◆悲惨な紙
そして現在、今。
「雨止まないね、イシルー」
ルナは暖炉に火を灯しながら言う。
そしてイシルから貸してもらっていた上着と、一枚のタオルを渡した。
「寒いから私、着替えてくるね。はい、上着ありがとう。それとタオル。火のそばで暖まってて」
「ああ…さんきゅ」
ここはルナの家の中。
箱があった場所から近いのはルナの家のほうなのだ。
イシルの家はもう少し遠い。
しかし雨はいよいよ激しくなり、やむ気配が全くないのでイシルはルナの好意に甘えてここに泊まることにした。
ルナが着替えるために隣の部屋に行ったのを見届けると、イシルは火のそばの椅子に腰掛け、溜め息をついた。
だって、ルナは父母を幼いころに亡くしていて今は一人暮らし。
家にはルナと俺しかいない。
ルナがどうしても、というからここに泊まることにしたが彼女だって一応年頃の女の子。
もう少し危機感を持ったらどうなんだろうか。
「はぁー……」
「溜め息ついたら幸せ逃げるわよ?」
見ると、ネグリジェのようなワンピースの上に薄桃色のガウン、という格好のルナが笑って立っていた。
どうやら着替え終えたらしい。
「誰のせいだと思ってんだか…」
やれやれという風に頭を振ると、ルナは自分を指差した。
「私? 私のせいなの? …今日は特に何もした覚えないんだけど」
「…まあ、いい。それよりこれ…ルナに返しておく」
そう言ってイシルが取り出したのは箱に入っていた古ぼけた紙。
つまり、ルナが焦がした紙である。
雨に濡れたせいで紙がふやけ、見るも悲惨な状態になっていた。
「あ…忘れてた。何かもう、焦げたり濡れたり、悲惨だね…この紙。……え?」
紙を受け取ったルナはそれを凝視し、ゆっくりとまばたきを繰り返した。
「おかしいな…私、疲れてるのかも。ついに幻覚まで見えるなんて……」
「…は? 幻覚?」
イシルが眉を潜めると、ルナはついっと紙を差し出した。
「さっきね、この紙に模様が見えた気がしたの。白紙だった筈なのに」
訝しがりながらもそれを受け取ったイシルは、まじまじとそれを見つめる。
「俺にも見える。凄いぞルナ…、きっとこれ、水につけたら模様が見える仕組みになってたんだ…」
「え、本当? 私の幻覚じゃないのね。ねぇ、その模様、何を表してるの?」
驚きながら、けれど嬉しそうな顔で言ったルナに向かって、イシルはもう一度溜め息をついた。
「何かの紋章だろな。けど…この紙の一部が焦げているせいで、詳しいことは分からない」
「……そんな嫌味っぽく言わないでよ」
ふくれっ面でイシルを見つめる。
「別に嫌味なんて言ってないぞ?」
「嘘。言ったでしょ?」
「言ってない」
「言った」
「言ってない」
「言った」
「しつこいな。言ってないって言ってるだろ」
「しつこいのはそっちでしょ」
「だから言ってないって」
「言ったわよ」
いつまでも続きそうなやり取りに終止符を打ったのは大きな雷の音だった。
突如として響く、大きな音にルナが飛び上がる。
「びっ……びっくりした……。もう、心臓に悪いんだから」
「そういえばお前昔から雷苦手だったな」
「別に……音消せばすむ話だし」
ルナは懐からロッドを取り出し唱えた。
「防音せよ」
ふっと音が途絶え部屋が静寂に包まれる。
ロッドをゆっくりしまったルナはあくびを一つして、言った。
「もう遅いし、私寝てくるね。おやすみー」