5 戦慄のランチタイム ~落とすな、落とすなよ!? フリじゃないからな!~
お皿とか盛り付けを華やかにしたら、普通の料理がよりおいしそうに見える、のは認めますが。今回はあえて、ということでお願いします。
正午の鐘がなったことで、第二王子一行も一旦昼休憩となった。
なお、食事は領軍兵舎からの持ち込みである。
少々固めの丸パンと、新鮮なチーズとベーコンという、携帯食じみたものになったのは、兵舎の食事係が用意したからに他ならない。
食事の持ち込みは、小代官屋敷に、一行――第二王子たち四名と王族の護衛十五名、神殿騎士四名――二十名以上と、調べに来ている領軍兵士という、大人数の昼食を急に用意しないで済むようにという配慮と。
小代官が殺された場所で、さらには第二王子が毒殺されないように、との密かな配慮でもある。
そして過度に格式張らず、との第二王子の強い希望で、簡易食堂での食事となった。
しかしながら、せめてこれぐらいは、との執事の懇願により、毒見済みの茶が屋敷から供され。
年嵩のメイドがワゴンの上に臥せられたテーブルクロスを持ち上げ、片方の端を掴んだまま、熟練の手際で一気に広がるように放り投げた。
目の前に広がる、深緑の生地に赤、黄色、オレンジと、さまざまな色合いのダリアの花が刺繍によって咲き乱れる、これでもかと華やかさを演出するテーブルクロス。
そして給仕の者たちにより粛々とワゴンから配膳される、妖精の造形をしたティーポット、花を模したティーカップ、小粒の宝石の花冠が飾りの銀のティースプーン。
最後に、金の縁取りに黄花の大輪が描かれた豪華絢爛たる絵皿が、目の前に静々と差し出された。
「あれだ……兵舎から持ってきた、パンとチーズとベーコンが、浮くな」
この豪奢な食器の上に置くのか、この普通のパンを。いや、普通にうまいから良いんだけどな、と第二王子が小さく呟く。
呟いて、何の変哲もないやや硬めの丸パンに切れ目を入れて、チーズとベーコンを挟み込む。
そして、目にも鮮やかに華麗に咲き誇る大輪の黄花の上に、そっと置いた。
「……いや、うまいからな、本当だぞ」
ただちょっと食器との差がな、と誰ともなしに言い訳する第二王子。
「チーズとベーコン、シンプルですが鉄板の組み合わせかと。
食材は奇をてらうよりも、外さない方が良いと思います、が」
食器とメニューの組み合わせが奇をてらって外してますねと、アンダロも小声で呟く。
「故小代官様の趣味でして。
食にはこだわらない方でしたが、食器、調度品、装飾品にはたいそう重きを置いておられました」
「ん? 賄賂で美食や贅沢三昧、じゃなかったのか。
ちなみに、当日の昼ってなんだったんだ?」
困惑した声の第二王子に、執事はあくまでも生真面目な顔で給仕する。
「パンとスープ、あとは新鮮な果物でございました」
「本当に、意外と粗食だったんだな」
値段を考えたくもない食器類を見ながら、第二王子は素直な感想を口にする。
「……蓄財に傾いていた方だったのです。
それゆえ、最初の頃は清貧にさえ見えました」
「あぶく銭ではっちゃけた、というわけか」
それダメなやつー、とどんよりとする第二王子の横で。
「む、無理、これ使うの無理……。
え、やだ、壊したらどうしよう」
持ったら壊れないかな、と半泣きになってるロサ嬢がいた。
向かいに座るリリアムも。
「コルチカム家で、お嬢様にご用意する時はそういうものだと思ってましたが。
人が使うのと、自分が使うのとでは、こうも違うのですね……。
リリアム様、どうしましょう。
このお皿やテーブルクロスの上に、パンくずなんか落とせません」
今からでも給仕側に回って、使用人部屋で食事してきてもいいでしょうかと、怖気づいたセリフを口走っていた。
ちなみに、リリアムの横の席をアンダロが譲らなかったため、リリアムの横にはアンダロが、ロサ嬢の横には第二王子が座っている。
「まかり間違っても、身体強化なんてかけちゃだめだからね、わたし!
その瞬間、パキッ、よ、パキッ……言うんじゃなかった、やりそう!
なんで口に出しちゃったのわたし!」
「スープがなくて良かったと思ったのですが。
お茶、液はねしませんか。
手が震えてこぼすぐらいなら、もういっそ、飲まなくても」
「あの、お嬢様方、少々、よろしいでしょうか」
咳払い一つして、執事が挙動不審な二人に声をかけた。
「ご安心ください。そう簡単に割れるものではありません。
床に落としたり、叩きつけたりしなければ、大丈夫です。
テーブルクロスも、多少汚れた程度なら、洗えば落ちます」
第二王子と侯爵家三男の連れの女性が、どうやら身分がそれほど高くないことに、ようやく執事は気が回った。
思えば、第二王子が再三言っている、「気軽に」「構えなくていい」というのは、この二人を慮ってなのかと思い至る。
「よしんば、テーブルクロスが汚れたとしても。
先日、どうにも汚れがひどく、泥汚れやシミが落ちないテーブルクロスを一枚、処分したのですが。
煤払いの後を拭ったり、散々使い倒した後、再度洗い直して、孤児院に寄付致しまして。多少マダラだろうと、色がおかしかろうと、シーツに使えると大変に喜ばれました。
よしんば、絨毯にお茶をこぼされても。
以前、これも古く、どうにも汚れて小代官屋敷に相応しくないと判断された絨毯を、孤児院に寄付致しました。冬の寒さがしのげたと、たいそう評判が良うございました」
執事は一礼し、顔を上げて柔らかく微笑み。
「どうぞ、お気を楽にしてくださいませ。
孤児院への支援は、小代官屋敷の責務でございます。
支援品が増えれば、喜ぶ者もおりましょう」
「はい、ありがとうございます!」
ようやく、二人はティーカップに手を伸ばした。
ほっとしたように頬を緩ませる二人に、執事も胸をなでおろす。
田舎とはいえ、王太子直轄領である。
来たのは王太子ではなく、第二王子ではあるが。
小代官の汚職、ある意味、王太子の顔に泥を塗る所業に、どのような処分が下されてもおかしくはない。
汚名返上に寄与できるよう、執事は全力で、一行をささやかながらも歓待した。
食事が一旦落ち着き、四人がお茶で一服する中、アンダロが口を開いた。
「この後ですが、屋敷の裏に行きませんか。
隠し通路が外から見てわかるか、確認したく」
「うん、いいぞ。
あと、噂の商人、マチャント氏も召喚しているから、来たら呼んでくれるか。
その時に、トゥルス魔法官に、少々頼みたいことがある」
第二王子がゾルシャ兵士長に紹介を頼む。
トゥルス魔法官は『真実を告げる魔法』の使い手だ。
小代官から兵士長、そして魔法官へと下された命令に従うしかなく、「魔法真偽の裁定」の度にかなり嫌がっていたという。
本人は保有魔力の多い、『真実を告げる魔法』を日に二回も行使できる優れた魔法官であるのだが。
「殿下、何をなさるおつもりでしょうか。
これ以上、トゥルス魔法官に心労をかけたくないのですが」
眉間に縦皺を作り、渋い顔で兵士長は答えた。
トゥルス魔法官はここしばらくの魔法の悪用のせいで、領軍を辞める相談にまで発展していたらしい。
ただ下手に辞めると、それこそ小代官に囲い込まれそうだったため、本人の身を守るためにも、領軍所属であり続けたという。
「いやなに。小代官は亡くなっただろう? ある意味、そそのかした張本人が亡くなったんだ。
なら商人には、悔いる気持ちがあるのなら、自首する機会も与えてやらないと哀れだろう」
だから頼むと、第二王子は言葉を重ねた。
「トゥルス魔法官は一日に二回、使える実力者だったな。
少々、仕込みたいことがあるのと。
今までの忍耐に報いたい」
昼食を終えると、第二王子たちは食後の散歩とばかりに、小代官屋敷の北側、屋敷の奥へと向かった。
屋敷から出て外から奥へと向かい、しばらく歩いていると井戸があり、その近くに人がいた。
十歳前後の子供二人と、第二王子たちと同じ年代のメイド姿の娘が一人。
空の水桶が三つ、四つ目は今、娘が井戸から汲んだ水を注いでいる所だった。
「あ、きんいろの人だ、ねーちゃん、エライ人が来たよ~」
「お、王子様!? あっ、ほら、あんたたち、頭下げ……指ささない!」
娘の方が軽く悲鳴を上げて。
桶をひっくり返す勢いで膝をつこうとするのと、子供二人の第二王子への指さしを止めようとするのと。
同時に行おうとして、結果、娘は子供たち諸共、盛大に転んだ。
「ええと……大丈夫、じゃないな。ああ、いいから、落ち着いてくれ。
先触れもなく来たこちらが悪いんだ、そこまで畏まらなくてかまわない」
第二王子は近寄らないまま離れた所から声をかけ、慌てて立ち上がろうとする娘を、手を振って押しとどめる。
その間に、ロサ嬢とリリアムが、恐縮しまくる娘を立たせ、子供たちの服に着いた砂を払い、落ち着かせた。
なお、アンダロはリリアムから目で止められ、第二王子の横に侯爵令息然として立っているしかなく。
第二王子は言わずもがなである。
ロサ嬢が笑顔で話しかけ、名前を聞き出した。
ライトブラウンの長い髪を後ろで一括りにした娘はマニと名乗り、子供二人は兄弟でヤンが兄、チャーンが弟だという。
メイドは屋敷住まいだが、子供二人は水汲みの代わりにパンを家に持ち帰るという、通いのお手伝いだという。
「マニ。……あ、小代官に昼食を運んだメイドは君か」
第二王子が思い当たると、娘はびくっと肩を震わせ、恐る恐る探るように目だけを向けてきた。
「はい、そうです。その……兵士様たちに話した通りです。
お昼を持って行って、食器は厨房へ返しました。
怪しい人とか、特に何も見てません」
すでに何度も聞かれているのか、マニは第二王子が何かを言う前に申告してきた。
「そうか、災難だったな。
最後に会ったのが君だから、何も聞かないわけにはいかなかったんだろう……ところで、ここでは何を?」
「ねーちゃんに、水汲んでもらったー」
「いつも手伝ってくれるんだぜ!」
マニではなく、子供二人が元気よく、空の桶と鉄の棒を指さして答えた。
言葉遣いに慌てるマニを、再度、ロサ嬢が肩を軽く叩いて、笑顔で安心させる。
「その鉄の棒は?」
アンダロが、桶はともかく鉄の棒? と疑問を投げかける。
両腕を広げたぐらいの長さで、端の片方は尖っており、もう片方の端はボロ布で縛ってあった。
「半年前、門の侵入者防止の鉄柵が折れて壊れた時、執事様に頼んでもらってきたんです。
ぎざぎざの端っこは危ないから布で縛って。
えと、水桶は重いから、こうやって使ってます」
今度はマニが、代わりに答えた。
水桶の持ち手の部分に棒に通して、尖った端の方をヤン、もう片方の布の方をチャーンが持ち、実演してみせる。
「こうしたら、子供でも一度に運べますから。
でも、運ぶのはともかく、井戸から水を汲むのは大変なので、居合わせた時はいつも手伝ってます」
「あ、わかるわ。水を汲むのって大変よね」
元は孤児だったロサ嬢が、大きく頷いて同意する。
他にも、棒は木の上にひっかかった洗濯物を取るのにも、便利だという。
たまに棒を借りるので、お礼を兼ねての水汲みでもあるらしい。
「あ、じゃあ、今はわたしが汲むね!
身体強化があると、すっごく楽に汲めるのよ」
止める間もなく腕まくりして、桶を拾って井戸へと向かっていく。
「身体強化の魔法って、学園に入ったら、そっち向きの人は真っ先に教えてもらえるの。
半年ぐらいですぐ覚えられるんだけど、逆に、覚えないと危なくて」
あっという間に汲んできたロサ嬢が、水桶を地面に並べる。
「危ない? 便利じゃないか、なにが危ないんだ?」
第二王子が、純粋に意味が分からず聞き返す。
王族、貴族しか周りにいない環境だと、ほぼ全員が強大な魔法を使えて当然という状態なため、ロサ嬢と『常識』が違う時がよくあるのだ。
「例えば、今みたいに水を汲もうとして、身体強化かけようとすると。
知識がないと、魔力の節約って思って、手とか腕「だけ」を、強化するの。
そうすると、関節は強化されてないから。
こう、振り回した腕がぶちっと、とか、関節からぼきぃっ、とか」
「突然のスプラッタ! って、ロサは大丈夫だったのか!?」
予想以上の惨劇報告に、第二王子が今さらな心配をする。
「わたしはそういう、一部だけとか、器用なことができなかったから。
前から我流でやってた時も魔力は余ってたし、えいやってしてたら勝手に全身を強化してたみたいで、大丈夫だったの。
心配してくれてありがとう、ナシー様!」
ロサ嬢の花咲くような笑顔は、そこにだけ光が差したかのようだった。
安心して良かった良かったと笑う第二王子と、頬を染めて笑うロサ嬢。
「熊のお腹も素手でぶち抜けるから、狩りは任せてね。
どんなことになったってナシー様を養えるから、安心して!」
「そうかっ、頼もしいな、ロサは!」
アンダロは二人に背を向けて、娘に向き直った。
「ところで、マニ嬢はこの井戸になんの用があったのでしょう」
「水汲みです。あの、食堂のお花を変えるので」
見ると、別の水桶にピンクのシクラメンの花束があった。
「そういえば、応接室の赤のシクラメン……あれも、変えたものですか」
「はい、もちろん。萎れてきたお花は、変えないといけませんから」
マニが当然とばかりに頷く。
そうしてると、子供たちが笑いあっているロサ嬢の腕を引っ張り始めた。
「ねー、水汲んでくれたお礼に、りんご、取ってあげる。ちょっと来て!」
そう言って向かった先は、完全に屋敷の裏手だった。
ちょうど、執務室の真北に当たり――明かり取りの小窓が見えた。
執務室の外の、少し離れた果樹は赤い実を付けていた。
もう下の方に生っていたのは取られた後なのか、それなりに上のほうにしか残っていない。
ヤンがチャーンを肩車したまま樹に両手をつき、チャーンが肩車から、肩に足をのせて両足で立つ体勢に移り――そこからするすると、枝に足をかけて木の上に登って行く。
チャーンが上に生っているりんごを落とし、ヤンがそれを受け止める。
降りてくるのも、見事なものだった。
危なげない動きではあったが。
第二王子たちはチャーンの足が地面につくと、詰めていた息を吐いた。
差し出してくるりんごを受け取りながら、第二王子はヤンの頭を撫で。
「ありがとな。お前も、前は木登りが上手かったんだろう?
今は弟が登って取ったが。お前はもう大きくなって、登れなくなったか。
だがな、弟も一年も経てば、今のお前と同じぐらいの大きさになるぞ。
登った枝が折れるようになる。
いつまでも小さい弟、ではないからな。
約束だ、木登りは今年までだ。
来年からは、執事長から梯子を借りてこい。きっと、貸してくれる。
それからもっと大きくなって――そうだな、あの明かり取りの小窓に、背伸びしたら届くぐらいにまで大きくなったら。
よく考えて、それでも登りたかったら、登ればいい。
いいか、約束だぞ」
ヤンが、弟が大きくなる、に今気が付いた、と地味にショックを受けている間に、一行は手を振って別れた。
「あれほど怖かったのは、ちょっと最近では覚えがないな……」
いつ落ちるか気が気でなかった、と、全員で無事でよかったと安堵のため息を吐きながら、歩を進める。
そして、アンダロが隠し通路のある付近まで近づいたが。
「明かり取りの小窓、こちらはありませんね。
塗りこめた風でもありませんし、これは、元から無かったということですか。
外からだと、隠し通路があるとはわかりませんね」
隠し通路の外壁は、普通の石壁であった。
塗りこめた跡もないため、左右対称ではなく、最初から東にだけ明かり取りの小窓を開けたのだろう。
「よし、じゃあ、戻るぞ。
そろそろ、噂のマチャント商会長が来る頃だろう。
護衛も一緒に来るように言ってある。
……本当のことを、言ってくれれば良いんだがなぁ」
第二王子はそう言って、屋敷に戻るよう足を向けた。
◇ ◇ ◇
裁定は終わったのだ、大人しく諦めれば良いものを。
司法庁へ着いたとしても、司法官も魔法学者も、無料では動かん。
財産は没収した、司法庁へあがなう金銭もないはずだ。
司法庁直属の衛士を動かすにも金銭が要る。
先立つものが無いのだ、行くだけ徒労だろうに。
いや、家族がいるか。
たしか、この町とは別の所に住んでいると言っていたか。
ふむ……妻の実家に頼られても事だな。
やれ、マチャントの奴に一言伝えておくか。
まったく、面倒な。
小代官の身分では、大っぴらにごろつき一人、雇うこともできん。
執事の奴め、なにが王太子直轄領だ。
こんな田舎に、王太子も何もないだろう。
せいぜい誇りを守って、一生、地べたを這いずり回っているがいい。
第五話 戦慄のランチタイム
~落とすな、落とすなよ!? フリじゃないからな!~
end.
◇ ◇ ◇
登場人物紹介
ライア=トゥルス魔法官 (←NEW)
「真実を告げる魔法」の精神魔法の使い手。
作中ではきっとトゥルス魔法官としか呼ばれない。
名前は嘘と真実の英語由来。
マニ(若いメイド)(←登場は初)
メイド、雇われているので、マネー(お金)から。
小代官にお昼を持っていったメイドさんです。
ヤン&チャーン (←NEW)
水汲みの子供で、木登りの名人。ヤン(兄)、チャーン(弟)。
通いなので、屋敷内に入ったことさえありません。
~以下、既出キャラの復習~
ゾルシャ兵士長
セイフ=ヴォールト執事
アントニオ=マチャント(マチャント商会)
賄賂疑惑の商会。
ロビン=シィロック(シィロック商会)(Shylock商会)
一年前に『真実を告げる魔法』で裁定された商会。
今はもはや無いらしい。
ジョー=ダウト小代官(故人)
ロサ嬢、前作で、本気で駆け落ちする気だったので(今でも)。
いざという時は、第二王子を養う気でいます。




