三者三様の戦い方のようです その1
――オレに続け。
そんな号令を叫ぶカティ。
それが先頭に立つ形で、一行は木立から飛び出した。
「――あー、クソっ!! やるしかねえのかよ!!」
クロウシはそんな悪態を吐きつつ、カティの背中を追うしかない。
もはや逃げ場はない。本当に戦う以外の道はなさそうだった。
目の前に拡がっているとしか表現しようがないゴブリンの大軍を相手に。
実際今こうして走りながらそこへ突撃する最中だというのに、クロウシにはどうにも現実味が薄いままだった。
それは、先を走っていくカティのせいでもあるのかもしれない。
あんな、外見だけなら誰もが見惚れそうなほど綺麗な女の子(中身はおっさんだが)が、身の丈以上の大斧を担いでゴブリンの群れに突撃していく。それも、その外見にそぐわぬ美声で、不釣り合いにも程がある獰猛な雄叫びを上げながらである。
とても現実とは思えない、いや、思いたくない姿だ。
戦闘はすでに開始されてるというのに、クロウシは一瞬そんな現実逃避じみたことを考えてしまった。
そして、その現実逃避はその後もしばらく振り払うことが出来なかった。
何故ならば――。
「オラァァ――!!」
向かってくるゴブリンの群れと突撃態勢のカティが激突する。
そのタイミングで、まずカティが大斧を振りかぶると横薙ぎにフルスイングした。
斧が振られた軌道上にいたゴブリン達がそれで全員胴から真っ二つになった。言うまでもなく即死である。
「――るぁぁ――!!」
しかし、カティはそれで止まらない。
振り抜いた斧を強引に力で止めると、再び強引に力だけで逆に振った。前へと進みながら。
その逆振りの軌道上にいたゴブリン達はまたも全員が胴から真っ二つで即死。
実にあっさりと。その二振りだけで、数十匹のゴブリンが一気に減った。
そしてカティはそれでもまだ止まらない。その攻撃を繰り返しながらズンズンとゴブリンの群れの中へと突き進んでいく。
ゴブリン達を蹴散らす、というよりも斬り散らしながら。
カティ達へ向かってきたゴブリンの攻撃隊の第一波が、それで真っ二つに割れた。どんどん食い込んでいくカティを真ん中にしてその左右に。
それはあまりにも現実離れした光景だった。先ほどクロウシがぼんやりと感じていたそれよりもさらに強烈に。
「えぇぇ……なにあれぇ……」
クロウシは戦闘中だというのに思わず唖然となる。衝撃のあまり固まりかける。
ゴブリン達もカティの正面近くに位置していた運の悪い奴らはクロウシと同じ気分のようだった。あまりの異常事態に怯んでいるのか、動きが鈍い。
しかし、カティの討ち漏らし――真っ二つに割れつつあるゴブリンの群れの波、その端側に位置する奴らはそんな異変に気づいていないようだ。
突出するカティを無視して、クロウシ達の方へと押し寄せてくる。
カティの突撃のおかげで大分数が減っているとはいえ、決して少なくない討ち漏らしのゴブリン達。
「――っ!? 確かにこの程度なら捌けるけど、さぁッ!!」
クロウシはそれを確認すると、一旦足を止めてそれを迎え撃つことにする。
近づかれる前に相手の数を出来るだけ減らした方がいいと判断したからだった。
足を止めると同時に懐を探り、手早く武器を取り出していた。両腕を振って即座にそれを発射する。
「ギャッ――!?」
クロウシの方へ迫りつつあったゴブリン達が複数体、断末魔を上げながら倒れた。
その頭部にはクロウシが投げた小ぶりの平たい鉄板のようなものが深く突き刺さっている。
手裏剣。鋭い刃を持ち、卍型をした忍の投擲武器である。
クロウシは懐からそれをさらに複数枚取り出して、再びゴブリンめがけて矢継ぎ早に投げつける。
手裏剣は回転しながら鋭く風を裂いて飛び、その全てが外れることなくゴブリンの眉間へと深く突き刺さった。
それによってゴブリン達はまた次々と絶命、あるいは戦闘不能に追い込まれて倒れる。
恐ろしいほど精確な狙い。この状況で自分に向かってくる多数の相手へ向けて、一つも外すことなく投げた武器を命中させる技術。
派手さではカティに劣るものの、こちらもまた誰もが目を見張る芸当であった。
「チクショウ! 手裏剣だって安くねえのに! 作るの大変だったのに! こんなところでこんな奴らに大盤振る舞いせにゃならんとは!」
しかし、それを披露している当の本人はといえばそんなケチくさいことを嘆きながら行っていたが。
「あぁ~! もうやめだ!」
その内、言葉のとおり手裏剣を放るのが勿体なくなったのか、唐突にクロウシは攻撃をやめた。
あるいは、もう十分に数を減らせたと判断したからなのかもしれない。
とはいえ、手裏剣によって倒れた同族の死骸を踏み越えてまだまだゴブリン達は迫ってくる。
「…………」
クロウシはちらりと背後に視線を向ける。
今のところはカティの討ち漏らしを全部手裏剣で迎撃しているおかげで、クロウシの後ろまで敵は到達できていない。
つまり、そこにいるスタルカまではまだ敵の手は及んでいないということだ。
自分の仕事は出来る限りこの状態を維持すること。
どこまでやれるのかは、この数相手だ、未知数としか言いようがないが。
やれるだけやるしかない。クロウシは小さく嘆息し、そう決意を固める。
カティはスタルカを〝切り札〟だと言っていたが、クロウシは未だにそれを信じてはいなかった。タチの悪い与太話だと思っている。
だから、今はその想定で動く。自分の後ろにいるのは見た目通りの何も出来ないチビ助だ。
そんなチビ助を自分が守りきれなかったせいで危険に晒すっていうのは後味が悪いし、何よりなけなしのプライドが傷つく。
「……ったく! そもそも人間に近い姿してる魔物を殺すのもあんまり気分良くねえんだけどさぁ!?」
吐き捨てるようにそう叫びながら、クロウシは刀を抜きはなった。
そのままこちらに迫っていたゴブリン達の方へと自分も踏み出していき、刀を振る。
一振り、二振り、三振り。それは流れる水のように、あるいは華麗な舞いのように淀みなく繋がった、無駄のない動きだった。
刀を振りながら、クロウシがゴブリン達の間をすり抜けるように移動する。
その移動の後を追うようにして、ゴブリン達は次々とその場に倒れていった。
首を断たれ、急所を刺され、胴を斬られ。クロウシの刀によってあらゆる致命傷を負いながら。
それもまた、カティの豪快さには劣るものの恐ろしく洗練された戦闘技術であり、並外れた力量である――そう思わせられる光景だった。
 




