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推しエゴ  作者: なえどこ
1/3

『先立つ私を、憶えててほしいな。』

私は悔いの多い高校生活を送ってきました。

「具体的にどのような」などすら言えるネタが無いほど、悔いのある学生生活でした。

その過去が嫌で、今では学生時代の人間とは縁を切っています。

しかしつい先日、仕事を通してかつての先生とうっかり再会しました。


ディスコードのVCで。


遠藤詩織(エンドウシオリ)さんですよね?」

津村(ツムラ)先生?!」

と、平均的な女性より少し高めな私の声と

鼓膜に響く男性のテノールがハーモニーを奏でた。

それと同時に「ライバーさんの個人情報の詮索はコンプラ違反か」と思い、私は慌てて

「申し訳ございません、何でもありません、樋雁幻弍(ヒカリゲンジ)さんのお声が私の古典の先生に似てまして…」

と謝ろうとしたが、

「まさか教え子がイラストレーターになっているとは…鼻が高いです、詩織さん。」

と訂正の“て”の字も無く、これからデビューを控えている“新人Vtuber・樋雁幻弍(ヒカリゲンジ)”こと津村悠平先生は、長いフリーター生活からようやく脱却して企業案件を数件こなす絵師になったかつての教え子である私・遠藤詩織への身バレをアッサリ認めた。


【小学生の将来の夢 2023年】

第3位:Vtuber


と、世は【大Vtuber時代】である。

いや大Vtuber時代なんだ?ダサいな。もっといい名前があるだろ。というツッコミは置いておいて、Vtuberは老若男女問わず昨今の世間を賑わせている。

あのVtuberがカバーしたから人気に成る曲。

あのVtuberがプレイしたから人気になるゲーム。

あのVtuberの担当カラーだから流行りになる色。

あのVtuberが言ったから、あのVtuberが使ってるから、あのVtuberが。

今はVtuberを引き合いに出せば何でも人気になる。

こう書くとあたかもVtuberを批判しているように聞こえるが、Vtuberを馬鹿にしているわけではない。むしろ興味深く思っている。

なぜリスナーは、YouTuberではなくバーチャルの皮を被ったVtuberを支持するのか?

絶対に顔が良いから?

着ている服が前衛的でおしゃれだから?

声が良いから?

トークが上手いから?

リアルではできない無茶ができるから?

他人と恋に落ちないから?

(リスナー)だけを見てるから?

(リスナー)だけに優しいから?それとも厳しいから?

疑問は果てしなく続く。

しかし、画面の向こうのバーチャルの仮面の下は確実に私達と同じ「人間」だ。


少なくとも、新人Vtuberの樋雁幻弍(ヒカリゲンジ)さん、もとい津村悠平先生は

10年経った今でも当時古語を紡ぐ声が良すぎて古典の授業がただの睡眠時間になっていたのを鮮明に覚えているくらいに声が抜きん出て良いし、純日本人とはいえ中性的でどこか他人を寄せ付けないほどに外見も良く、授業内容も覚えている限りでは何度かクスッと笑った記憶があるくらいトークも面白かったし、とにかく何故津村先生がVtuberになったのかがわからない。


そんな私の疑問は、自然と

「なんで声はもちろん顔も仕草も人間国宝な津村先生が…バーチャルの…皮を…?被る必要あります?」

と、声に出ていた。しかも気持ち悪い形で。今すぐに最上川へ身投げをしたい。

「ふふ……面白い質問をする個性は未だに輝いているね、遠藤くん」

と、宣材ボイスのような返しをする津村先生。そのまま切り取ってボイスにしたら売れるぞ、これ。というか売ってくれ。買います。

「そうだね………少し重たい話になるけれど、今の遠藤くんとは“ビジネスパートナー”で、今後も付き合いがありそうだから、言っておこうかな、私がVtuberになった理由を。」

と、津村先生は少し真剣なトーンで話を続ける。


「結論から言うと、私はあと3年で死にます。」




推しエゴ episode 1:




「…………………いや…待ってください…そういう設定ですか?」

突然の特大告知に驚いた私は、今思い返すと失礼な反応をしてしまった。

私が先生と出会った時は、おいくつか知らなかったけど

あれから10年ほど経っているのだ。そろそろ歳も、と思ったが

まだそんなにお年を召してないだろうに。

「ごめんね、遠藤くん。流石に信じられないだろうし、私も未だに信じられない。」

と、優しい声で津村先生は続ける。

「遠藤くんたちが卒業した1年後、【()()()】と診断されてね。早期に発見できたからそちらは治ったのだけれども、今から1年前に、()()()に転移してしまって。」


衝撃的な事実を前にすると、人間は2つのうちどちらかの行動を取る。

1つ目は、多動症になる。

2つ目は、固まる。

私は後者のようで、文字通り固まってしまった。何か言わなければと、声を出そうにも震えて喉から「ひゅー」と空気かしか流れなくなってしまった。


「つまり、私の余命は【あと3年】と告げられてしまった。私にはもう愛する妻も亡くなってしまったし、子供は元からいなかったし、もう残すことは何もないけれど。」

静寂を斬るように、津村先生の声が続く。

「教師人生を振り返ると、私の声を慕ってくれた教え子がいた、私の声を好いてくれた教え子がいた。だから、」

私のPC画面が水面のように揺らぎ始める。

鼻の奥が痛い。

でもヘッドフォンから聞こえる、かつてずっと好きだった声を、今でも変わらず好きな声を刻もうと耳を研ぎ澄ます。


「先立つ私の声を、覚えててほしい。」


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