1 ミステリーの王道!~密室殺人キタ――(゜∀゜)――!!~
悪代官の名前は、ジョー=ダウト!
気軽に、ジョー! と叫んであげてください。
ゾルシャ兵士長が説明するには、町を治める小代官が、小代官屋敷の執務室で殺されたという。
田舎町とは言え、王太子直轄領の小代官の殺人事件である。
事件の解決に派遣されたのが、第二王子たちだった。
第二王子、アンダロ侯爵令息、ロサ男爵令嬢、侍女のリリアム。
そして王族の護衛が十五名と、神殿騎士が四名。
王子たち四人はまだ年若く学生の年齢のようだったが、正式な命令書であったため、ゾルシャ兵士長は命令通りに代官屋敷の現場へと案内した。
ちなみに、新しく着任する小代官も一緒に来たのだが。
「引継ぎなしの着任ですよ?
殺人事件の解明なんてやってる暇があるとでも!?」
そう言って事件を第二王子にぶん投げ、小代官補佐と一緒に仕事の山へ埋もれに行ったため、この場にはいない。
なお補佐は事件当時、中核都市の商業ギルドへの用事で不在だったため、容疑者から外されている。
町は宿場町から村を四つ挟んだ比較的のどかな町で、町の先に点在する五つの村落までを管理している。
中核都市や宿場町ほど大きな町ではないため、小代官がこの町で行政を担う長である。
ゾルシャ兵士長は鐘塔のある広場に着くと、まっすぐ北を指し示した。
「あれが小代官屋敷です。
この町では、役所的な事はほとんどあの小代官屋敷で済ませます。
契約の要る商いも、争いごとの仲裁や裁判、先にある村からの苦情や要請なんかも小代官の裁量が大きいです」
「裁判? 判事や法学者は……あー、宿場町まで行って、金銭であがなう必要があるのか」
第二王子が疑問を口にするが、すぐさま自分で結論を出した。
ゾルシャ兵士長も、その通りだと大きく頷く。
「村で村長がしていることを、町で小代官がしているといえばわかりやすいですかね。
たまに神殿の神官様もケンカの仲裁を頼まれてますが。
本官ら領軍兵士は仲裁というより、ケンカ両成敗的な、その場のもめ事を力づくで静かにさせる程度ですな。
小さな神殿はありますが、それほど大きな町ではないので、ギルドも司法庁もありません。
大金を払って村四つ先の宿場町から法学者を連れてきて裁判を、というのは、なかなか……。
しかも、法学者や判事の判決に実行力を持たせるために、我ら領軍に動いてもらおうとするなら、小代官に対してまた代金を支払って依頼することになります。
あるいは宿場町にいる代官に法外な金額を積んで依頼し、宿場町の衛士に動いてもらい、わざわざこの町まで足を運んでもらうか。
ここらに住む者なら、全財産投げ出しても足りないぐらいではないかと」
なので裁判なんかは小代官に頼むのですよ、と兵士長は続けながら、小代官屋敷を守る兵士に合図をした。
合図を受けた一般兵士が、侵入者防止の鉄柵が目立つ正面の大門を大きく開く。
整った広い前庭が目の前に広がり、緑樹の並木道がまっすぐ正面扉まで続いている。
兵士と護衛を引き連れた大所帯の登場に、屋敷の外で働いていた者たちが驚きの声を上げた。
「え、なんだ、兵隊さんかい?」
「ねーちゃん、あれ、えらい人? 貴族さま? きんいろ!」
「うそ、王家の紋……? え、王子様!?」
下働きの老爺、天秤棒を担いだ水運びの子供が二人、メイド服の娘、その場にいた全員が、第二王子たち一行を見て動きを止める。
兵士長は現場を検分に来たのだと、主のいなくなった屋敷を代わりに預かる執事に連絡するよう大声で伝えた。
その間、第二王子は一行を見て騒ぐ水運びの子供二人に笑顔で手を振り、子供たちも大喜びで両腕を振り返す。
隣にいるメイド服の娘が慌てて膝をつこうとするが、子供たちが娘の手まで取って、一緒に手を振ろうとする。
なかなか阿鼻叫喚の様相を呈してきた所で、最後にもう一度笑顔で手を振って、第二王子たちは兵士長に従って屋敷の中へ入って行った。
小代官屋敷の中は、外の喧騒とは逆に静まり返っていた。
時折、遠巻きに一行を見て騒めく声が、遠く聞こえてくる。
「見たか、あれ、王家の紋だぞ」
「兵隊さん多かったな、ここ直轄領だし、もしかして王太子様だったり」
石造りの円柱でぐるっと丸く囲われた広いホールから、北へ真っ直ぐ伸びた通路の先、北の突き当りには両開きの大扉があり、衛兵が二人控えていた。
兵士長が合図すると衛兵が大扉を開け。
色鮮やかな絵画に豪華な調度品、鮮やかな布地のソファ、広いローテーブルに赤いシクラメンが活けられた大ぶりな花瓶が、王子たち一行の目に入った。
窓はないが、部屋の四方とローテーブルに置かれた照明用の魔道具が、部屋の隅々まで明るく照らしている。
「ここは来客用の応接室、商談室のような部屋だそうで。
事件当時も、無人だったようです。
それで、ほら、奥にもう一つ扉があるでしょう。
あそこから執務室、小代官が殺された現場に入ります」
豪華な応接間を素通りし、さらに北、奥にある人一人が通れるほどの小さなアーチ状の扉を、一行は開けて入った。
部屋は一転してやや薄暗くなった。
先ほどの応接室の幅そのままで、奥行きがさらに広く取られているため、執務室はかなり広い。
そのわりに照明は、部屋の中央付近にある執務机の上に照明用魔道具が一つと。部屋の右奥の天井付近に、明かり取りの小さな窓が二つ。
「随分と暗いが……蔵書のためかな?」
部屋の奥の左側は、本棚で埋め尽くされていた。
もし正面の壁の左側に、右側と同じように明かり取りの窓があったとしても、本棚で隠されてしまっているだろう。
「この机に突っ伏して、ジョー=ダウト小代官殿は倒れていました」
兵士長が、駆けつけた時の状況を説明する。
死因は刺し傷――心臓近くに穴が開いており、おそらく槍か矢か、細い棒状の凶器が貫通したかと思われる。
血が飛び散っており、血痕から、座ったまま後ろから刺されて机に倒れたと考えられる。
凶器はまだ見つかっていない。
部屋には小代官一人で、来客は午前中で帰り、応接間は無人。そして応接間と廊下をつなぐ扉の前には、当時も館の衛兵が立っており、怪しい者の出入りはなかったという。
相槌を打ちながら聞き終わった第二王子は、重々しく宣言した。
「ほう、つまりは――密室殺人事件、ということだな」
第一話 ミステリーの王道!
~密室殺人事件キタ――(゜∀゜)――!!~
end.
前作「癒し手の偽り」からのミステリー第二弾です。
探偵役グループが前作からの使い回しですが、背景に特に暗い過去も謎の組織もありません。
今作だけでも読めるかと思いますので、どうぞ宜しくお願いいたします。
あと。
「異世界恋愛ミステリ」タグの、「恋愛」の影の薄さは仕様です。