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鬼娘ちゃんは夜伽がしたい  作者: 来栖らいか
2/8

〔壱〕

 桜が散り、木々の枝先が瑞々しい若葉に彩られる頃。田畑を潤す細く長い雨が続いていたが、今日は珍しく乾いた気持ちの良い風が吹く五月晴れとなった。

 里で薬屋を営みながら医者の真似事をして暮らすトウヤは、庭先の盛りを終えた山吹の枝を整える手を止め、澄み切った青空に輪を描くトンビを見上げた。どうやら風が、少し強くなってきたようだ。

 乱れた総髪を手ぐしで直し、着物の裾に付いた枯れ葉や土埃を払って母屋に戻ろうとしたとき。

「トウヤせんせぇ~! センセぇ、どこ~? 足、挫いちゃったから診て欲しいのぉ~!」

「ぐっ、むぅっ! げほけほっ!」

 母屋の玄関口から甘ったるい声で呼ばれ、トウヤはうっかり吸い込んだ土埃にむせ咳き込んだ。

「あ、いたいた! ねぇ早く診てぇ!」

 玄関口から庭まで座敷越しに見通せるため、早々にトウヤの姿を見つけた声の主は草履を脱ぎ捨て母屋を突っ切ってきた。

 大柄の浜昼顔が描かれた薄緑の着物から、溢れ出さんばかりに豊満な乳房。着物の裾を捲り上げ、縁側から突き出された長い足は雨上がりに煌めく露草の色。一つに束ねた薄桃色の豊かな髪。大きな薄茶の瞳と厚い唇、小さな鼻。

 そして額には、小さな白い角が二つ。

 サキは十八の歳ながら、ヒト衆の少女の幼さが垣間見える惨鬼の雌体だ。

「サキさん、あなたは一昨日も足を捻ったと言いましたね? 診たところ腫れも無く筋も痛んでいないようでしたが、痛みがあるなら引くまでなるべく動かないように言ったはずです。無理して同じところを痛めたのですか?」

「あっ、えぇっと……そう、そうだ! 違うの、今日は山で薪を集めてる時に木の枝が太腿に刺さってぇ……ほらぁ、ココ診て……」

 言いながらサキはトウヤの手を掴むと着物の裾をさらに捲り上げ、その手を太腿の間に挟み込んだ。

「んっ……んんっ……っはぁ……っ。ココっ……ココがっ……イタイのっ……っ」

 熱を帯び、じんわり湿った柔らかな太腿から逃れようとしてトウヤは掌を引っ張った。

「あぁっ……んふぅ……っ……そんなに動かしたら、も……ううっ……我慢できっ……ひいっ、あぁっ!」

「いい加減にしなさい、あなたは! 怒りますよ!」

 太物の内側を強く抓られてサキは、悲鳴を上げ足を開いた。

「いったぁ~い! センセぇ、ホントに傷が出来ちゃったらどうするのよぅ……今夜お客がとれなかったら、責任とってくれる?」

 幼い面を紅潮させ、サキはふくれっ面になった。惨鬼であれど、怒れば顔色も変わる。

 トウヤは笑いながら自分が抓った太腿の痕を確かめ、サキの着物の裾を直した。

「この程度の内出血、一時(二時間)もすれば跡形も無く消えますよ。もし気になるなら、手ぬぐいを濡らして冷やすと良い。さぁ、もう帰りなさい。あなたが私を誘惑しようとしても無駄です。余りしつこいと、出入り禁止にしますからね?」

「うぅ……出入り禁止は嫌ぁ。わかった、今日は帰るけど、あたし必ずセンセぇに、抱いて貰うから!」

 惨鬼は角に感情が現れる。白い角が桜色になっているところを見ると、本気なのだろう。

 とはいえ、里の遊女茶屋に身を置く惨鬼の雌体を憐れと思うトウヤが、サキを相手にすることはない。

「やれやれ……あの時は見過ごせず助けましたが、困ったことになりました……」

 気付けば日は西に傾き、潮の香りを含んだ風が冷たく襟元を冷やす。

 トウヤは初夏の夕暮れを楽しむように遠くの空を眺めてから、腕を組んで大きな溜息を吐いた。



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