2 にぎやかなティータイム ~殺人事件がやってきた~
事の始まりです。
これは事件現場につく前の、前日譚。
彼らは学園で、普通に学園生活を送っていたのですが。
ナッシンバット=シンボリック=アル=ナシィオン第二王子は、先日婚約自体が白紙になり、現在は恋人と学園生活を謳歌している王族である。
先の事件で、アンダロ=キーパー侯爵令息が従者から外れてただの学友となった。
侯爵令息アンダロは現在、侍女兼癒し手たるリリアム=ロンギフロラム嬢の主兼専属騎士となっている。
そのため。
「リリアム嬢、アンダロと一緒に旅行などいかがだろうか」
第二王子と恋人と、アンダロとリリアム、カフェテラスで四人そろってのお茶会で、王子が切り出した。
金の髪は陽を受けて光の粉を散らし、青い瞳が抜けるような空を映し――きりっ、という音が聞こえてきそうな真面目な表情だった。
「唐突ですね。どうかされましたか、殿下」
リリアムではなく、アンダロが答えた。
なお、リリアムは唐突な申し出に目を大きく見開き、何度も黒瞳を瞬かせ、驚いたままである。
――四人のうち三人は学園の制服姿だが、リリアムは本人の強い主張で、白と黒の規定通りの侍女服である。
第二王子は口調をいつもの軽いものに戻し、アンダロに向き直った。
「王太子の直轄領のとある町で、小代官が殺されてな。
犯人が分からず、少々不審な状況らしい。
それで兄上から頼まれたんだ――前回の事件を、ほら、解決しただろう」
俺は報告しただけで、真相はおまえが解明したから、と第二王子は続け。
「俺の従者から外れたからな。
頼み事は主リリアム嬢を通さないとだめだろう?」
「それは、リリアム様をいいように使った挙句、僕の『おまけ』扱いにするおつもり、でしょうか?」
アンダロがやや低い声で問い返し、それに対して第二王子が口を開く前に淑やかな声が割り込んだ。
「アンダロ様、それは穿ちすぎではないでしょうか。
殿下がそういうお方でないことは、よくご存じのはずです。
私なら大丈夫ですから。
その……守っていただいて、ありがとうございます」
穏やかな声に静かな表情をしたリリアムが、アンダロに向かって目礼する。
そして。
リリアムの黒瞳を受けたアンダロは、即座に言を翻した。
「大変失礼しました。
それでは殿下、頼み事とは小代官殺人事件の解決ですね。承りました」
「変わり身はやっ!?」
いやまぁ、受けてくれるならいいんだが、とこぼす第二王子だったが、改めてリリアムに向き直る。
「殺人事件の捜査に巻き込む形になってしまうが、同行、よろしく頼む。
ロサも来てくれるか? リリアム嬢に付いていてもらいたいんだが」
「もちろん、喜んで!
わぁ、旅行なんて、実家から学園に来る以外、初めて。
ね、リリ様は? 旅行したことあるかしら」
ロサ嬢の振り向く動きに、金に薄紅の入った髪がふわりと揺れる様子はまるで花びらが舞うようで。晴れた日の湖のような青い瞳が、嬉し気にリリアムに向けられる。
手を取られ、ロサ嬢から花咲くような笑みを向けられたリリアムは、伏し目がちに、少し考えてから口を開いた。
「旅行は、したことがない、と思います。
でも、故郷からお嬢様に無理やり学園に連れて来……」
「すまん、リリアム嬢、もう言わなくていいし、それはどうやっても旅行じゃない」
第二王子は一気に言い切って、リリアムの言葉を途中で遮った。
視線だけでアンダロに合図する。
「では、初旅行ということで」
視線に頷きを返し、向き直ってアンダロはリリアムに柔らかく微笑みかけた。
「準備はこちらで致しますので、ご安心ください。
故郷や学園とはまた別の風景が見れるかと思います。
ロサ嬢と一緒なら、賑やかな行程になるでしょう。
事件の捜査は殿下と行いますからお気遣いなく。
楽しい旅行になるかと思います」
流れるような、一言も口を挟む隙もない、旅の決定だった。
そのまま王子付きの従者に差配を頼み、少し離れた所で警護している神殿騎士にも申し付ける。
リリアムが学園を離れることになるので、お忍び用の護衛を用意しなければならない。
そうやって、アンダロはリリアムに楽しい旅行を、と手配をしていたのだが。
「アンダロ様がお仕事をなさるのなら、ご一緒致します。
楽しい旅行、などと言わず、どうぞお連れ下さい」
リリアムが、肩に軽く手を当ててわずかに頭を下げ、座ったままでの略式礼を取る。
本人の望みは初旅行よりも、侍女の役目のようだった。
「リリアム様がそうお望みであるなら。
――ですが、お約束を。
僕の傍を離れないこと。
ロサ嬢と一緒にいること。
この二点を、必ずお守りください」
アンダロが言い含めるように言うと、リリアムは肩に置いていた手を心臓の上に移動させ、真剣な口調ではい、と頷いた。
一連を見ていた、護衛として控えている神殿騎士が、リリアムが礼を取る所で思わず声を上げかけたが。
第二王子が機先を制し、手を上げて黙っているよう合図した。
そのまま、何食わぬ顔をして話を続ける。
「ロサと一緒にいることってあたりが、アンダロの誠実というか堅実なところだな」
「この中での最高戦力はロサ嬢ですからね、残念ながら」
殿下も敵わないあたりさすが特待生ですね、とアンダロが淡々と事実を述べる。
「そうなんだ、ロサは強くてな!
才能の塊だと、魔法学科の教授陣が大絶賛だ」
「はいっ、リリ様のことは任せて!
ヘンなのが向かってきたら、片っ端から吹っ飛ばすから!」
我がことのように自慢する第二王子に、ロサ嬢が横で満面の笑みを浮かべ、右手をぐっと握りしめる。
アンダロは黙って、手元のお茶を飲んだ。
「そうだ、前情報があるんだが。
どうもな、その殺された小代官、あまり素行がよろしくなかったらしい。
黒い噂のある商人と付き合いがあったのだと。
小代官補佐と町の兵士長、連名での注進だ。
執事は土地の者で、先祖代々、小代官屋敷に努める忠義者らしい。
小代官の悪行を、逐一、補佐に伝えて何とかしようとしていたそうだ。
だから、ロサ」
「なぁに、ナシー様」
「遠慮はいらん、怪しい奴は吹っ飛ばして良し!
俺が許す」
仮にも俺は王族で、しかも今回は借りる虎の威もばっちりだ、と。
第二王子は高らかに宣言し。
ロサ嬢が握りしめた右手を天へ突き上げ。
アンダロ黙って、手元のお茶を飲み干し。
リリアムは驚いて黒瞳を大きく瞬かせた。
◇ ◇ ◇
これは、内緒のお話。
少し前の太陽が、雲の隙間からそっと覗き見ていた光景です。
午後の授業も終わり、少々休憩をしてから帰ることになり。
第二王子とその恋人とも合流して、食堂併設のカフェでの待ち合わせです。
長い艶のある黒髪を一本の三つ編みにして背中に垂らした、白と黒の侍女服を規定道理に着込んだリリアムを背後に従え。
アンダロが緑の瞳を走らせてカフェ内をざっと見回した後、ようやく席に足を運びます。
まず着席するのはアンダロで、侍女姿のリリアムが手際よくティーセットを並べ始めます。
湯を注いで蒸らす間に、アンダロが椅子から立ち上がり、テーブルの反対側に回ります。
すっ、と音もなく椅子を引き、給仕に佇んだままでいるリリアムを見つめました。
黒瞳を大きく見開いて瞬くリリアムを、アンダロがじっと見つめます。
ようやく、リリアムが引かれた椅子とアンダロを代わる代わる見やり。
さらに、アンダロが片手で、椅子に座るよう指し示し。
おずおずと、リリアムが席に着いたのを確認すると。
今度はアンダロが茶器を整え、湯を注いでから向かいの席に着きました。
先に入れた方が蒸らしを終えると、リリアムがそろっと立ち上がり、カップに注いでアンダロの前に差し出して着席します。
後に入れた方が蒸らしを終えると、アンダロがささっと立ち上がり、カップに注いでリリアムの前に差し出して着席します。
――片方はわずかに頬を染めて視線を茶器に落とし、片方はすました顔をしながらも微妙に視線をずらしての。
主と侍女の、主と騎士の、いつものティータイム風景です。
殺人事件がやって来るまで、あと少し。
第二話 「にぎやかなティータイム」
~殺人事件がやってきた~
end.
◇ ◇ ◇
探偵側キャラ紹介
第二王子(ナッシンバット=シンボリック=アル=ナシィオン)
:作中で「第二王子」「殿下」、恋人からのみ「ナシー様」。
なので、長い名前を覚える必要はなし。
ロサブラッシュ=ペティルス男爵令嬢
:ロサ(バラ)の赤い花びらから。王子の恋人。
アンダロ=キーパー侯爵令息
:「アンダーザローズ(秘密はバラの下で)」を略してアンダロ。
宰相の息子、キーパー侯爵家三男。
リリアム嬢の主で、学園卒業後は癒し手の専属近衛騎士予定(主従逆転予定)。
リリアム=ロンギフロラム
:テッポウユリ、ロサ嬢からのみ「リリ様」と呼ばれる。
平民、アンダロ=キーパー侯爵令息の侍女であり、癒し手。
侯爵令息が学園を卒業次第、侍女を辞して正式に癒し手として神殿所属予定(主従逆転予定)。
前作より、少しは仲が進展した二人、ではないでしょうか。
アンケートで是非を判断したいと思います。
1、はい
2、YES
3、Ja
4、Si
5、tout ā fait
複数回答可です。