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推しエゴ  作者: なえどこ
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『諦めなければ叶う、と言いますが。』

 株式会社サムカラー、もとい“ごじろくじ”からメールが来たのは2週間前だった。

 

 株式会社サムカラーというのは、大手Vtuber専門の芸能プロダクションである。

その中の一大事業、「バーチャル配信者のマネジメント部門」として「ごじろくじ」というグループがある。

ごじろくじの所属人数は2023年5月時点で100名前後。

 5年前に10名のVtuberから発足したごじろくじは、高いエンタメ性とかつてのニコニコ動画の良さを生かした配信内容でインターネットのヲタクの心を掴んで、当時からライブ配信の覇権を担ってたYouTube業界へ切り込んだ。

 それから4年が経過した。“Vtuberといえば”の答えが“ごじろくじ”と言われるほどまでになり、今や「ごじろくじで配信者になりたい」という夢を持つ人まで出てきている。

 

 かく言う私も、絵師として軌道に乗りかけているここ3年の目標の中に「Vtuberの身体を産み出したい」という夢があった。

ポートフォリオを様々なゲーム会社に提出してみたり、公募しているイラストコンテストにはほぼ全て応募してみたり。

もちろんSNSでの活動も怠らず、日々の画力向上も怠らず、

俗に「バズったから案件を貰える」という幻想を信用しないで、

令和に似つかわしくない昭和的な飛び込み営業方式で、微小ながら案件を獲得していた。

 

 そんな泥臭い手法で3年経った、2023年4月1日。

 朝10時に起きて、眠い目を擦りながらメールをぼんやりみていたら『株式会社サムカラー』の文字が飛び込んできて、一気に目が覚めた。

 ――

 紫苑 様


 はじめまして。

 株式会社サムカラー 営業部 企画推進課

 担当 菅沼彰と申します。


 この度、紫苑様にご依頼したい案件があり

 ご連絡いたしました。

 詳細は下記をご確認ください。


 ……


 ご検討いただければ幸いです。

 ――


 内容を簡単にまとめると、「新人Vtuberのキャラデザを行ってほしい」という旨だった。

一瞬夢か幻覚でもみてるのかと思って、10度見くらいした。

それでもまだ信じきれなくて、メールに書かれている『菅沼彰』さんに電話もかけた。

 

 電話口からは人当たりが良さそうな男性の声が聞こえる。

「はい、サムカラー株式会社。営業の菅沼です。」

「あ…あの…私、紫苑と申します。えっと…その」

「あ!紫苑さん!初めまして、菅沼彰と申します。昨日は突然のご連絡、失礼いたしました。今お時間よろしいでしょうか?」

「あ、えっと、はいあの、あのメール、本当ですか…?」

 新卒の会社を半年で辞め、その後4年ほど会社に勤めていない私からは“ビジネスマナー”が消えていた。社会人失格だ。辿々しい返事をしてから『しまった!マナーが無さすぎる。もしかして“マナーがなってないのでやっぱりあの話は無し”とか…なってしまう…?!どうしようどうしよう嫌だ嫌だ嫌だ!!!』と後悔タイムが始まった。

「――でして…あれ?……あの、紫苑さん。私のお声、届いていますか?」

「ッハ…ハイィィ申し訳ございませんありがとうございます!!!!」

 今度は情緒の乱れによって声が大きくなってしまった。

「あ…申し訳ございません。あの、あまりにも夢みたいなことで…。ぜひ、やらせてください。なんでもします。命を削っても私の使命をまっとうさせてください。」

「前向きなお返事、ありがとうございます!ぜひ紫苑様にお願いしたいので、本当に感謝いたします。そうしましたらいくつかお願いしたいことがございまして――」

 と、詳しい依頼内容と契約面の話が進んだ。

 

「――――以上になりますが、最後に何か質問などございますか?」

 と社会不適合イラストレーターの私にもわかるように、菅沼さんは懇切丁寧に説明してくれた。

さすが一部上場企業、しっかりしている。

個人・企業問わず、フリーのイラストレーターへ依頼する場合、依

頼内容も契約面も口約束だけだったり、

文書で提出されても肝心な部分が不明瞭で最終的に双方納得いかない形で打ち切り、ということも50:50であったためある程度身構えていたが、

こんなにしっかりとした依頼をしていただいたのはサムカラー株式会社が初めてだ。

「いえ、その、わかりやすすぎて、申し分ないです。教科書に載せて良いと思えるくらいに丁寧で、全人類見習ってほしいです。」

「恐縮です、ありがとうございます。思いましたが、紫苑さんは言葉選びもセンスがありますね!

イラストも今の流行に比べて個性的と言いますか、こう…お話をしてて楽しいです。

『配信者に向いてそう』とか言われた経験ございませんか?声も良いですし。」

「はっっっっっっ?!ぃしんしゃ…?!あ、えっと、失礼しました申し訳ございません…いや…その…そう…ですかね?褒め上手すぎませんか?菅沼さん…私なんか配信しても宇宙の中の六等星の星以下の私を見つけるリスナーさんなんていませんよ…へ…へへ…」

「フッッッッッフフ…いやぁ本当に、ワードのチョイスが面白いですよ!一度弊社のオーディションを受けてみませんか?」

「あ…あぁ〜……オーディション、あるんですね…いや…すぐ落ちるの目に見えてますし、それに」


 それに、私は隠していることがある。

 

 私は、個人Vtuberだ。


 本当は、1年前の、ごじろくじの最後の公募オーディションを受けようとしていた。

しかし、当時の私は『声で何かを提供できるほど面白い人間だとは思わないし、どうせ何も上手くいかない』と諦めた。

 現在ごじろくじで活躍するVtuberになる方法は、無い。

新人もここ1年はデビューしていない。

オーディション情報も皆無で、業界を知り尽くしているネットの友人も「ごじろくじも飽和状態だからね〜あと2年は公募しないんじゃない?」という噂でいっぱいだ。

 夢を諦めた私は、半年前からイラストレーターとしての技術を磨くために、『Live2Dの操作方法を学ぶため』に、個人Vtuberになった。

自分で受肉して、興味本位でゲーム実況をしてみたり、歌ってみたりしたが、チャンネル登録者数は半年で50人。

あまりにも過疎っていて、もう配信のモチベーションが無い。

これ以上何を頑張ったって、私には配信者としてのセンスは無い。

これが現実だ。

そんな痛い現実を見るんだったら、まだフォロワー5桁の“イラストレーターとしての私”を見ていたい。


「それに…なんでもありません。1週間後の打ち合わせは、何卒よろしくお願いいたします。」

「そうですか、少し残念です。こちらこそ、来週はよろしくお願いいたします!それでは失礼いたします。」

 

 ピ、と電話を切る。


「どうせ営業の人の言葉なんて、その場しのぎの嘘ばっかだろ」

 私は熱を持ったスマホをサイドテーブルに置いて、40分前まで寝ていたベッドに仰向けで寝転がる。

『いいか?遠藤。お前の強さは“若い女”が“営業”していることだ。新規案件増やすなら、嘘でもなんでも良いから、とりあえず客先に飛び込んで、客が喜ぶ言葉を選べ。』

 と、新卒の会社で酔っ払った上司が放った言葉が反響する。

 頭が痛くなってきた。

 ロキソニンを2錠飲んで目を閉じる。

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