新衣装のようです その2
クロウシがますます怪訝な顔を向けるしかない中で、カティはそう言ってきた。何だか言い訳でもしているかのように。
さらには、どうもはにかんでいるらしい可憐な微笑を浮かべながら、
「確かに、オレなんかが着るには自分でもどうかと思うほどきゃぴきゃぴした服だけどよ。まあ、そんなのはこの際些細なことだろ」
全然些細なことじゃねえ、似合いすぎてるから問題だっつってんだよ。
……と、内心では思いつつも、クロウシはもう何も言わないことにした。
どうやら、カティ本人もあまりにも女の子っぽい格好に多少羞恥心を覚えてはいるようだ。
しかし、ただそれだけであり、それ以外のことには満足し、納得した上で着用しているらしい。
そうであれば、自分にこれ以上言えることはない。
己の心は己で律すればいい。どうにか今の格好も見慣れてきた。
あとはいつものように〝中身がおっさんである薄気味の悪い少女〟だと意識し続ければ、これ以上惑わされることはない。
世界の方には残念ながら犠牲になってもらうより他ないだろう。
クロウシはそう考えつつ、ふっと自嘲する。己の無力さを。
そんな自分へ今度はカティの方が怪訝な眼差しを向けてきた。それを受け流しつつ、そこでクロウシははたと気づく。
「……そういや、起きてんのカッさんだけ? いや、そのおめかしやってくれたんだからブランの野郎も起きてるってのはわかるけど、チビ助は? まだ寝てんの?」
クロウシはカティにそう尋ねる。スタルカの寝坊を半ば確信したようにやや呆れた口振りで。
「ああ、あいつらなら、そろそろ……。――来たらしいぞ」
カティがそう答えつつも、気配に気づいたのだろう。脇に一歩退いた。
クロウシもなんとはなしに、カティが退いたことで開けた方へと目を向ける。
「――――」
そして、またもや言葉を失い、固まってしまう。
クロウシが目を向けた先では、ちょうどスタルカとブランが連れ立って庭に出てきたところであった。
ブランの方は別にどうでもいい。昨日とまったく変わりなく、あの黒服を乱れ一つなくきっちりと纏っている。様子だっていつもどおりのどこか胡散臭い穏やかさだ。
問題は、そのブランの一歩先を歩いてくるスタルカの格好であった。
まず髪型。相変わらずのハネ癖がついた白銀の長髪。
だが、誰かに丁寧に手入れされ整えてもらったのだろうか。昨日とは段違いに艶やかで、柔らかな輝きを放っていた。ハネの方も若干しっとりと落ち着いているように見える。
さらに服装だが、なんとスタルカまでカティと同じドレスを纏っていた。
色はカティと違って白を基調としたもので、細々とした装飾なども異なっており、まったく同じデザインというわけではないらしい。サイズもスタルカの体に合わせてひとまわり小さい。
だが、それでもドレスはドレス。カティの派手さとはまた違う、どこか淑やかな華やかさに彩られていた。
しかし、そのドレスの上にはいつもの白い魔術師ローブを羽織っている。それでなんとか魔術師という体裁が保たれていた。
そうでなくてはカティと同じく、どこぞの御令嬢かお姫様だ。
そう。クロウシが不覚にもそんなことを思って固まってしまう――それくらいに、その格好のスタルカもまた美しく、愛らしかった。
元々容姿は整っていたのだが、今までは限りなく質素な服装と魔術師装備で固められていたせいでそれが目立つことはなかった。
しかし、こうして身なりを整え、美しく着飾ると、まるで別人のようであった。
元々のポテンシャルが十二分に引き出されていると言うべきか。今のスタルカはまさしく、カティに勝るとも劣らぬ美少女であった。そう言って差し支えない。
カティより幾分か幼い分、〝美しい〟というよりは〝可愛い〟という印象が先に立つような感じではあったが。
そんな感想を抱いてしまったのは、なにもクロウシだけではなかったらしい。
「お~! スタルカ! いいじゃないか!」
カティが大いに感激しているらしい声と共に、スタルカの方へと駆け寄っていく。
「かわいい! とってもかわいいぞ! 最高にかわいい!」
「わわっ。そ、そうかな。恥ずかしいよ……。でも、ありがとう、お姉ちゃん」
そのままスタルカにぎゅっと抱きつくと、興奮した様子でそう連呼する。
どうやら愛娘の晴れ姿に対して父親が抱くような感動に包まれているらしい。ハグもそんな父性の現れであるようだった。
絵面だけは女の子同士の微笑ましいスキンシップなのだが。
スタルカはそんな手放しの賞賛に頬を染めて恥ずかしそうではあるが、同時にかなり嬉しそうでもある。
「そうだとも! やっぱりこういう格好はちゃんとした女の子がするもんだな! オレなんかより断然かわいいぞ!」
「お姉ちゃん……いくらなんでもそれはないってことは、私にもわかるよ……」
さらに、そこまでベタ褒めしてくるカティ。
だが、それを聞いたスタルカは何とも微妙な顔になっていた。
まあ自分以上の光り輝くような美少女に言われてはそうなるのも仕方ないだろう。
そんな毒気を抜かれる二人だけの世界を、クロウシはぼんやりと外から眺めていた。
スタルカの姿を見た瞬間の衝撃からまだ回復しきれないままで。
しかし、そんな様子のおかしさを運悪く向こうにも気づかれてしまったらしい。
「……なに?」
スタルカがそう問いかけてきた。不審がっている様子で。
さっきからずっとクロウシに見られていたことに気づいて急に恥ずかしくなったのだろうか。頬を赤くし、若干険のある声であった。
「あっ、いや……」
問われたクロウシはといえば、大いに狼狽えた。
その問いでようやく我に返ってきた。だが、頭が上手く回らない。
この場合何と答えるべきなのだろう。適当に取り繕って誤魔化すのか。
それとも、ここは褒めたりするべきなのか。カッさんのように。
軽妙な調子で「イケてるじゃん」とでも。それがこのパーティーの男前担当として取るべき態度なのか。
そうすれば向こうも満足なのか。それを求められているのか。
だが、何故この俺がこんなチビ助を褒めてやらねばならない。
いくら似合っているからといって。胸の内をそこまで正直に明かす必要が……。
正直!? 似合ってる!? そもそも俺は今何を考えてんだ!?
そんなことをぐるぐると考えて混乱の極みに達した挙げ句に――。
「……あー、その。なんだ。俺の祖国には、『馬子にも衣装』という言葉があるんだが……」
クロウシはうっかりそんなことを口走っていた。そっぽを向き、頭をぐしゃぐしゃとかきながら。
「まご……? ……わけわかんない。変なこと言わないで」
しかし、当たり前だがその意味はスタルカにまったく通じなかったようだ。
ますます怪訝そうな顔になってそう言うと、スタルカの方もツンとそっぽを向いて顔を逸らした。不機嫌そうに。
大方いつものようにこちらをからかっているのだと判断したらしい。
「へっ、お前のようなチビには分不相応な格好だって意味だよ! お洒落ぶりやがって! 百年早えっての!」
その反応を見て、クロウシの方もついそんな憎まれ口を返してしまう。やけっぱちのように。
向こうがそうお望みなんだったらそういう態度をしてやるよと言わんばかりである。
というよりは、さっきの自分の言動を自分でもなかったことにしてしまうためというのが正しいか。
危なかった。自分は一体何をしていたのか。やはりこれこそが通常運行の自分だろう。
スタルカからはさらに嫌われたかもしれないが、そんなことは別に屁でもない。
元々嫌われているし、これ以上仲良くしたいわけでもない。そのはずなのだ。うむ。
クロウシは自分に言い聞かせるようにそう思いつつ、そこでふと、あることに気づく。
「……ていうか、カッさんはともかく、何でチビ助の方までおめかしされちゃってんのさ」
クロウシはブランへ向けて、浮かんできたその疑問をストレートにぶつけた。
似たような服ということは、この男がスタルカをこの格好に着飾らせたのだろう。カティにそうしたように。
「……スタルカ様はカティ様の妹君のようなもの。であれば、カティ様と同じく、そのお姿を整えさせていただくのは当然でございます。姉妹二人でお揃いに並び立てるように。主人の妹君もまた、そのお立場に相応しい装いでいてもらわねばなりません」
ブランはスラスラとそう答えてきた。
要はカティを着飾らせるならカティの妹みたいなものであるスタルカも同じように着飾らせるのが従者としての勤めであり、拘りであるらしい。
それを聞いてクロウシは「ふーん」と、わかったようなわかっていないような声を返す。
まあどうでもいいけど、と思いつつ。
そうしながら、ふと思いついた。
「……じゃあ、もしかして、俺もカッさん達と同じように何か服とかもらえたりするわけ? あんたに身だしなみも整えてもらえたり?」
クロウシはブランにそう尋ねる。若干期待に声を弾ませながら。
今までの流れでいくと、その可能性は大いにあるだろう。
一体自分にはどんな服がもらえるのだろうか。
そんなことを思い描いてワクワクしているクロウシの方へと、ブランがゆっくり近寄ってきた。
にこにことしたいつもの微笑を顔に貼り付けたままで。
そのままクロウシの肩にがっと腕を回してくると、無理矢理自分の方へと引き寄せてきた。
さらに、カティ達に背を見せる方へと向かせてきながら、
「今はまだ見逃してさしあげますが……同じカティ様の従者としてあなたがそれ以上みすぼらしい格好になったとしましょう。その時は私があなたを処罰するつもりなので、努々お忘れなきよう」
小さくそう囁いて脅してきた。普段とまったく変わらない穏やかな口振りであった。
だが、それがむしろ妙に底知れぬ恐怖を与えてきた。
ブランはそのままクロウシの返事を待たずに解放すると、再びカティ達の方へと戻っていった。
一人取り残されたクロウシは、呆然とした様子で「えぇー……」と小さく呟きながら、思う。
『もしかして俺、いつの間にかこのパーティー内でのヒエラルキー最下位になってない……?』と。
作者がこの作品において書きたかったシーンのベスト3に入るのが今回のお話でした。やり遂げられて非常に満足です。
カティとスタルカのドレスについては各々いい感じのゴシックロリータなドレスを想像していただけたらと思います。
さて、主要登場人物もようやく出揃って、次回からいよいよクライマックス突入です。
最後まで止まらずに駆け抜けますので、このままお付き合いいただけると嬉しいです。
ブクマや評価や感想などもいつも非常に励みになっております、ありがとうございます。
 




