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3 うそはほんとで ほんとうそ  ~だから欠陥魔法なんだってば~

殺人現場に戻ります。現場からは以上です。


 アーチ状の小さな扉だけが出入り口の執務室。

 右奥の天井近くに開いた、猫か鳥なら入れる程度の小さな明かり取り部分から、柔らかな光が差し込む。

 正面奥の壁は中央から左端まで本棚で埋め尽くされ、光源の少なさは恐らく書物を守るためだろう。

 そして小代官ジョー=ダウトは、部屋の中央付近にある執務机に突っ伏すように殺されていたという。

 第二王子は、改めて執務室を見回したが。

 あまりの薄暗さに、机の上にあった照明具を早々につけた。

 本に明かりは毒だが、こう暗くては見えるものも見えない。


「任せて! 四つぐらい飛ばすねっ」


 ロサ嬢が呪文を唱え、発動体の腕輪をはめた右手を一気に払うと、その細い指先から真白の光球が四つ、飛び出した。そのまま光球は天井近くを漂ったあと部屋の四方に飛び散って部屋の隅々まで照らし、執務室は昼間の屋外並みの明るさになる。

 光球四つの同時並行の鮮やかな手並みに、リリアムが尊敬の視線を向けた。ロサ嬢がにっこりと花開くように笑み、右手をぐっ(護衛は任せて)と握りしめる。

 なお、左腕はがっちりとリリアムと組み、何が何でも離れない気概が見て取れた。


「それで、この机の上に倒れていた、か。

 背後は本棚だな」


 第二王子は机に近寄り、妙に立派な黒檀の足台の横で、本棚を仰ぎ見た。

 本棚と机は五、六歩ぐらい離れており、壁の右側と左右対称ならば、この背の高い本棚の後ろに、明かり取りの小窓が隠されているか、と考える。

 第二王子が本棚を仰ぎ見ていると、アンダロが何か気になったのか、右奥の明かり取りのある壁際に寄って行く。

 兵士長が渋面で言いにくそうに口を開いた。


「その倒れていた小代官殿が、死の直前まで見ていた書類なんですがね。

 血塗れになってしまいましたが――これが見事に、賄賂のリストでして」

「賄賂」


 本棚を見ていた第二王子が、顔を戻して真顔で兵士長を見やる。


「本官も、そこまで清廉潔白というわけではないですので。

 しょせんは小さな町ですから、ある程度の付け届けぐらい、目こぼししますよ。

 それでも。ある程度、を越えた賄賂はダメでしょう。

 ――それも、司法を肩代わりするような小代官が」

 

 吐き捨てるように、兵士長が小代官の執務室に低い声を落とした。

 そこの立派な足台も賄賂の一つですよ、と忌々し気に付け加える。


「その相手は分かっているのか?」

「予想はついてますよ。ただし、残念ながらリストに明確な名前は載ってませんでしてね。

 金額と、『贈り物』と、後はナイフとフォークのマーク、金づちのマーク、コインのマークとか。

 そのマークが相手を示してるんでしょうが、明確な証拠、にはなりませんな」


 現在調査中ですと、首を横に振り、兵士長が肩を落とす。


「頻繁に賄賂があり、金額も高いのがコインのマークの相手でしてね。

 まだ証拠足らずのため、拘束に至っていません。

 が、逃がすつもりはありませんので、兵を張りつかせております。

 書類の詳細については小代官補佐か、執事殿が詳しいでしょう。

 ああ、来ましたな」


 一般兵士がアーチ状の小さな扉を開け、真っ白な髪を後ろに撫でつけた、小代官屋敷の執事服を着た老爺を案内してきた。

 第二王子の、王族の中でさえも目を引く輝かしい『金髪』と、父王譲りの澄み渡る空を映す『青の瞳』を見て。

 王太子直轄領の小代官屋敷を取り仕切る執事は、背筋をまっすぐに伸ばし、やや不安げな表情を浮かべながらも、はっきりと口を開いた。


「小代官屋敷の内向きを取りまとめる執事長のセイフ=ヴォールトと申します。

 お初にお目にかかります、王太子殿下――」

「執事殿!」


 慌てて、ゾルシャ兵士長が大声で遮った。


「こちらは、ナッシンバット=シンボリック=アル=ナシィオン第二王子殿下で!」


 瞬間、執事は兵士長に顔を向け、また、第二王子に向け、振り子のように交互に見やった。

 兵士長がおもむろに、懐から『第二王子派遣』の命令書を取り出して名前部分を指さす。

 執事は額に脂汗を滲ませながら、命令書の名前部分を凝視した。


「た、大変失礼致しました。第二王子殿下におかれましては――」


「ああ、よろしく頼む。

 王太子直轄領に、王家の紋を背負ったのが来たら、王太子(兄上)と間違えても仕方がない。

 そう気にしないでくれ。

 ちょっと今、兄上は派閥の再編成で動くに動けない状況でな。

 代わりに俺が頼まれて来たんだが、まだ学生の身であるし、しょせんは妾腹の出だ。王太子(兄上)とは格が違う。

 そこまで畏まっての挨拶は、無しにしてもらえるか」


 執事の口上を遮り、気軽に頼む、とフランクに言う第二王子。


「それで聞きたいことがあるんだが、執事殿」

「はい、なんでございましょうか。

 私めで答えられることでしたら、どのようなことでも」


 呼びかけられた執事は先ほどの醜態が嘘のように、姿勢を正し落ち着いた声で応えた。

 王太子直轄領の執事に相応しい見事な仕草で、肩に手を当て深々と一礼する。


「事件のことを詳しく聞きたい。

 そして金額と『贈り物』、マークの羅列された書類の件をな」


 第二王子の問いかけに、執事は事件当日のことを語り始めた。



 小代官様は昼餐の直前まで、アントニオ=マチャント商会長と会談を。

 応接室を整えるよう指示がございませんでしたので、応接室は使用されなかったと思われます。

 人払いをされての、執務室での会談でございました。

 小代官様は執務室や書類のある本棚に、人が近づくのを嫌っておりました。

 マチャント商会長が連れてきた護衛も、ホールで待機していたかと思います。

 正午、メイドのマニが執務室へ昼食を運び。

 夕刻、小代官様が執務室より一度も出てこなかったので、晩餐の件をお伺いしに参りましたところ、室内で倒れているのを、私めが発見致しました。

 その後は急ぎ補佐殿を呼び戻すよう早馬を出し、領軍にも連絡した次第でございます。

 また、マチャント商会長ですが、会談が終わった後は連れてきていた護衛と合流して、ホールにてこの私めと話をしておりました。屋敷に要る食料の買い付けの話でして、しばらく話し込みましたが、特に何事もなく帰られております。



 執事が一連(ダイジェスト)を語り終えると、第二王子はまず真っ先に疑問を口にした。


「そのマニというメイドが、小代官を殺して出て行ったら、夕方まで発見されないよな?

 そのメイド、大女とか腕に覚えがあるとか、元女兵士だったりとかは」


「いえ、十代後半、殿下とほぼ同年代の、そちらのお嬢様と同じぐらい小柄な娘です。

 確かに、メイドのマニが小代官様に最後に会った者になりますが。

 兵士長から、現場はたいそう血が飛び散っていたと聞いております。であるなら、仮にマニが殺したとして、出てきた返り血塗れのメイドが通るのを、衛兵はさすがに見逃さないのではないでしょうか。

 それに、小代官様を凶器は「貫通」していたそうです。

 食器の刃物、ナイフやフォークで貫通、というのは無理があるかと思います。また凶器があったとしても、よほど慣れた兵士ならともかく、少女の腕力的にも難しいのではないかと」


 ゾルシャ兵士長も同じ結論でしたと、執事が生真面目に答える。

 一通り、領軍の方でも調べ終わっているのだ。

 今、第二王子が簡単に思いつくことは、ほとんど先に考えられて却下されている。


「身体強化の魔法があるだろう?」

「殿下、平民にはそれだけの魔力と技術がありません。

 学園に通えるほどの才がある者なら簡単なことでも、普通に暮らす平民には無理です」


 現に執事たる自分も使えませんと、小代官屋敷を束ねる、一般の平民よりも学があるであろう執事が、第二王子に伝えた。

 一瞬だけ火を熾したり、手の平に掬う程度の水量であったり、その程度です、と平民の常識を伝える。

 先ほどロサ嬢がしたような光球四つ飛ばしなど、到底無理な高等技術なのだという。


「あと、小代官様はワゴンでお持ちした昼餐を食されておりました。メイドのマニが厨房へ空になった食器を届けております。

 なので、殺されたのは昼食後ではないかと、兵士長殿にはお伝えしました。

 

 賄賂の件は、推測でしかありませんが。

 コインの描かれたマークは、この町一番の商会マチャント商会だと思われます。

 はい、当日、会談されていたアントニオ=マチャント氏でございます。

 最も頻繁に小代官様がお会いになられていた方で。

 『魔法真偽』を用いての裁定を、小代官様に依頼されていた方でございます」


「『魔法真偽』の裁定? なんだそれは」


 第二王子が耳慣れない言葉を聞き返す。

 それに執事が答える前に、兵士長が口をはさんだ。


「それは領軍の魔法官が関係しております。

 殿下は、『真実を告げる魔法(トゥルーorライ)』をご存知でしょうか」

「え、ああ、もちろん知ってるが。

 言い逃れが自由すぎるし、魔力消費も多すぎて一日に一回か二回しか使えない。

 しかも一言二言分ぐらいしか判別できなくて、すっかり使われなく(マイナーに)なった魔法だろう?

 分類的には精神魔法に属していて、使い手も少ないな。

 ――真偽と言ったな、まさか」

「そのまさかです。

 偶然にも、そう、運悪く、この町の領軍魔法官に精神魔法の使い手がおりまして。

 小代官殿は争いの裁定に、『真実を告げる魔法』を用いました。

 それを『魔法真偽』と仮称しております。


 言い訳になりますが。最初は、本当に最初のきっかけは、町人同士の()った()ってないの、ささいな言い争いだったのです。

 ただあまりに双方が引かなかったため、本官が密かに『真実を告げる魔法(トゥルーorライ)』を使うよう命じ、その結果を参考にして争いを治めました。

 ……それを、小代官殿に知られてしまいまして。


  一年前に、マチャント商会がシィロック商会を小代官様に訴え、その折に『真実を告げる魔法』が使用されました。

 ……今、この町にシィロック商会はありません」


 沈痛な表情を浮かべ、兵士長は深く、それは深くため息をついた。

 代わりに、慌てたのは第二王子だ。


「待て待て、あれはとんでもなく使用が難しい魔法だぞ?

 え、小代官は知っていて使ったのか、それとも知らないのか?

 崖から突き落としても、背中を押しただけで殺してないとか誤魔化せる、あれはまったく信用できない――あ、賄賂」


 兵士長と執事以外の、事件解明に派遣された王子たち四人が息を飲んだ。

 信用できない魔法で真偽を判定する意味は――冤罪だ。

 賄賂まで送っているのだ、ほぼ確定だろう。


「どう聞いても真っ黒じゃないか!」


 うっそだろ、と第二王子は大きな声で叫んだ。

 兵士長はそれに大きく頷き、更に低く暗い声で説明を続ける。


「シィロック商会ロビン=シィロック商会長ですが。

 一年前の裁定の後、宿場町の司法庁へ行くと言ってこの町を出たらしいのですが、出て行ったまま、戻ってきておりません。

 もちろん、そのまま宿場町、あるいは親戚を頼って他の町へ行った可能性もあります。

 ただ。

 マチャント商会長が雇っている護衛が。

 護衛というよりもならず者、でして。

 現状、疑わしいだけというのが、口惜しくてなりません」


 強権で取り締まろうにも、そもそもの小代官が庇っていたのだ。

 マチャント商会に、振るわれる権力はなかった。


「シィロック商会長の奥方にも伝えましたが、大変に伝えにくかったです。平民には珍しく、一人娘を学園に通わせていたそうですが、今はどうなっていることか。

 領を守る領軍の兵士長だというのに、自分は何一つできませんでした」


 (いきどお)ろしくも打つ手のない遣る瀬無さが詰め込まれた、それはそれはとても行き場のない重苦しい声音だった。


 声も無い一行を前に、兵士長は大きなため息を一つ吐いて、振り払うかのように頭を振った後、努めて声を一転させた。


「それで、殺された小代官殿ですが。

 理由はやはり冤罪の怨恨かと思います。

 ただ、誰がどうやって、がどうにもわからないのが現状ですな」


 たとえ犯人が捕まったとしても、冤罪からの復讐なら情状酌量の余地があるのではと、兵士長が早くも弁護じみたことを言い始める。

 ただそれに、執事が待ったをかけた。


「金額と『贈り物』の表で、下に行けば行くほど、金額が高くなっております。

 送り主が自発的に高くしていったと考えるよりも。

 小代官殿が要求を高くしていったのではないかと、補佐殿が話しておりました」

「つまり?」

「要求に応えられなくなったとしても、金色の毛を生やした羊を、小代官殿はそのまま見逃すでしょうか。

 一度刈り取った毛が元に戻れば、何もなくとも、脅してでも、金毛をまた刈り取るのではないかと。

 そして、追い詰められた羊は、一蹴りもせずにおとなしく囲われているものでしょうか」


 執事が淡々と別の犯人像を語る。

 賄賂の表を前にした執事と小代官補佐の、交わした議論の深さが推測される論述だった。

 なお、マーク別想定人物と、魔法真偽の裁定を行った人物履歴、すべてを表にし終わった所だという。

 執事から、その場で第二王子と兵士長に同じ表が渡された。


「なるほど。提言、感謝する。そうか。

『どうやって』は一旦、置いておいて。

『なぜ』『誰が』。

 ――代官と商人の癒着、金銭がらみの犯行。

 もう犯人、商人でいいんじゃないか」


 賄賂想定人物表を片手に、いっそ清々しく言い切る第二王子だった。



    ◇      ◇      ◇



 こんなに都合の良い魔法がこの世にあったとは!

 これならどうとでも言い逃れができるではないか。


 ゾルシャのやつめ、魔法官を働かせるのを渋りおって。

 魔法を一回、二回、使わせるだけだというのに。


 あの者も、領軍など辞めて、子飼いの魔法官になれば良いものを。

 報酬も破格ぞ? なにが不満だというのだ。

 目端の利くものは、早速菓子と一緒に心付けを送ってきたというのに。

 これだから田舎者は頭が固いと言われるのだ。


 まぁ、いい。

 好きで地虫をやっている者たちのことなど知ったことか。

 さて、財産を没収する商人を選ぶとしよう。




第三話 うそはほんとで ほんとうそ

       ~だから欠陥魔法なんだってば~

                    end.



    ◇      ◇      ◇  


 

 ミステリには、登場人物紹介が必須だと思います。

 しかし、それでもなお、覚えきれない登場人物。

 なので、名前の由来を付けておきます。

 覚えメモの足しにしていただければ幸いです。


登場人物紹介


ゾルシャ兵士長

 ソルジャー(兵士)から。

 でも作中では兵士長の役職名で呼ばれるので、名前の意味って……。


セイフ=ヴォールト(執事)

 執事長。セーフティボックス(小さめ金庫)、ヴォールト(銀行なんかの大きな金庫)。

 でもきっと、執事、としか作中で呼ばれない。


マニ(若いメイド)

 メイド、雇われてるので、マネー(お金)から。

 小代官にお昼を持っていったメイドさんです。


アントニオ=マチャント商会長(商人)

 黒い噂のある商人マーチャント、マチャント商会。

 商人のアントニオはもう、この名前しか思いつかなかった。


ロビン=シィロック商会長(シィロック商会 Shylock商会)

 一年前に『真実を告げる魔法』で裁定された商会。

 商会長は行方不明らしい。

 悲劇の商人といったら、もじったこの名前しか思いつかなかった。


ジョー=ダウト小代官

 忘れてました、殺された被害者です。

 題名からして、悪代官と言われています。

 お気軽に、ジョー、と叫んであげてください。

 遺体は、燃え尽きた灰でも焼死体でもありません。

 きちんと領軍が安置所で保管してます。



今回のこだわりポイント

コイン(お金)マーク。ドルマークや円マークが使えない異世界観。

金貨はね……ほら、国によって違うから。世界共通金貨って、ないない。

現代でさえ、共通通貨ないのに。

とか無駄なことを考えてました。

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