#1 異世界召喚
*
川の高架下。お日様が登っているとはいえ、残暑のこの時期は橋の下もジメジメしており、虫好きか余程の理由を持つ人しか来ないような場所に私は来ていた。
私が来た理由だが、後者の”よっぽどの理由”だ。
「大丈夫かな…?」
私は携帯の黒い画面を眺めながら首を左右に振り、自身の見た目を確認する。
学校でバレない程度のナチュラルメイク、胸元まで伸びる金色に染めた髪、右耳のピアスは髪をかき上げて見せておく。残暑という事で、結んでない髪が首元をゴワゴワさせて鬱陶しいが、そうしなかった理由はちゃんとある。
それは髪を結ばずに片側を上げた状態が、自分にとって勝負の姿だからだ。普段は日によって結んだり結んでいなかったりしているのだが、今日は”とある理由”で自分が一番綺麗に見える姿をしている。
その”とある理由”というのが………見るからに”告白”の手紙が下駄箱に入っていたからだ。軽く身だしなみを整え終えた私はバッグから手紙を取り出し、再度内容を見てみる。
"明里さまへ 貴女の事がずっと好きでした。放課後直接お伝えしたいので、橋の下に来てください"
女の子らしい可愛い文字でそう書かれていた。
「ふふっ…」
可愛らしい文字と、告白されるという事実に思わず笑みが溢してしまう。
相手はどんな人だろう。ちゃんと女の子かな?できれば私好みの女性がいいな……。とか考えていると、腹の底から緊張感が湧き上がってきた。
「ふぅ……」
私は深呼吸をした後にパンパンと頬っぺを叩いて緊張する体を紛らわせようとするが、全く効果は無い。
遂に女の子の恋人ができるかもしれない。その事実が私を緊張させる。
自分で言うのもアレだけど、私は元々容姿の良い綺麗系女子。男性から告白された事は結構あるが、どれもフっている。何故なら私は女性が好きだからだ。優しいし柔らかいし、良い匂いがする。
…そんな下心を置いても、とにかく女性が好きなのだ。昔からそう。
「うぅ…」
あぁ……この待っている時間が早く終わってほしい。もう結構時間が経ったよね?早く来ないかな?
落ち着かずにその場をウロウロしていると、背後から足音が聞こえた。
「明里さん……お待たせしました」
き、来た!しかも女の子の声…!
思わず舞い上がってしまうが、深呼吸をして心を落ち着かせる。そして自分が安い女じゃないと知ってもらう為、怒っているけど可愛げのある様子を意識しながら振り返った。
「もうっ、待たせるなんて良くないよ!」
次の瞬間、私のお腹に衝撃が走った。
「へ…?」
力が抜け、膝から崩れ落ちる。下を見ると制服のお腹部分が赤く滲んでおり、自分が刺されたのだと理解する。
「久しぶり………明里お姉ちゃん」
前方から声が聞こえて顔を上げると、いない筈の妹がいた。
「ひ、光里…?」
所々私の顔と同じ作りをしており非常に端正な顔立ちをしている。そして私と同じ学校の制服を着用しているが、その手にはナイフがあった。
「な、何で、ここに…?」
「階段から突き落として大怪我させた後、療養の為に実家に帰った筈の妹がどうしてお姉ちゃんの前にって?」
私は決して許されない事実を否応にも思い出す。そして彼女に対する罪悪感と後悔の気持ちで頭が一杯になった。
「何その顔……今更罪悪感でも湧いたの?」
「ひ、光里っ、ご、ごめーー」
「気持ち悪いッ!!!」
罵倒と共に顔面を蹴られ、頭が地面に叩きつけられるのを感じた。
強い衝撃を感じるが不思議と痛みは無い。恐らく痛みを感じなくなっているのだろう。体が痛覚を遮断している。
「階段から突き落とした意外にもたくさんあるよねぇ……?」
「あ、あっ…」
「ご飯を作ってくれなくなったり、トイレをしていたら水をかけてきたり、集団でを無理矢理……」
「ご、ごめーー」
謝ろうと顔を上げると、再び顔面を蹴られた。
「ぐほっ…!」
「大好きなお姉ちゃんに”酷い”事をされて、私がどれ程苦しかったか…」
光里は顔を両手で覆い悲しそうに泣いたと思ったら、指の隙間から怨念の篭った恐ろしげな目で私を見た。
「でも私の思いはこんなものじゃないよ?」
静かにそう言った後、仰向けで倒れる私の太ももに跨る。そして私の胸に勢いよくナイフを振り下ろした。
ナイフが肌に刺さる鈍い音がするが、何も感じない。
「あはは!お姉ちゃんの綺麗な胸もこれじゃ興奮できないよ!」
光里は次に下腹部を突き刺す。そして私のスカートを捲り、穿いていたパンツをずらした。
「うわぁ……お姉ちゃんのココ、こんな風になってたんだぁ。すっごいエッチ」
光里はその後も私の体を刺し続けた。しかし飽きたのか、体に伝わるナイフの感触がなくなる。
「もっと楽しいと思ってたけど…こんなものか」
目に光を感じなくなり、光里の寂しげな声だけが聞こえてくる。
「お姉ちゃん…私にこんな事させて、酷いよ」
その声に、光里への後悔の念が湧いてくる。
光里……私が貴女を追い詰めてしまったんだね。もっと貴女と向き合って会話をするべきだった。でも当時の私は馬鹿で、部活も勉強も好成績を残す貴女を見て…くだらない劣等感を感じていた。
姉なのに、見た目も貴女より綺麗なのに、私より優秀なのはおかしい。そんなくだらない思いで、大好きだった筈の貴女に酷いイジメをした。
決して許されない事だと分かってるけど…私は貴女に謝りたい。やり直せるならまたやり直したい。仲が良かった子供の頃に戻りたい。でもそれは無理なんだね。謝りたいけど声が出ないし、体が動かないから以前のように貴女を抱きしめる事ができない。
ごめんね光里。私は死んでしまうけど、貴女の事ずっと思ってるから。
「明里お姉ちゃん……大好きだよ」
薄らと光里の声が聞こえ、私の体に暖かな感触が伝わってきた。その感触は女性の柔らかい体の感触であり、数年前まで毎日味わっていた光里の感触。
私を抱きしめてくれるの……?嬉しい。
「うふふ…これで最後だね。バイバイお姉ちゃん」
そこで私の意識は途絶えた。
*
感覚は消えた筈なのに、気が付けば意識がある。でも周囲は暗いし、自分がどんな状態か分からない。
あーあ。これで私の人生も終わりか。これから運転免許取りに行ったり、大学試験の為に勉強したり、友達とカラオケ行く予定があったりと楽しい事が待っていたのになぁ……。ま、私にそんな資格無いか。
身長169cm。B83,W60,H89。体重58kg。金髪。享年18歳。
私は沢山の人に恨まれる人生を送った。両親とか、部活の顧問とか、妹の光里とか。光里に期待していた全て人に恨まれた。
死んで当然。私なんてこの世に必要なかった。
でも……もし次の人生があるなら、誰かに誇れる人生でありたいな。勉強も部活もできて、良い大学に入って、誰かの恋人になって……。
何よりも大事な人を悲しませたくない。大事な人を不幸にせず、楽しく笑い合えるような人生が送りたいけど……そんな話、ある筈無いよね?
*
海からそれ程離れていない大きな街。石灰岩や木材で建造された住宅が並んでおり、歴史的な建物も各地に点在している。
そんな街中には一際目立つ丘があり、その上には大層立派な王宮が建てられ、優雅に街を見下ろしていた。王宮の中庭には立派な噴水があり、それを囲うように宮殿が建てられている。
噴水の中央には”水晶”のような物が設置してあり、その水晶からは絶えず水が湧き出している。その周りには石の道や花壇があり、長閑な雰囲気を漂わせている。
そんな長閑な雰囲気とは対照的に、宮中は切羽詰まった状態になっていた。
中庭から窓の向こう側を見れば、布や桶を持って廊下を走り回る使用人が見え、忙しない雰囲気となっている。
特に出入りが激しい部屋が一つ。
部屋を覗くと奥には国旗と思われる旗が掲げられており、それに向かって柱が何本も建っている。そして旗の手前には一際目立つ豪華な椅子が鎮座していた。
所謂ーー玉座には、上品な服を身につけた中年男性が座っており、その頭には王冠が乗っている。
「神官エウセビオスよ…進捗はどうなっている」
王冠を乗せた男は傍にいる男性に声を掛ける。
エウセビオスと呼ばれたその男性は白を基調とした青色のローブを羽織っており、目の前で行われている”儀式”を固唾を飲んで見守っていた。
「ガイウス王、最早私の知らぬ境地に入っております」
「そうか……どれほどの時間を要する?」
ガイウス王と呼ばれた男は少し苛立ちを覚えながらそう言うと、エウセビオスは額に汗を掻きながら答えた。
「え、ええと……先程も申した通り分からないのです。これ程の”心力”を注いだ前例はなく、どんな結果が待つかは私にも分からないのです。直ぐに終わるかもしれないし、1日経っても終わらないかも知れない」
エウセビオスの言葉を聞いたガイウス王は険しい表情になる。
「左様か…できれば早く終わって欲しいものだな……」
玉座の間では三日三晩続く”召喚の儀式”が行われていた。
曼荼羅模様の大理石の床の中央には、噴水に使われていた”心力結晶石”よりも大きな結晶石が浮いており、その周りには総勢10人ものローブを着た魔術師が”赤色”の光の筋を注ぎ込んでいる。
そんな儀式の最中、一人の魔術師がふらつく。すると一本の光の筋が段々と薄れていき、遂には消えてしまった。同時に魔術師も倒れ、そのまま王国騎士によって手際よく部屋の外へと運ばれていった。
「これで6人目か…」
ガイウス王がそう呟くと、傍にいた神官エウセビオスが必死な表情で訴える。
「もう中止しましょう!こんな非道な儀式に、才能ある魔術師が死んでいくのを見ていられませんッ!」
「それは出来ないッ!現状の戦力でどこまで我が軍が持つか分からない上に、他国の協力も期待できない。何よりここで中止してしまえば、死んだ者達に顔向けできないではないか!」
王の言葉を聞いた神官エウセビオスは悔しそうに黙る。そしてこの儀式を止められない自身の地位を憎んだ。
「しかし…これはあまりにも残酷だな」
王が険しい表情でそう言った瞬間、大きな揺れが玉座の間を襲った。
部屋にいた者達は悲鳴を上げて近くの柱に捕まったり、その場にへたり込んだりと、各々自分が助かる行動を取っている。
そして揺れと同時に中央に浮いていた結晶石が光を放ち始め、その場にいた全員が目を瞑る。
時間が経つと揺れは収まり、結晶石から放たれていた光も収まっていた。その場にいた者達は光が収まったのを目の奥で感じ、慣らすように開ける。
そして彼らの目に映った。
先程まで中央で浮いていた結晶石が無くなり、代わりに全裸でへたり込む女性がいた。その女性は小柄でも大柄でもなく、金色の髪が特徴的の若い女性だった。
「へ……?」




