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ルキア

作者: 宗あると

 私がルキアに出会ったのは、冬の小雨が降る路地裏で、空き巣を確保して連行しようとしている時だった。

 背後に気配を感じて振り向くと、ルキアは見るからに寒そうな、半袖の黒のポロシャツとパンツを履いて、私に見たことのない形状の小型の拳銃のようなものを向けていた。

 寒さで体を小刻みに振るわせて、吐く息は白く、でも鋭い眼光で私を睨んで、ルキアは、その男を私に渡せ、と言った。

 次の瞬間、そうだ!やってみろ!と空き巣の男が叫んで、手錠をかけられたまま私から逃れようとしたので、私は男を壁に押しつけた。

 「動くな!」

 私が男に怒鳴って、ルキアから一瞬目を離した瞬間、ルキアは私の背後にまわり、私の後頭部に銃口をあてていた。

 この一瞬でどうやって?、と私が愕然としていると、ルキアは私の背中に左手をあてた。

 その瞬間、体験したことのない幸福感が全身を包み込み、私は空き巣のことなどどうでもよくなって、恍惚とした気分になって空き巣から手を離した。

 男は私が手を離した瞬間に走り出したが、ルキアがすぐさま銃のようなものを撃ち、男は呻めき声をあげて、ぐったりと倒れ込んだ。

 ルキアの左手が私の背中から離れると幸福感は消え失せて、私は正気に戻った。そして同時に得体の知れないルキアに恐怖を覚えて、私も拳銃を抜いて、構えた。

 「今、私に何をしたの?動かないで、その男には近寄らないで!」

 私が声を張り上げてルキアに言うと、ルキアは私の方を向いて、微笑みを浮かべた。

 ルキアは大きな眼で私を見た。美しい顔立ちをしていた。漆黒の髪が背中まで伸びていた。

 「この男は、あなたの追っている男ではありませんよ」

 ルキアはそう言って、私に男を見るように促した。

 私はルキアを視界に捉えながら男を見ると、驚いたことに男の顔が変わっていた。

 中年の男が若者に変わっている。背丈も中肉中背から、長身の細身になっていた。

 「どういうこと、、、?」

 私が驚きの目で男を見ていると、ルキアは男の方へ歩いていき、倒れ込んでいる男の側にしゃがみ込んだ。

 そして、左手に銀色の手袋のようなものをはめると、男の体に触れて、

 「確保しました。転送します」

 と言った。次の瞬間、男の体は光を放って、一瞬でその場から消え去った。

 私はもう何がなんだかわからず、とにかく銃をルキアに向けて構えていた。

 「なんなの?あなたは、何者なの?あの男は?」

 私の問いに、ルキアは悲しそうな笑みを浮かべた。

 「彼は、私達の世界で犯してはならない罪を犯しました。私は彼を追って並行世界を移動して、この世界に来た、あなたと同じ警察の人間です」

 「は?並行世界?」

 「私の世界では、犯罪というものはまず起きません。労働といわれるものは、すべてAIがしますから、人はみな好きなことをして、幸せに暮らしています」

 「なら、どうして警察があるの?」

 半信半疑のまま私は聞いた。小雨が髪を濡らして、髪を頬に張りつかせる。

 「私達の役目は、犯罪を取り締まることではなく、その予知です。街をまわりながら、サイキックのような能力で人の心を読み、犯罪を未然に防止します」

 「映画のマトリックスみたいな?それじゃあ、しくじったってこと?あの男が犯罪を犯したってことは」

 「まぁ、そうですね。彼は私達の同僚です。サイキックの能力は、警察の人間しか身につけることができないんですが、彼はそれを悪用しました」

 「何を、したの?」

 「いわゆるマインドコントロールです。公園の広場で遊んでいた数組の家族をマインドコントロールで全員自殺させました。小さな子供から親、老人まで17名を」

 「17!?そんなことが可能なの?」

 「彼は優秀な能力者でしたから。自分が犯罪を犯すことを気づかれないように、私達をマインドコントロールしていたんです」

 「それは予知できなかったの?予知できるなら、そんな人間、本来なら警察に入れないんじゃ?」

 「予知はあくまで予知ですから。彼の父親はとても有能な警官で組織のトップにいます。どこの世界にでもありますよね。身内には甘い。それに私達の世界は幸福で満たされていますから、犯罪を犯そうとしても、すぐに消えてしまうんです。そんな気持ちは。私達は予知はしますが、大抵見守っていると、犯罪の芽は自然と心から消えていきます。幸福な世界でそれをする意味はないですから」

 「じゃあ、あの男は相当な異常者だったのね」

 「突発的だったとしか言いようがありません。何が引き金だったのか。私も彼と何度か面談をしましたが、あそこまで大規模な犯罪を描いていることは予知できませんでした。それも、彼が私にそう思わせていただけの話なんでしょうけどね」

 「まぁ、こっちの世界でもそれは似たようなものだわ。一見普通に見える人がなんて、ざらな話よ」

 「そのようですね。あなた、ワタセ・ミキさん?」

 私は名前を呼ばれて、改めて銃口をルキアに向けた。

 「男が消えたから、作り話とは言わない。けど、あなたがその並行世界の警察という保証はない。彼が本当の警官で、あなたが犯罪者って可能性もあるわよね?」

 「信じてもらおうなんて思いません。この世界で、それは不可能に近いでしょう。私達の幸福の世界とはかけ離れていますから。幸福の度合いが。人を疑うことなんて、私達の世界では、まずありません」

 「そのせいで17人は死んだんじゃないの?平和ボケで。どの世界にだって異常者はいるのよ。そう考えるのが警察としての常識じゃないの?」

 「そんな悲しい目で人を見ることなんて、できませんよ。それに彼に自殺させられた17名も誰ひとりとして、彼を恨んではいません。死後の世界と繋がる能力者が、証明しています。ですので、彼を罪に問うことも私達はしません」

 「はあ?だったら、なんであの男を追って、あなたはここまで来たの?ほっとけばいいじゃない。罪にならないなら」

 「それは、、、」

 ルキアは言いかけて、視線を落とした。

 私は、何となく彼女の心を察した。彼女の悲しげな表情は、事件で家族を失った被害者のそれと同じだったから。

 「あなたの家族も、犠牲者なの?」

 私の問いにルキアは、静かに頷いた。

 「息子と夫と母を奪われました」

 「私なら、絶対殺してるよ、そんな男」

 「許さなきゃいけないんです。息子も夫も母も、私には復讐を望んではいませんから。それに、私も元の世界に帰れば、幸福感に満たされて、すぐに悲しみも癒えて、復讐心だって消えて無くなります。そういう世界なんです」

 「そんな世界のどこがいいの?裁かれるべき人間は裁かれるべきでしょ?」

 「あの男は、自分が裁かれないことを知っていました。だからあえて、この世界に移動したんです。私に復讐心を持たせる為に」

 「どういうこと?」

 「復讐心がなくなるのは、幸福の世界にいるからの話で、この犯罪だらけの世界に来たら、その平和な心を保てなくなります。あの男はそれを狙って、私に復讐させようとしたんです。お前も俺と同じ人殺しなんだよ、と私の心にずっと訴えてきてました」

 「こっちの世界でなら、あなたを自分と同じ穴の狢に出来るって?ますます殺したくなるわ」

 私が嫌悪を示すと、ルキアは悲しげに笑った。

 「それが普通なら、許される世界なら、きっと私もそうなっていたでしょうね」

 「まぁ、こっちでも、復讐でも人殺しは許されないけどね」

 「どちらが幸せなんでしょうか。普通に憎しみを抱けることと、家族を殺されても何もなかったように幸福に生きること」

 「わからないわ。憎しみを抱いて生きることが救いになることもあるかもしれない。それが生きる動機になることだってある。でも、幸せではないわね。自殺してしまうよりマシってだけの話ね」

 「そうですよね。やっぱり、幸せでなきゃいけませんよね。何が起こっても」

 「あの男はどうなるの?本当に何の罪にも問われないの?」

 「まぁ、さしずめ矯正施設行きでしょう」

 「なんだ。一応囚われはするんだ」

 「でもほとんど自由です。この世界の刑務所のような場所ではありません」

 「じゃあ、また同じことを繰り返すことだってあるでしょう?」

 「そうならないように、私がずっと見守ります。その為に彼を元の世界に帰しました」

 「はあ?何もあなたがやらなくても」

 「それが死んだ家族の願いでもあるからです。彼を救ってあげて欲しいって」

 「そんな願いある?あなた信じてるの、その家族の言葉が本当って」

 「死後の世界との繋がりは、こちらの世界とはまるで違いますから」

 「私には理解できない」

 「そうでしょうね。あなたもこちらの世界に来ればわかります。来ますか?」

 ルキアはそう言って、私に手を差し伸べた。

 私は一瞬迷って、でもすぐに首を振った。

 「遠慮するわ。私はこんな世界でも、この世界を愛してるから。あなたの世界の幸せが本当の幸せとは思えない」

 「そう言うと思いました」

 ルキアはそう言うと微笑んで、銀色の手袋をはめた左手を自分の胸にあてた。

 「じゃあ、私は元の世界に戻りますね」

 「あ、ちょっとあなた名前は?」

 「ルキアです。こちらの世界では、光という意味ですね」

 ルキアそう言うと、また微笑み、私に右手を振った。そして一瞬の閃光を体から放ち、その場から消え去った。

 「ルキア、、、ひかり、、、」

 私は呟いて、ルキアの消えた空間を見つめ、銃口をおろした。



 犯罪が起きても、幸福の世界では憎しみが生まれないから、罪には問われない。

 そんな馬鹿な話、本当なのだろうか。

 そもそも犯罪が起きないほどの幸福感をすべての人間がもてる世界なんて有り得ないだろうと、私は思った。

 AIがすべての労働を背負ったとして、何かしらの不平や不満は持つのが人間の性じゃないかしら?

 いまいち信用できない話だわ。

 私は銃をしまって、小雨の中を歩き出した。

 あの男に銃のようなものを向けたルキアの鋭い眼光は、復讐に満ちていた。

 この世界がルキアをそうさせたのかと思うと、少し悲しい気持ちになる。

 そこまで悪い世界だろうか。犯罪を追う立場の人間からでも、時々この世界は素晴らしく思えたりもする。

 今度ルキアと会うことがあったら、この世界の素晴らしさを見せてやろうかと、私は思った。

 まぁ、おそらく彼女の幸福の世界には、かなわないんだろうな、と思うけれど。

 でもそのせいで、17名を自殺させても罪に問われない。

 ゾッとする。と思いながら、私は冬の雨に濡れた体で歩き続けた。

 憎しみを持つことがなければ、人は幸せなのだろうか。

 それで平和な世界は保たれるのだろうか。

 被害者がすべてを許すことが出来ても、犯罪者は更生しないだろう。

 幸福の世界なんて夢は見ていられない。私は私の仕事をしなければ。

 私は濡れた髪を手でかきあげて、毅然と前を向いた。

 

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