと喋る姿は、言うなれば元気の良いスポーツ女子のような雰囲気を感じる。て言うか……サリアさんも美人さんだ。元気な雰囲気で隠れているが、目鼻立ちがはっきりして顔が小さい。化粧もせずにこの顔の良さ、イグニア王国と言ったっけ?恐ろしい国だ。


 点数をつけるのは烏滸がましいが、2人とも100点満点中250点の美人さんだ。目の保養になる。


「サリアは今回助手としてお呼びしました。何かあれば彼女に質問すると良いでしょう」


「わ、わかりました」


「それでは、こちらにお座り下さい」


「え?あ、はい…」


 彼女達をずっと見ていたいが仕方ない。席に座ると、向かいにアメリアさんが座り、サリアさんは私の後ろで何やら作業を始めた。


 どうやらイチイチの個人面談が始まるらしい。私は姿勢を正してアメリアさんと目を合わせようとするが、あまりの綺麗さに恥ずかしくなり目を逸らそしてしまう。しかし向き合って会話をしないと失礼なので、私は彼女の眉間を見て目を合わせるフリをした。


「目覚められて早々で申し訳ありませんが、アカリデス様にお伝えすることがあります」


「はい」


 アメリアさんは凛とした表情で話し始める。


「アカリデス様には今より、イグニア王国が抱える魔物問題の解決に向けての準備を進めていただくことになります」


「魔物問題……」


 そうだった…。私は救世主としてこの国に召喚されたのだ。


「準備とは…具体的にどのような事をすれば良いのですか?」


「魔術の習得は勿論、この世界についてある程度の知識を深めていただきます。そして来る調査で遅れを取らないよう、アカリデス様には相応の心構えを持つ”皆の救世主”になっていただきます」


「皆の救世主…」


「次に、イグニア王国の現状をお伝えします」


「え…?あ、はい」


 次々と進めるアメリアさんに素っ気なさを感じ、少し寂しさを覚えてしまう。


「魔物はイグニア王国の家畜や民を襲っております。本来であれば魔物は自身が生きる為に食料を調達しますが、昨今の魔物は”襲う”為に活動しているようなのです」


「襲う為に…?」


「調査で分かった事なのですが、魔物は家畜や人間に宿る”心力”を奪う為に襲っております」


 "心力"か…。魔術を行使するために用いる、人間に宿っている力の事だったよね?


「理由は分かりませんが、兎にも角にも魔物は甚大な被害を我が国に齎しています。傭兵組合の設置や精鋭調査隊の派遣などを行いましたが、ガイウス王が仰られた通り日に日に被害は増しております」


「はい」


「このまま対策が功を成さなければイグニア王国の国力は衰退し、最悪他国からの侵攻を許すことになります」


「戦争…って事ですか?」


「仰る通りです。それを防ぐためにも将来的にはアカリデス様に魔物被害の調査に赴いていただき、根本的な解決は我が国は望んでおります」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「…何でしょうか?」


「そ、その言い方だと、アメリアさんのような立派そうな騎士に加えて、他の騎士や魔術師でもどうにもならなかった問題を私1人で解決し、国同士の戦争を防ぐのが私の仕事だと聞こえます」


「はい」


 アメリアさんが当然のように返事をしたのを見て、私の中に焦りが湧いてくる。


「そ、その、お言葉ですが、そんな大それたことを成せる力も精神力も、私は持ち合わせていないように思えます」


 そう言うと、アメリアさんは邪な考えも怒りも不安もない純粋な表情で私を見た。


「恐れながらアカリデス様はイグニア王国の救世主として召喚されました。それが使命であり、貴女様の役目です」


「え………」


 アメリアさんの言葉に、感じていた違和感の正体が分かった。


 疑問に感じていたのだ。こんなぽっと出の小娘に対して沢山のメイドさんが出てきて着替えさせてもらったり、美味しい朝食も出てきたりと、アメリアさん含め誰もが丁重に私を扱っていた。まるでお嬢様みたいだって思ったけど……それは全て、私が"救世主"だからだ。この人達にとって私は明里ではなく、救世主アカリデスでしかない。


 私は改めて自分の立場を理解し、何かを言える権利などないと実感する。


「……分かりました。出来るだけの事はやってみます」


「はい」


 あまりにも重大で責任のある使命に、今更ながら怖気付いてしまう。話を聞く限り、魔物に襲われて人が死ぬなんてことは当たり前なのだろう。正直恐ろしい。私なんて簡単に死ぬんじゃないかって。


「……一つ、お伝えしたいことがあります」


「何ですか?」


 アメリアさんは突然私の手を包み込み、優しげな表情を浮かべる。


「アカリデス様は特別なお方だと考えております」


「…急に何ですか?」


 直ぐに手を引っ込めると、アメリアさんは少しだけ寂しげな表情をしたように見えた。


 アメリアさんは机の下に手を引っ込め、話の続きをする。


「結びの儀式の最中、アカリデス様が悲痛な声を上げた時、その体から”紫色”の心力が垣間見えました」


「え…?」


 記憶にない事を言われ、私はただただ困惑する。


「人が魔術を行使する際、心力が視覚化したものが見える事があるのですが、我々はこれを”現出流”と呼んでいます」


 現出流…聞き覚えはないけど見覚えがある。アメリアさんが結晶石の間の扉を開ける時に見えた、赤色の光の事を言っているのだろう。



 その後、アメリアさんは現出流と人に宿る心力について話してくれた。


 どうやら現出流は一般的に、”黄色”と”赤色”しか発現しないらしい。黄色は大体の人が持つ現出流らしく、世間一般的な魔術師は黄色の心力を宿している。


 そして赤。この色は魔術を極めた者にしか発現できない心力のようで、アメリアさん含めイグニア王国には10人足らずしか存在しないらしい。“濃い赤色”の現出流を発現させる者は、その名が語り継がれるほどに凄いと言う。


 そして問題の私だ。結びの儀式の際、私の体からは紫色の現出流が発現したらしく、それは歴史上確認されたことが無い唯一の事例だと言う。その所為で王宮中の研究者達がてんやわんやしたとか何とか。


「だからこそ、アカリデス様は特別なお方なのだと考えます」


 実感が一切湧かないが……どうやら私は凄いらしい。そう言われるとちょっと気分が良くなってくる。


「そしてアカリデス様に魔術をお教えする役目を、私は王より仰せつかりました」


 アメリアさんがそう言った直後、突然私の横にサリアさんが現れた。


「アメリアさんはイグニア王国最強の騎士と謳われたお人っすよ!剣の腕のみならず、魔術の腕はイグニアでも随一!そんなお方に付きっきりで教えてもらえるなんて、アカリデス様は滅茶苦茶運の良い人っすね!」


 サリアさんは私に体を当てながら、誇らしそうにそう言った。


「サリア…私はそんな大それた人物になった覚えはありません。イグニアを守る王国騎士団の一員なだけですよ?」


 少し呆れた様子でそう言うアメリアさんだが、心なしか嬉しそうにしている。そして私もサリアさんの胸が腕に当たり、とても嬉しい気持ちになっていた。


「兎にも角にも、アカリデス様は我々の想像できない力を有しております。魔術の訓練を行い、ご自身のお力を知れば、自信もつくのでは無いでしょうか?」


「え…?あっ……」


 ……どうやら気を遣われていたらしい。私を元気付ける為なのか、それともご機嫌を取る為なのか分からないけど、今の話を聞いて気分が良くなったのは事実だ。


「……ありがとうございます」


「いえ……」


 アメリアさんは優しげな笑みを浮かべて私を見ている。


 “皆の救世主”か。想像もつかないけど、アメリアさんとサリアさんのお陰で少し希望が持てたかもしれない。彼女達には感謝しないと。私個人を見てなくても、元気づけてくれたのは事実なのだから、その思いにしっかり応えないとね。


「それでは、アカリデス様を修練場にご案内したいと思いますが…」


 アメリアさんはそう言った後、思い出したかのようにサリアさんを見た。


「サリア、準備は出来ましたか?」


「とっくに終わってるっすよー!」


 横を見ると、サリアさんの足元には分厚い本が何冊も置いてあった。すると返事を聞いたアメリアさんは立ち上がり、置いてある本を何冊も持ち始める。


「準備もできましたので、早速修錬場に向かいましょう」


「修練場で何を?」


「魔術の鍛錬を行います。今日は貸切にしましたので、そこで”じっくり”と魔術と心力ついてお教え致しますね?」


「え、あっ、はい。よろしくお願いします……」


 アメリアさんの”じっくり”と言う言葉に熱さを感じ、少しだけ気分が上がるのだった。



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