4 さよなら密室、こんにちは隠し通路 ~壁抜けとかバグ技か!~
サブタイからの密室の出オチーーー!
右奥の、猫か鳥ぐらいなら通れる程度の小さな明かり取りの近くにいたアンダロが、第二王子に声をかけた。
「殿下、本棚が少々、不自然です」
渡された表に目を通していた第二王子が顔を上げた。
見ると、右奥にいたアンダロが、いつの間にか魔法を使って、天井付近に浮いている。
明かり取りの開口部分は、背の高いアンダロが手を伸ばしてぎりぎり届くかどうかの所にあった。それが今では覗き込めるぐらいにまで、宙に浮いている。
アンダロは再度、浮いたまま壁の中央から左側を埋める本棚を指し示した。
「上から見たら、すぐ分かります」
言われて、第二王子は執務机の前で指輪型の発動体を閃かせると、アンダロと同じように床からその体を宙に浮かせた。
上から見ると、確かに一目で分かった。
今までは、中央から左壁は、本棚が前にせり出しているように見えていた。
ロサ嬢の光球も無ければ、薄暗さも手伝って、分厚い本棚、重厚な本棚、としか見えなかっただろう。
しかし上から見れば、本棚自体は薄いのが見て取れ、壁自体が前にせり出しているのが分かった。
(下図:せり出した壁の前に本棚があります!!!)
壁の中央付近 壁の右側(上に明かり取りの窓)
________
せり出した壁 | |
____」本|
本棚 本棚 棚|
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
地上に降りた第二王子は、アンダロと顔を見合わせ。
「どう見ても、隠し扉ありそうじゃないか」
「隠し通路を探しましょう」
意見が合った。
ゾルシャ兵士長が執事を振り返ったが。
「使用人は、おいそれと執務室には入りません。
掃除は当然しますが、先ほども申し上げた通り、故小代官様は本棚に人が近づくのを嫌っておりました。
なので、最低限しか近寄らず、掃除のメイドも隠し扉の存在は……。
少なくとも、私めのところには報告は上がっておりません」
兵士長と執事の話を背後に、第二王子は本棚をじっくりと眺め見た。
『精神魔法の使用』 『真実を告げる魔法の欠陥』
「状況証拠で十分だ!」
目に入った本の題名に、思わず拳を叩きつけたくなる第二王子だった。
第二王子が本を睨みつけている間に、アンダロが本棚の飾りのように見せかけられた『取っ手』を見つけた。
明るくなければ、やはり見つけにくかっただろう。
「これですね、開けます」
アンダロが本を崩さないようにゆっくりと引くと、意外にあっさりと隠し扉は開いた。音もほとんど立たず、普段から使われていてもおかしくないスムーズな動きである。
しかしながら。
上に堆積していた埃が、開けたアンダロの頭の上に容赦なく落ちてくるのは予想しておらず。
「うっわ……だいじょうぶか?」
恐る恐る聞いてくる第二王子に、頭から埃を被ったアンダロは緑の目を細めて見返した。
「見ての通りですが。
とりあえず、隠し通路ですね。
そこの明かりを持ってきてください」
ぽっかり開いた暗い隠し通路を前に、埃で白くなった頭を一振りして払い落した後、アンダロが執務机の上にある照明の魔道具を要求した。
したが、兵士の一人が駆け寄り、明かりを持って、アンダロの代わりにそのまま通路に入って行く。
アンダロが兵士長を振り返った。
「さすがに、これは我らが仕事ではないかと。
何があるかわからないので、一番手は譲ってください」
王族に、宰相の息子が、なんでこんなに腰が軽いんだ、と兵士長が軽く頭を抱える。
仮に隠し通路の先に危険があって、二人のどちらかでも傷を負えば、兵士長の首が物理で飛ぶ――飛ばないかもしれないが、飛ぶかもしれない。
兵士長はこんな偵察程度のことに、自分の首(物理)を賭ける気はなかった。
中に入った兵士は、それほど時を置かず戻ってきた。
「西の通路に出ました。絵画が扉になっておりました!」
報告して去っていく兵士に礼を言い、兵士長は第二王子一行を振り返った。
「ホールの左(西)側に扉がありまして。
そちらからの通路と繋がっていたようですな」
「そうか。では、これで密室ではなくなったな!」
小代官が人が近づくのを嫌ったというのはこれか、と。
晴れ晴れと第二王子が喝采を上げる。
「これで、『なぜ』『誰が』『どうやって』の目星がついたな。
執事殿、商人とならず者、じゃない護衛は、すぐに帰らずホールで話していたんだったな。
護衛はずっと一緒にいたか?」
「ええと、どうでしたか。
マチャント商会長とは、値段交渉で話し込んでおりましたから。
護衛の者がずっと一緒にいたかまでは。
途中で離れても、気づかなかったかもしれません」
問いかけに確たる返事を返せなかった執事が、目をさ迷わせて不安げに第二王子を窺い見る。
「そうか、まぁ、仕方ない。
そんなにはっきりと覚えているものでもないしな。
とりあえず一旦、この部屋を出ようじゃないか。
見るべきものは見た……見たくなかったがな!」
執事の不安げな視線をあえて気にせず、第二王子は、王太子直轄領の小代官の、汚職の証拠、と肩を落とした。
気にしていないと、全身で伝える第二王子の様子から察した執事が、ほっと肩の力を抜いて緊張に強張った顔を緩ませた。
執務室にはそれなりの人数がいたが、第二王子の声に応じて外へと足を向ける。
そして小さなアーチ状の入り口から一歩外に出ると。
――ン コロン カラン コロン!
鐘の音が、うるさいほどに耳を殴りつけた。
「うわ、うるさっ!? ……ああ、正午の鐘か、聞こえてたか?」
第二王子が眉を顰めながらも、まだ後ろにいたロサ嬢を振り返る。
リリアムと腕を組んでいるロサ嬢が、大きく首を横に振って否定している、その声が。
部屋の外にいる第二王子の耳に、ささやき声ぐらいにしか聞こえてこない。
「防音の陣、か」
城にもよくあるやつか、と第二王子は呟いた。
一歩執務室に戻ると、鐘の音は驚くほどに小さくなった。
人と話していれば、その声で打ち消されるだろう。
そして一歩、執務室を出れば。
応接間の、色鮮やかな絵画に豪華な調度品、広いローテーブルの上の大振りな花瓶に活けられた赤いシクラメンの花――それら絢爛たる色の洪水に張り合う、大音響の鐘の音。
「この屋敷のすぐ南の広場に、鐘楼がありますから。
うるさいのは仕方ないのですよ」
慣れている兵士長は、肩をすくめて説明する。
音も色さえも騒がしいほどの応接室と。
ロサ嬢も出てきたために光球も消えた、薄暗く音も伝わらない執務室。
第二王子は、応接室から執務室を振り返った――誰にも知られず暗闇の中でひっそりと、悲鳴さえも伝わらず。
自らの行いの結果、死んだことさえ気づかれなかった小代官。
「屋敷の衛兵さえ、応接室の外で警備をさせて。
聞かれてはならない話、という自覚があったのだな。
――王太子直轄領でその所業、許されると思うなよ」
◇ ◇ ◇
そろそろ、持っている営業許可証がニセモノだと、シィロック商会に伝わった頃か。
では、じきにマチャントの奴が申し立てしてくるな。
うむ、魔法真偽裁定の用意をせねば。
『その営業許可証は本物か?』
たった一言、そう告げるだけで良い。
それで、あの商会の財産は没収だ。
新参の商会だ、庇う者もいまい。
……そうだ、マチャントの商売敵が、また一つ減るのだ。
秤の重さが、前より重くなってもおかしくないな。
よし。
――ああ、今まで煩わしくて仕方なかった申し立てが。
これほど待ち遠しいものになるとは、思いもよらなんだ。
第四話 さよなら密室、こんにちは隠し通路
~壁抜けとかバグ技か!~
end.
◇ ◇ ◇
登場人物復習(新キャラ追加無し)
ゾルシャ兵士長
セイフ=ヴォールト執事長
アントニオ=マチャント
コインマークの賄賂商人の疑惑がかけられている
シィロック商会(Shylock商会)
最近潰れたらしい商会。
マニ
お昼を持っていったメイド。
雇われてるので、マネー(お金)から。
ジョー=ダウト小代官
故人
毎回、登場人物紹介うぜぇ、という方もいらっしゃるかと思いますが。
作者特権で、書き込ませていただきます。
――全員が全員、人の名前をすぐに覚えられると思うなよ!!!(特に現実で)
もうほんと、現実の人の頭の上に、名前表示が出る世の中になってくれないかな……。