#10 救世主とは
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サリアと魔術の特訓が始まって2日経った頃、私は遂に魔術の発動を成功させていた。
「あっ…あ」
発動した魔術の名前は、”迸る炎の魔術”と言うものだ。”ゼス式魔術”の系譜に属する魔術の中で最も簡単なもので、拳の先から迸る炎を出す魔術であり、普通は線香花火くらいの炎が出る……筈だった。
「す、すごい圧力と熱風を感じたっす。保護魔術を発動してなかったらどうなっていた事か」
この世界の魔術は”心力濃度”が濃い程強力なものになるのだが、私の心力は”紫”。この世で最も心力濃度が高い”赤”よりも濃いらしく、発動した”迸る炎の魔術”の威力は、火山の爆発のような威力をしていた。
念願の魔術が発動する中、私は恐る恐るサリアに声を掛ける。
「あ、あの壁、なんだかヒビが入ってるように見えるけど?」
「え…?」
サリアは振り返ると、
「うわぁ!!防護魔術にヒビがぁ!」
壁を見て驚いた声を上げる。
改めて見ると修練場の壁には薄い膜のようなものが張られており、不自然な様子でそこかしこにヒビが入っている。
「だ、大丈夫なの?崩れたりしない…?」
「崩れはしないっすけど、報告しないっとすね」
「ご、ごめん」
報告か…魔術の鍛錬ていう単純な事をやっているのに、こんな余計な仕事を増やしてしまうなんて…私って本当にダメダメだ。
気分が下がり、項垂れる私を見たサリアは元気付けるように肩を持つ。
「大丈夫っすよ!誰も壊すことができなかった防護魔術にヒビを入れたんすから、これは誇らしいことっす!」
サリア曰く、修練場の壁には強力な防護魔術が施されているらしい。数百年前に生きていた大魔術師数人が、”アマノ式魔術”なる形式の魔術で壁に防護魔術を発動し、イグニアの民を戦争から幾度となく守ってきたとのことだ。
「うぅ…」
「でも、”ゼス式魔術”であの魔術をやるのは危険っすね」
「そうだよね…」
「アカリデスさんには早いとこ”イグニア式”魔術を習得してもらわないと、命がいくつあっても足りなそうっす」
「うん…頑張るよ」
サリアは軽く言ってるように見えたが、その雰囲気と顔つきは真剣そのものだった。
因みに、度々登場している”〜式魔術”と言うのは、前の世界で言う流派のようなものだ。
一つ目は”ゼス式魔術”。
”太古の魔術”なんて言われている形式の一つで、この世界に住む人達が必ず最初に習う形式だ。術式も単純なものが多く、魔術を習いたての子供なんかにはピッタリの形式だ。
しかし覚え易い反面、魔術の威力調整などが一切できない。心力濃度が低ければ消しカスみたいに小さい魔術になり、高ければ私のようにどでかい炎が出てしまう。だからこそ、ゼス式魔術は今となっては教材程度にしかならないらしい。
二つ目に”アマノ式魔術”。
ゼス式魔術と並んで古来から伝わる形式の一つで、その特徴は”何でもできる”ことだ。
術式の組み方は自由で、修練場の壁にかかっているのような数百年も保つ防護魔術を発動できたり、丘の上に水を引っ張って来れたりする。アマノ式魔術の効果は無限と言っても良いのだが、術式を組むのが非常に複雑な上に、発動に要する時間が物理的に長くなるようだ。
そのこともあり、アマノ式魔術は主に街のインフラ等で使われている。このデイス宮殿でもトイレや入浴施設に用いられているらしい。
最後に”イグニア式魔術”。
イグニア式と言う名の通り、イグニア王国建国当時に開発された形式であり、その特徴はゼス式魔術のように単純な術式であり、アマノ式魔術のように多くの事ができる画期的な魔術の形式なのだ。
威力の調整に加え、方向や運動距離、そしてアメリアさんが大蛇に対して放った火球のような”着弾時に爆発させる”なんてことができるらしい。
それを可能にしているのが因子魔術の存在だ。アメリアさんが放った火球のような基本魔術に加え、様々な効果を付随できる”因子魔術”を術式に組み込むことで、様々な事を可能にさせている。
その分かりやすさから、基本魔術と因子魔術の数は日に日に増えていっており、”イグニア式魔術大辞典〜基本魔術編〜”といった本に加え、”イグニア式魔術大辞典〜因子魔術編〜”が刊行されているらしい。アメリアさんに頂いて私も持っているけど、文字が分からないから未だ読めていない。
イグニア式魔術だが、その使い勝手の良さから様々な場所で使われており、主に騎士や魔術師が使っている。
とまぁ三つの魔術形式があるのだが、私が特訓しているのが”ゼス式魔術”だ。サリアが言ったように、ゆくゆくはイグニア式魔術を発動できるようにするのが私のゴールであり、そうすればアメリアさんの言う”皆の救世主”に一歩近づけると言うことだ。
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私は引き続き、サリアと熱い抱擁を交わしながら”迸る炎の魔術”の術式を組む練習をしていた。勿論、壁が壊れるので発動はしていない。
「ふぅ…」
「調子はいかがっすか?」
「うん、大分慣れてきたよ」
術式を組む感覚が掴めてきた。後はこれを一人で出来るようになれば完璧だ。式典まで後二日もあるし、”いつものように”夜通し練習すれば何とかなりそう。
「サリア」
とある提案をする為に体を離すと、サリアは名残惜しそうに私の肘を掴んでくる。
「そ、その…これからは一人で練習するよ?」
「え…」
サリアは目を丸くさせる。
「式典本番でサリアを抱く訳にもいかないし、ゆくゆくは一人で魔術が発動できるようにならないとだから」
「………」
サリアが寂しげに俯く。
「サリア…」
体を密着させて、恋人のように抱き合うなんてサリアは嫌な筈だ。だって恋人じゃないし、普通に考えて気持ち悪いと思う筈…なのに、そんな寂しそうな表情をされると期待してしまう。
「……そうっすよね!」
するとサリアは顔を上げ、笑みを浮かべる。
「アカリデスさんの言う通り、魔術は一人で発動するもんっす!戦場で抱き合う訳には行きませんもんね!」
「う、うん!」
そりゃそうだ。戦いの場で魔術を発動できるようになるが私の役目。サリアが私と”同じ”かは関係ない。
「…私と抱き合ってくれてありがとうね?とっても助かったよ!」
「とんでもないっす!アカリデスさんのお役に立てて嬉しいっす!」
「でも…1人だとまだ心許ないから、一緒にいてくれる?」
「勿論っす!」
サリアはくしゃっとした笑みを浮かべた。
その後、私は少し疲れを感じながらも魔術の特訓を続けるのだった。
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「今日も送ってくれてありがとね?また明日!」
「はい、お疲れ様っすアカリデスさん!」
サリアと別れの挨拶をした後、私はデイス宮殿にある自室に帰ろうと門を潜ると、奥の入り口にクロエが立っていることに気がつく。
「クロエ?」
クロエの元に駆け寄ると、
「お帰りなさいませアカリデス様」
と言いながらお辞儀をしてくれた。
「お疲れ様クロエ。どうしたの?」
「式典に向けての打ち合わせが入っておりますので、ご案内の為お迎えに上がりました」
「あー…そういえば今日だったっけ」
「…今一度ご予定を確認されますか?」
「大丈夫だよクロエ。案内してくれる?」
するとクロエは軽く頭を下げ、そのまま宮殿の中へ歩いて行った。
「はぁ…」
私は入り口の前で静かに溜息をつく。
今日は打ち合わせの後に衣装合わせもあるんだっけ?もう夕方だし、遅くまで掛からないと思うけど……ここ数日は夜更かしをしていたから体に疲れを覚える。
魔術言語や術式を覚える為といえ、流石に3時間睡眠は良くないかも。でも、早いとこ1人で魔術を発動できるようにならないと駄目だ。期日まであと2日しかないんだから、ここが踏ん張りどころかな?
「あっ…」
奥で心配そうに見つめるクロエに気付き、私は気合を入れて歩き始めるのだった。
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打ち合わせはガイウス王も交えて行った。内容は当日の段取り確認だったのだが……ガイウス王の鶴の一声で、私は皆の前でスピーチをする事になった。
余計な事を言わないでくれと思いつつも私に発言権はないので、そのまま一緒に原稿を考えることになった。しかし話も纏りつつある後半で、私が拡声の魔術を使えない事が発覚する。その所為で会議が少し伸びてしまった。
その後、拡声の魔術を組み込んだ結晶石を発注する事に落ち着き、その場は解散となる。
打ち合わせの次は、式典当日に着る衣装のサイズ合わせだ。
私はクロエに別室へと案内され、入るや否や下着姿にさせられたと思ったら、衣装係のお姉さんにベタベタ触られながら諸々のサイズを測ってもらうのだった。
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一通りの予定が終わって頃には夜の9時を回っていた。私はクロエに用意してもらった夕食を食べながら、先程の事を思い出す。
「はぁ……」
…あのお姉さん、絶対に私の体に興奮してた。だって胸とかお尻とか不必要に触ってきたし鼻息も荒かった。割と好みの女性だったからそこまで悪い気分にはならなかったけど、あれは完全にセクハラだ。前の世界だったら逮捕だよ逮捕。
「………」
嫌な事は思い出さない方が良い。
私は夕食を食べる事に専念しつつ、この後にやる事を考える。
ご飯を食べた後は入浴して汗を流し、その後は自室に戻って術式を描く復習と魔術言語の反復練習。そしてアメリアさんが用意してくれたロマリア語の教材を、自分で用意した日本語のメモと見比べながら自習をする。
「はぁ…」
私の口から2度目の溜息が出る。
休まる時間が無い。一日中寝たい。携帯の動画サイトで実況者の動画をずっと見ていたい。
「辛い…」
いけないいけない。疲れているかネガティブ思考になってしまう。
これらは全て、私が”皆の救世主”になる為の試練。そして”良い人”になる為の試練だ。前の世界で糞女だった私は、自分を変える為にこの道を選んだ。だから辛いなんて言ってられない。そんな事を言って仕舞えば、付き合ってくれたアメリアさんやサリア、そしてお世話をしてくれるクロエにも失礼だ。
「ご飯を作ってくれるんだもん!ありがたいって思わないと!」
私は自身の頬を両手で叩いて気合い入れる。そしてスプーンの音を立てながら、1人での夕食を続けるのだった。




