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8 ほんとはね? ~名探偵登場~

騙らず、語ります。


 屋敷の前庭。

 物見高く集まる群衆から、少し離れた屋敷のすぐ入り口で。

 ロサ嬢に抱きしめられた、一人の少女の。

 マニの手から、水汲みの天秤棒――鉄柵の棒が、カラン、と落ちた。



 屋敷の大会議室に、四人はマニを連れてきた。

 力なく項垂れるマニは、ロサ嬢に手を引かれるまま、大人しくついてくる。


「ロサ、ありがとう。怪我はないか?」

「大丈夫よ、ナシー様。

 前に暴れ牛を大人しくさせたこともあるから、ぜんぜん平気!」


 ロサ嬢がにっこりと花咲く笑みを満開に、軽やかに武勇伝を語る。


 護衛達は、声の聞こえない壁際まで離れてもらい、リリアムが用意してもらったお茶をそれぞれに配った。

 マニの前にも、桃の香りが甘く華やかに匂い立つ。


「逃げなかったのは、マチャント商会長と護衛を殺すためでしたか。

 密室殺人を装ったのも、あの二人を殺すまでは、捕まりたくなかったからですね」


 俯き、顔を隠すライトブラウンの前髪の間から、マニが目線だけをアンダロに向けた。


「あなたはロビン=シィロック殿の御息女ではございませんか。

 一年前まで、学園に通っていらしたという」


「……どうして」


 小さく、喉の奥で低くうなるような声だった。

 項垂れていた顔を上げ、憎々し気にじっとアンダロを睨みつける。


「あなたが殿下を最初から『王子様』と呼んでいらっしゃったので。

 身体強化を学園で学んだあなたなら、鉄柵の棒で人の体を貫通させることも可能でしょう。

 鉄棒は、鐘の音を合図に、ヤンとチャーンの兄弟に明かり取りの小窓から差し入れてもらいましたか。

 あの二人なら組んでからの肩乗せで、小窓まで十分、手が届きます。

 鉄棒も、普段から借りているようでしたし。

 頼まれても疑問に思わなかったでしょう。

 そもそもあの二人、あの明かり取りの小窓が小代官の執務室に繋がっていることさえ、知らなかったのでは。

 そして、料理と一緒に持っていったテーブルクロスを体に巻き付ければ、返り血は服に付きません。

 顔は水差しの水で洗えばいい。

 その後、昼食のパンとスープと果物を、応接室の大振りの花瓶に捨てて、まるで食べた後のように偽って、空の食器だけを厨房へ。

 しばらくして後、何食わぬ顔をして花瓶を取り替えたらいい。

 僕たちが見た赤のシクラメン、ずいぶんと色つやも良くて新鮮でした。あれはもう、取り替えた後だったからですね。


 隠し扉なんて、最初から使われていなかった。

 そもそも、あなたは隠し扉があることさえ、知らなかったのでは」




      ◇      ◇      ◇




 大捕り物があろうとなかろうと、日々の仕事に遅滞は許されない。

 部屋の中で一人、執事が帳簿を書き込み、丹念にミスがないか確認している時。


「熱心だな、執事殿。少々、時間をもらえるか」


 ノックと共に、第二王子とアンダロがやってきた。

 第二王子からの招きに、執事に否やはない。

 すぐさま一室を用意し、二人と共に席に着いた。

 ロサ嬢とリリアムの姿はない。


 第二王子が、落ち着いたのを見計らって切り出した。


「ヴォールト執事殿は今回たまたま、執事長にまで抜擢されたが。

 先祖代々、王太子直轄領のこの小代官屋敷の使用人だと聞いている。

 補佐も兵士長も、不正の告発に大変助かった、たいそうな忠義者だと褒めていたぞ」

「恐れ入ります。

 お褒めいただいて恐縮ですが、そもそも私めの力及ばず、このような事態に。恥じ入るばかりでございます」


 硬い態度を崩さない執事に、それでも第二王子は追及の手を緩めなかった。


「そうか。力及ばず、か。

 ――では、どこまでなら、力を及ばした?」

「といいますと?」

「これはアンダロも、聞いてみないとわからない、と言っててな。

 どこまでが、執事殿の思惑通りだったのか、だ」


 第二王子の青の瞳、晴れ渡った、遮るものの何一つない空を思わせる空の瞳が、執事を貫いた。

 さらにアンダロの静かな、しかし確たる声が、追撃する。


「最初から、怨恨を示唆した兵士長を排し、賄賂増額による金銭絡みを提言しましたね。

 隠し扉も、本棚に近づくのを嫌っていたと証言したのも執事殿でした。

 隠し通路を隠そうとするなら、小代官殿は西側通路に通じる絵画にも、近寄らないように命じるのでは。

 仮に本当にそう命じてあったとしても、それは隠し扉を隠すためではなかったでしょう。

 そもそも、小代官殿も商人殿も誰もが、隠し扉のことを知らなかったのではないかと、僕は思ってます。おそらく、屋敷に勤める他の使用人たちも。

 あの隠し扉、薄暗い執務室に入り、本棚を調べなければわかりません。

 外から見ても、隠し通路があるかどうか、わかりませんでしたからね。

 先祖代々、この小代官屋敷の使用人を務める執事殿は、ご存知だったでしょうが」


 わずかに、執事が身じろぎした。

 一度目を伏せた後、意を決したように顔を上げる。


「たしかに、小代官殿はご存知ありませんでした。

 ご存知であれば、隠し通路の前に、衛兵を立たせていたでしょう。

 そういうお方でした。

 おっしゃる通りでございます。

 小代官様の殺害に、あの隠された扉は使われておりません」


「なるほど。

 あとは、事件前後から見える状況が決め手です。

 マニ嬢の、一目見ればわかる苗字を、わざと省略して雇い。

 頼まれたからと、侵入者防止の鉄柵の一本を簡単に渡し。

 事件後、事件のあったすぐ隣の部屋の花の入れ替えを許可し。

 テーブルクロスを一枚、孤児院に寄付したそうですね? しかも、まだら模様になるほど汚しに汚したテーブルクロスを。

 そして、ホールで商人殿と話していて、護衛がいたかどうか覚えていない、と。

 執事殿、あなたはずっとマニの言ってくることを叶え続け、そしてマチャント氏が犯人であるかのように、ずっと証言し続けた。


 及ぶ限りの力を尽くした、結果が今です。

 教えてくれませんか、どこから、思惑があったのでしょうか」




      ◇      ◇      ◇




 ありがとうアンダロ、真相がわかって助かったぞ。

 亡くなった小代官の件もシィロック商会長たちの件も、きっちり報告して、後は兄上に任せるさ。

 ただまぁ、事が事だからな、死罪は免れないだろう。

 甘い汁に味を占めてしまった奴を放置してると、もう一度、を期待するだけじゃなくて、再現しようと要らん努力をし始めるからな。

 そしてあの二人。

 本当に、真相がわからなかったら、危うく見過ごすところだった。

 まったく、信賞必罰、理想だが難しいものだ。

 後は彼らの処遇だな。

 キーパー侯爵家と学園には俺からも口添えするから、頼んだぞ。



第八話 「ほんとはね?」 ~名探偵登場~

                    end.




ロサ嬢の、熊ぶち抜いたり、暴れ牛抑え込んだり、身体強化にもほどがあるのでは、というそこのあなた!

なろう乙女ゲーのヒロインちゃんとか追放聖女様は、国全体を結界で守っちゃったり、国の魔獣戦線を一人で支えちゃったりするような規格外なんですよ?

それに比べたら、熊一匹ぶち抜くのも、暴れ牛一頭抑え込むのも、大したことありませんよ!

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前作「癒し手の偽り ~おお、悪役令嬢よ、死んでしまうとは情けない~」
https://ncode.syosetu.com/n7095ie/
神殿関連の御伽噺(恋愛短編)
https://ncode.syosetu.com/n6038ii/
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