苦戦を強いられるようです その2
「オイオイオイ、マジかよ……!」
クロウシが乾いた笑いと共にそんな呟きを漏らす。
とはいえ、余裕はまったくなさそうな、微かに震える声だった。
スタルカにも不本意ながらその気持ちは理解できる。
というか、お互いまったく同じ気持ちなのだろうと思えた。そっちも不本意ながら。
「…………」
思わず圧倒されそうになる。
自分より少し前にいるクロウシ。その向こうに、こちらへ迫り来るゴブリンの大軍が見えている。
今まではアレのど真ん中にカティが突撃することで勢いを殺し、かなりの数を減らしてくれていた。それで相当こちらもやりやすくなっていたのだ。
しかし、今それは期待出来ない。より厄介な敵の対処へ向かってしまったからだった。
つまり、クロウシが今からカティの役割を兼任しなければならない。
余裕が消え失せ、声が震えてしまうのも当然だろう。
クロウシもあれで相当、ありえないくらい強い。だが、それでもカティほど人間離れしているわけではない。
つまり、これまで以上の討ち漏らしが出てくる。
そして、その討ち漏らしは真っ直ぐスタルカに向かってくるだろう。クロウシという護衛がいないせいで。
マズい。スタルカはこの戦闘において初めて強い危機感を覚える。非常事態だ。
意識を、戦法を、急いで切り換えなければならない。能力を発動させるタイミングを、自分の身を守るためのものに。
呼吸が荒くなる。さっきから、疲労のせいだろうか、中々整わなかったものがさらにである。
そのせいか、頭もなんだか重い。これも疲労?
とにかく、何かが足りないような。上手く力がまとまらないような。初めての感覚の中にスタルカはあった。
だが、それを気にしている余裕はない。もうクロウシが戦闘に入ってしまった。
飛び道具でどうにか数を減らそうとしているようだが、とても追いつかない。
遂には刀を振るしかなくなった。それでも一度に相手取れる数には限度がある。
だから、当然、自分の方にその討ち漏らしが向かってくる。突撃してくる。
でも、落ち着け。スタルカは自分にそう言い聞かせる。
いつものように意識を集中させ、能力を発動させようとする。
そうだ、魔術さえ放てば、少しは余裕が出来る。全員に。だから、私が、やらなくちゃ。
「――轟雷の……雨ッ」
しかし――。
「――えっ……」
能力は発動しなかった。トリガーとなる魔術の名前を叫んでも、発動する気配すらない。
スタルカは戸惑う。いつも発動させている時の、体から何かが抜け出る感覚がまったくない。
いや、というよりこれは、抜け出る力そのものが体に残っていないのではないか。
はたとそう気づき、愕然とする。
今までこんなにも短いスパンで能力を連続使用したことはなかった。
だから、自分の〝限界〟というものを知らなかった。見誤っていた。
そしてどうやら、今の状態が〝それ〟であるようだった。
このタイミングでまさかの――。
☆★
「――魔力切れか!?」
一体目を素早く屠り、二体目の一つ目巨人と戦っていたカティ。
相手の攻撃を捌きながら、ちらりと二人の様子を確認しようとした。
そのタイミングで、それが見えてしまった。
スタルカが魔術を発動できずに、愕然としている。一瞬でそう判断できた。
ヤバい。今すぐ助けに行かなければ。
頭の中が瞬時にその考えだけで塗り潰される。
マズい。ダメだ。ダメだダメだダメだ。スタルカはダメだ。スタルカだけはダメだ。
あいつだけは絶対に傷つけさせない、無事に帰すと心に決めていたのに。
それなのに、自分が判断を誤ったせいで、今まさしく絶体絶命の危機に晒してしまっている。
ゴブリン共が襲いかかろうとしている。魔術を使えず、無防備なスタルカに。
行かなければ。全てを放り出してでも、助けに。
だが――。同時に、残酷な事実を頭の片隅で悟ってしまう。
間に合わない。今から行っても自分では間に合わない。ゴブリンがスタルカに飛びかかる方が早い。
ちくしょう。クロウシの野郎は何をしているんだ。
そう思い、カティはクロウシの方を見る。
あまりの非常事態に時間感覚が引き延ばされているのだろうか。全てがやけにのろく見えていた。
そんな視界の中で、クロウシもスタルカの危機には気づいているようだった。
必死の形相で何事かを叫びながら、スタルカの方へ向かおうとしている。
だが、そのクロウシでも間に合わないだろう。ゴブリンの数が多すぎて、阻まれてしまっている。
まさに絶望的としか言いようがない状況。どうしてこんなことに。
カティの心中が激しい後悔で埋め尽くされる。
自分に迫り来るゴブリンを前にして、スタルカがぎゅっと目をつぶった。それがカティにも見えてしまった。
それは恐怖のあまりか、それとも全てを諦めたからなのか。
やめてくれ。声にならない叫びを上げながら、カティはもがくようにしてスタルカへ手を伸ばす。
だが、それでどうにかなるはずもない。もうどうしようもない。
そう思われた。
――その時であった。
絶望的な光景をただ眺めることしか出来ないカティの視界。
その端に、恐ろしい速度で何かが飛び込んでくるのが映ったのは――。




